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6  カルシの香りと作戦会議

 アマリアは、悩んでいた。

 悩んでいたのでエヴァに相談したら、ものすごく微妙な顔をされた。


「……え? それをあたしがレオナルドさんに聞くの? おかしくない?」

「そうだけど……でも、びっくりさせたくって」


 場所は、自宅のリビング。今朝、エヴァは宿の階段から足を滑らせて落ちたらしく、捻挫した脚を引きずってやって来た。急ぎ白魔法で治療をして、その後せっかくだからお茶をしていかないかと誘ったのである。


 今、ユーゴはレオナルドに連れられて買い物に行っている。男二人が不在という珍しいこの機会に、アマリアはエヴァに相談を持ちかけたのだが。


 エヴァは頬に手をあてがい、むー、と唸った。


「そりゃあ、せっかくのレオナルドさんの誕生日なんだから好物でお祝いしたい気持ちは分かるよ。あたしだって、もし彼氏がいたらそうしただろうし」

「でしょう!?」

「でも、あたしがレオナルドさんに好物を聞いたら……まずくない?」

「……まずいかも」


 一気に勢いを失い、アマリアはしゅんとして手元の紅茶に視線を落とした。

 今日の紅茶は、ムルムなどのハーブにカルシという香辛料を加えたカルシティーだ。カルシはロアなどの南国に生えている木で、その樹液を固めたものを削って料理や製菓などのアクセントとして使用する。


 カルシは甘い香りで、大量に入れすぎると他の素材の味や匂いをかき消してしまうほど存在感が強い。そのため、棒状のカルシを少しずつ削って使うものだ。


 せっかくブルーノの店でカルシを買ったので、今日のお茶請けにもカルシを練り込んだパンを添えている。そのためリビングから厨房にかけて、室内はふんわりと甘いカルシの香りに満ちていたが、アマリアの表情は甘さからはかけ離れている。


 もうすぐ、レオナルドの誕生日だ。昨年のアマリアの誕生日にはプリネの花を模したブローチをもらったので、アマリアも何かお返しをしたいと考えていた。


 といっても、レオナルドは基本的に物欲がない人だった。昨日ユーゴを派遣してこっそり尋ねてもらったところ、「ほしいものは特にない」ということだったそうだ。ならば、ということで料理でレオナルドを喜ばせようと考えていたのだが。


(私、レオナルドの好物を知らない……)


 いざメニューを考えようとして、ショックを受けた。好きな人なのに、恋人なのに、好物が何か分からない。


 子どもの頃は他の子と同じようにお菓子を好んでいたと思うが、大人になった今は甘いものはそれほど好きではないらしいし、好きな料理というものも思いつかない。彼はアマリアが作ったものならなんでもおいしそうに食べるし、苦手なものを聞いたことはあっても、大好物を教えてもらったことがなかったのだ。


 せっかくだから大好物を作って驚かせたいと思ってエヴァに相談したのだが、確かにエヴァがレオナルドに好物を聞けば不審がられるだろうし、それを見た周りの者たちも色々疑ってくるかもしれない。


「別にびっくりさせなくてもいいんじゃない? 失敗するよりは、正攻法で聞いた方がいいと思うけどなぁ」

「……やっぱりそうかな」

「でも確かに、レオナルドさんって……なんというか、分かりにくい人よね。あんまり自己主張をしないし、何が好きなのかとか、趣味は何なのかとか、いまいち分からないのよ。あたし、職業柄か他人のそういうのを見抜くのは得意な方なんだけどねぇ」


 エヴァは難しい顔をしていたが、カルシのパンを食べると「あっ、幸せの味」と呟いてふんわり笑顔になった。


(……エヴァもこう言っているし、レオナルドが帰ってきたらきちんと説明して、尋ねた方がいいかな)


 カルシティーを飲みながらアマリアが考えていると、ふとエヴァが目を瞬かせた。


「というかさー、あんたたちって付き合い始めてもう何ヶ月か経つじゃない? そろそろ色々進展しないの?」

「…………え?」


 顔を上げ、アマリアは目を瞬かせる。

 色々進展、とはどのことを指すのだろうか。


「……どういうこと?」

「いやさぁ、せっかく思いが通じたんなら、もうちょっといちゃいちゃしてもよさそうだけど、そうでもなさそうだし。……あ、ひょっとしてユーゴ君がいると気まずい? それならこの前みたいに、夜うちで預かるよ? ここってベッドが一つしかないんでしょ?」

「あ、ありがとう。でも、まだそこまでは考えていなくて……」


 エヴァが言いたいことの見当が付き、アマリアはさっと赤面して指先をもじもじとすり合わせた。

 つまり、ユーゴをエヴァのところに預けてアマリアはレオナルドを二階の寝室に誘い、夜一緒に寝て――


(む、無理無理無理! そんなの早すぎる!)


 ちらっと想像しただけで限界を迎え、アマリアは両手で顔を覆った。ユーゴ曰くカルシは炎属性ではなかったはずなのに、燃えるように顔が熱かった。


「……い、今はレオナルドと一緒にいられるだけで幸せなの。ユーゴのことも可愛がってくれるし、家事の手伝いとかもしてくれるし……こう思うのって、おかしいかな?」

「いやいや、あんたらがそれでいいならいいんだよ。……あー、あたしも早く結婚したい! せめて、二十歳になるまでには!」

「う、うん。応援してるわ」


 一口飲んだカルシティーは、幸せの味がした。

植物辞典⑫

カルシ……シナモンのような植物。樹液を固めたものを削って使うことが多い。

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― 新着の感想 ―
[一言] さっさと番ってしまえ!と、ユーゴのような事を思ってしまう。
2019/11/18 22:34 退会済み
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