5 竜の子の結婚観
「おい、レオナルド。昨夜のアレは一体何なんだ」
足元から不機嫌そうな声が聞こえてきたので、洗いたてのシーツを持つレオナルドはどきっとした。
今、レオナルドはユーゴと一緒に洗濯物干しをしていた。洗濯自体はアマリアとユーゴがやってくれたので、アマリアはリビングで休んでもらい、男二人で干す作業をしている。今日はレオナルドもいることもあってアマリアが張り切ってシーツやブランケットも洗濯したので、身長のあるレオナルドと風魔法を使えるユーゴが役に立てた。
物干し紐にシーツを掛けたレオナルドは、洗濯物籠を抱えてうろんな眼差しをするユーゴを見て微笑んだ。
「昨夜のアレってのは、何のことかな?」
「とぼけるな。……せっかく我が気を利かせて退室してやったというのに、まーたそなたはママを寝所に連れ込み損ねたな」
……見た目は金髪金目の美少年だが、その口調は尊大だし、話している内容は見た目六歳児らしくもない。
なんとなく心当たりはあったもののここまで直接的に言われるとは思っていなかったレオナルドは苦笑し、ユーゴの差し出した籠の中から取ったテーブルクロスを広げた。
「やっぱり見ていたんだね。なんとなく気配は感じていたよ」
「……ということは、我が見ていたからそなたはママに遠慮したのか? チッ、本当にそなたは人間にしてはよい勘を持っている」
「……いや、君が見ていなくても僕はアマリアさんにあれ以上のことはしなかったよ」
レオナルドは正直に言った。
ユーゴは意外そうに目を瞬かせてレオナルドを見た後、その目を細める。
「……だとしたら、一体なぜだ? そなたはママのことが好きで、ママもそなたのことが好きだ。ならばさっさと番えばよかろう」
「……えーっと、ユーゴは僕とアマリアさんがそうなっても構わないのかな?」
「他のクソガキどもに比べればずっとましだ。……で? どうなのだ?」
「どうなのだ、と言われてもな……」
ぱんっと広げたテーブルクロスを干し、風にはためくそれを見ながらレオナルドは腕を組んで考える。
どうもこの少年は、アマリアと自分が結ばれることを非常に気にしているようだ。冬にアマリアと恋人同士になったレオナルドは、すぐにユーゴにも報告した。ユーゴは最初だけ驚いた様子だったが、すぐにぱっと笑って「そっか! おめでとう、ママ、レオナルド!」と二人に抱きついてきたものだ。
それからというものの、ユーゴはたまにふと姿を消したり、宿屋のエヴァのところに泊まりに行ったり、「もう寝る」と言ってかなり早い時間から寝室に上がったりしている。彼なりに、レオナルドとアマリアが二人きりの時間を過ごせるように気を遣ってくれているのだと分かり、レオナルドもユーゴに感謝していた。
「……君の気遣いには本当に感謝しているし、アマリアさんとの時間を僕が奪っているようなのを申し訳なくも思っている」
「馬鹿を言え。……我はママのことが好きだが、そなたと一緒にいる方がママも嬉しいに決まっている。我は道理も分からぬ童子ではない。ママの幸せのためなら……そなたにママを譲るくらいするとも」
「ああ、本当にありがとう。……でもね。僕は今すぐにアマリアさんとどうなりたいとか、すぐに結婚したいとか、そうは思っていないんだ」
「む? 人間は好いた者同士で結婚して子を為すのだろう?」
ユーゴは、難しい顔をして首を捻っている。
レオナルドは彼の前にしゃがんで目線を合わせると、くしゃりとその金色の髪を撫でてやった。
「うん、そうだよ。でも、僕は今の時間をアマリアさんと一緒に過ごしたいとも思っている。もちろん、アマリアさんと結婚できたらとても幸せだろう。でも、こうして恋人同士として一緒に色々なことをしていくのも素敵だと思うんだ」
「……」
「アマリアさんは、僕のことについてユーゴに何か言っている? 僕に不満があるとか、早く結婚したいとか、そういう風に思っている様子かな?」
優しく問うと、ユーゴはしばし考えた後、「いや」と首を横に振った。
「ママは、今のそなたとの生活に満足しているようだ。……そうか。そういえば前、ママも同じようなことを言っていたな」
「結婚について?」
「うむ……我々魔族は強い子孫を残すためだけに番うのだが、人間はそうではないのだろう? 我にはまだ、そのあたりの人間の都合はよく分からん。我は、ママとそなたが番うのは早ければ早いほどよいのだと思っていたのだが……そうではないのだな」
「……僕は、アマリアさんが嫌がることや望まないことは絶対にしたくない。だから、今はこの時間を大切にして、将来のこともいずれ話をしていきたいと考えている」
ユーゴの目をしっかりと見て、レオナルドは言った。
アマリアは、レオナルドが子どもの頃から憧れていた人だ。しかし、八歳という年齢の差は大きくて、この想いはきっと一生報われないし、いずれ自分はアマリア以外の女性を好きになるのだろうと思っていた。
だが、再会したアマリアは昔とほとんど姿が変わっていなかった。そして――自分の想いも、他の女性に向くどころかアマリアを見てさらに燃え上がった。
今の自分たちなら何の障害もなく手を取り合えると気づき、気まぐれな運命に感謝さえした。
子どもの頃の儚い夢を、今なら叶えられる。
焦らなくてもいい。アマリアも、レオナルドと一緒にゆっくり歩んでくれる。
だからこそ、アマリアの望まぬことはしたくないし、ユーゴにも嘘をつきたくない。どちらにとっても、誠実でありたかった。
レオナルドの気持ちを汲んだのか、ユーゴは一旦目を伏せた後、やれやれとばかりに薄い肩を落とした。
「……そうか。やはりそなたはよい男だな」
「ありがとう」
「……やはり人間とは、知れば知るほど謎が深まる。人間は竜のように、次々に番う相手を変えて子を産んだりはしないのだな」
「次々に……!?」
なかなかきわどい発言に、さしものレオナルドも言葉に詰まってしまう。
「えーっと……まあ、多くの人は一度結婚した相手と最後まで添い遂げると思うよ。竜はそうでもないのかな?」
「……まあな。我の母はかなり奔放な雌でな。我が孵化して間もない頃のことだが、我を生んだ雌がすぐに雄と番うのを見せつけられたものよ。明らかに我の父ではない雄と、な」
冷めた眼差しでユーゴが言ったので、レオナルドの口元が引きつった。
ユーゴは結婚観とか子どもを作ることについて、やや偏った意見を持っているとは思っていた。だがどうやらそれは、彼の母にあたる竜が原因のようだ。
彼がやたらアマリアとレオナルドの仲に敏感なのも、魔界で過ごした時間で経験したことがきっかけとなっているのではないか。
「そうか……あ、でも僕は絶対にそういうことはしないし、想う相手をアマリアさんだけと定めたからには絶対に浮気もしない」
「分かっている。ママもそなたも、見ていて気持ちがいいくらい清い心を持っておる。あの尻軽雌などと比較して悪かったな」
「気にしないでくれ。……じゃ、そろそろ全部干してしまおうか。終わったら、アマリアさんがお茶を淹れてくれるらしいからね」
「おお、そうだな。よし、レオナルド。我々の力を見せつけてやろうではないか!」
「了解だよ」
それまでのどこか冷めたような眼差しから一転、シーツを籠から引っ張り出して気合いを入れるユーゴを、レオナルドはほっとしながら見つめていた。




