2 春の野にて②
「ねえ、ユーゴ。さっきのユーゴは、ママのことが嫌いだからバッタを捕まえたんじゃないのよね?」
「うん、ママのことは大好きだよ」
「それなら私の場合に限らず、好きな女の子に対しても同じように気を付けるのよ」
「好きな女の子?」
きょとんとした様子でユーゴが振り返り、金色の目をぱちぱち瞬かせた。
「そんなのいないよ」
「……いつかはできるかもしれないでしょう?」
「うーん……少なくともおれは、人間の雌――じゃなかった、女には興味ないなぁ」
ユーゴの言葉に、なるほど、とアマリアは逆に勉強した気持ちになった。
(今の見た目は人間の子どもだけど、やっぱり本能は竜なのかな)
「それじゃあ、同じ竜の女の子には興味ある?」
「よく分からない。なんというか、おれたちは人間みたいに好きだから結婚するとか、好きな人との間に子どもを作るとか、そういうのじゃないんだ」
「そうなの?」
「おれもよく分からないんだけど、基本的に魔族や竜は強い子孫を残すために強い相手と番う。子どもが生まれたら、ひたすら強くなるように育てる。弱い子どもだったら容赦なく食い殺すし、気に入らないことがあれば卵の時点で割ることもある。番った相手のせいで強い子が生まれないと思ったら別の相手を探すから、好きな子とずっと一緒にいる、ってことを考える方が珍しいと思うな」
……それはアマリアも初耳だった。
そもそも、魔界には謎が多い。アマリアも魔界に連れて行かれたことで生き長らえ、十年の歳月を飛び越えた人間であるが、自分が保護された魔界はひたすら真っ白だったということしか分かっていない。
「……でも、ユーゴは私のことを好きって言ってくれるよね?」
「おれも人間界に来て、この姿になって初めて、『好き』っていう気持ちが分かったんだ。竜だった頃のおれはもっと感情の種類が少なかったし、自分以外の存在に対してこんなに繊細な気持ちを抱いたことはなかった」
人間って不思議だね、と振り返ったユーゴが微笑んでいる。
「おれたちみたいな竜族は魔族の中でも高位にあたるから、その気になればこうやって、人間に似た姿を取ることができる。こっちの方がママとのやり取りがしやすくなるからこの姿になったけど……感情まで人間寄りになるとは思っていなかったな」
「……そうなの」
そういえば、ユーゴは自分の両親についてもほとんど語ったことがない。彼の方から言い出さないのでアマリアがあえて突っつくことはしなかったのだが、彼の話によると魔界の者には、家族の愛情といったものがほとんど存在しないのだろう。
種を存続させ、より頑強な子を作るためだけに相手を見つけ、軟弱な子であれば容赦なく殺す。その本性は人より獣に近い。
(……それなら、「好きな子」なんて言葉をユーゴにかけるのは残酷なことだったかな)
ユーゴをぎゅっと抱きしめてアマリアが静かに反省していると、アマリアの気持ちに聡く気づいたらしいユーゴが「でもね」と穏やかに言う。
「いつかおれにも、『好きな子』ができるかもしれない。だって、竜だった半年前とは比べものにならないくらい、おれは変わったんだ。もしかすると、ママの言う『好きな子』をこの人間界で見つけられるかもね」
「えっ、そうなの!?」
「そうかも。……まあ、おれたちは人間よりずっと長く生きるみたいだから、ママやレオナルドみたいにずっと一緒にいられるわけじゃないけどね」
ほんの少し寂しそうに微笑んでユーゴが言うものだから、アマリアの胸が小さく痛んだ。
アマリアも竜の生態に詳しいわけではないが、比較的弱い小型竜でも百年以上生きるそうだから、最強種と言われる光竜のユーゴならこれから数百年は生きるだろう。
アマリアが年老いても、ユーゴは今とほとんど姿が変わらないかもしれない。そもそも、アマリアの寿命が尽きるまでユーゴと一緒にいられるという保証もないのだ。
アマリアが無言でユーゴを抱きしめると、ユーゴもアマリアに向かい合ってぎゅっと抱きついてきた。
残りの人生がせいぜい五十年のアマリアは、よほどのことがない限りユーゴを残して先に逝くことになる。
(でも、それまでは。ユーゴの竜生にとってはほんの一瞬だろうけれど、一緒に暮らしていたい)
「……もしそんな子が見つかったら、私とレオナルドでおめでとうって言うから。頑張って長生きするからね」
「うん、絶対にママたちには報告するから。でも、それまでは一緒にいさせてね」
「もちろんよ」
抱きしめたユーゴの体からは、若葉と土のような匂いがした。




