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捨てられ白魔法使いの紅茶生活  作者: 瀬尾優梨
第1部 秋から冬
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73 想いの花を胸に

「……その、あなたはあの男に体を触られたそうですが、大丈夫ですか? 気分が悪いとか、僕が近づいたら嫌な気持ちになるとか、そういうことはないですか?」


 レオナルドは遠慮がちに問うてきた。

 彼には、ブラウリオにされたこと、言われたことをきちんと話している。胸を掴まれたとか体を撫で回されたとかということを勇気を出して話すと、「……せばよかった」とレオナルドは怖い顔で呟いていた。

 何せばよかったのかは分からないが、彼がブラウリオの行いに腹を立てている……そのことが十分嬉しかった。


 だが、それ以降レオナルドはアマリアに触れてこなかった。


(……あのときのことがあるから、遠慮してくれていたんだな)


 アマリアがそっと手を伸ばすと、レオナルドの手は逃げるように少し引っ込んだ。だがめげずに思いきってレオナルドの手を掴むと、「えっ!?」と困ったような声が上がった。


「確かにたくさん嫌なことをされたけれど……レオナルドなら、大丈夫」

「……無理をしていませんか?」

「していないわ。あなたはブラウリオのようなことは絶対にしないって分かっている。……だから、もっと……触れてほしいの」


 アマリアが告げると、灰色の目が見開かれた。

 アマリアの大好きな色。大好きな眼差し。


 レオナルドの手を持ち上げ、自分の頬にあてがう。

 大好きな手。大好きな温もり。


 アマリアの許しを得たからか、レオナルドが明確な意識をもってアマリアの頬を撫で、もう片方の手でアマリアの腰を抱き寄せた。

 いきなりのことに、ぴくっと一瞬だけ体が跳ねてしまうが、労るような、慈しむようなレオナルドの手つきにあっという間に絆され、知らないうちに肩に込めていた力も抜けてしまう。


「……アマリアさん」

「はい」

「僕は、あなたのことが好きです」


 ――アマリアは顔を上げた。


 そして、真摯な灰色の目に視線も胸も射止められてしまう。


「子どもの頃から、あなたのことを慕っていました。……でも、あの頃とは違う。弟が姉を慕う気持ちではなく、僕はあなたを女性として愛しています」

「……本当に?」

「本当です。……好きな人だから、生きていると信じていた。好きな人だから、再会できたときは意識が飛びそうなほど嬉しかった。……好きな人だから、僕の知らないうちに結婚して子どもを産んだのだと思うと……胸が痛かった」


 アマリアはゆっくりまばたきする。

 思い出すのはポルクの丘でレオナルドと再会したとき、ユーゴを見たレオナルドが「無」の表情になったこと。


(そ、それじゃああの表情は、私が子どもを産んでいたということに単純に驚いていたからではなくて……)


 レオナルドも恥ずかしくなってきたのか、じわじわと頬が赤くなっている。だが視線は絶対に逸らされず、頬に触れていない方の手でアマリアの右手を優しく握ってきた。


「……あなたたちと暮らすようになってからますます、あなたへの思慕の思いは強くなっていった。僕に帰る家があり、あなたが『おかえり』と言ってくれる。あなたと一緒に食卓を囲み、たわいもない話をして、休みの日には一緒に散歩に行く。……この日々は、僕の人生の中で一番輝いていました。だからこそ、『居候している幼なじみ』の立場だけでは不満だと感じるようになったのです」


 レオナルドに触れられている頬が、握られている手が、熱い。

 心臓は先ほどから、おかしくなってしまったかというくらいめちゃくちゃに鳴っているし、恥ずかしさと緊張で頭の中にまで心臓の音が響いているようにさえ感じられる。


「……僕は、これからもあなたと――あなたたちと一緒に生きたい。愛するあなたを守りたい。だから、これからは僕のことを、仮の幼なじみでも孤児院で面倒を見た子どもでもなくて――あなたの恋人として、見てくれませんか」


 ――ずん、と胸に強烈な一撃を食らった。


 遠慮がちで、アマリアのことを気遣いながらの告白。だが眼差しは熱を持っていて、アマリアの心を絡め取らんとしている。

 触れる手は優しいけれど、きっと生半可な言葉と覚悟では逃がしてくれない。


(……ううん、逃げる必要なんてない)


 年齢のことも過去のこともユーゴのことも、何も心配しなくていい。

 レオナルドは、アマリアがこれまで一線を引いていた理由となるものを全部理解した上で告白してくれた。


『あんたはそれでいいの?』


 記憶の彼方から、エヴァが聞いてくる。

 あのときの自分は「今はこれでいい」と言ったが、今は違う。


(……よくない。全然、よくない……!)


「……私、私も……あなたのことが、好き……大好きなの!」


 許しを得たら、蓋が外れたら、抑え込む必要なんてなくなった。

 レオナルドの手をぎゅっと両手で握り、熱く燃える灰色の目を見上げ、アマリアは想いの向くままに訴える。


「本当は、もっと前から気づいていたの。でも、言い訳して、逃げて、無理に押し込んでいた。今はこれでいい、これくらいで十分だ、って自分で線を引いていたの」

「……そうなんですね」

「でも、私、好きになっていいのよね……? レオナルドのことを、孤児院にいた子どもじゃなくて……お、男の人として好きになっても……いいのね……?」

「……は、はい! もちろんです! すごく……嬉しいです」


 レオナルドはぱっと笑顔になり、アマリアの手を離すと一息のうちに強く抱きしめてきた。

 これまでは遠慮がちに触れてきたというのに驚くほど大胆になり、アマリアは一瞬驚いたが、すぐに彼の腕に抱かれる心地よさに気づき、レオナルドの広い背中におずおずと手を回した。


「ありがとうございます、アマリアさん……僕、あなたにふさわしい男になれるように頑張ります! もっと強くなりますし、もっと稼げるようになりますからね!」

「無理はしなくていいわ」

「無理じゃありませんよ。男の甲斐性です」

「そうじゃなくて……私は、あなたとこうして触れあって、あなたの声を誰よりも近くで聞けて、あなたに好きって言ってもらえるだけで十分幸せなの」


 この恋は許されるのだと分かったので気持ちは楽になったが、生まれ持った性分なのか、もっともっとと欲張るのは気が引けてしまうのだ。


 はっ、とレオナルドが驚いたように息をつき、おずおずと体を離した。

 アマリアは微笑むと一旦彼から離れ、寝室に引き上げておいた荷物の中を探る。


 そして取り出したのは、プリネの花を模したブローチ。

 それを手の平に載せて振り返り、きょとんとするレオナルドに微笑みかける。


「……付けてくれる?」

「…………はい、喜んで」


 レオナルドはとても嬉しそうに笑った後、ブローチを受け取ると慣れた手つきでアマリアの服の胸元に取り付けてくれた。


 彼の手が胸を掠めると、とくん、とくん、と脈動が激しく鳴る。

 もしかすると、この鼓動もレオナルドに伝わっているかもしれない。


 ブローチを胸元に通すと、レオナルドは屈んでいた体を起こした。そして目を細めてアマリアを見つめると、薄い唇を開く。


「……とても、きれいです」

「……あり、がとう」

「とてもきれいで、可憐で、美しい。……愛しています、アマリアさん」


 まるで祈りの言葉でも捧げるかのように囁いたレオナルドは、片方の手をアマリアの腰に、もう片方の手を頭の後ろに回し、髪を絡めるように後頭部を引き寄せた。

 彼の腕の力に逆らわず、アマリアはとっ、と前に踏み出し、レオナルドの腕の中に収まる。


 ――触れあった唇が立てた微かな音は、チリ……と、アマリアのブローチとレオナルドの上着のボタンがぶつかった音にかき消される。


 唇を離し、互いの顔や目を確認するように見つめ合った後、ふ、と同時に微笑みあった。


「アマリアさん、顔が真っ赤です」

「レオナルドも真っ赤よ」

「そうですか。……おそろいですね」

「ええ、あなたとおそろい」


 くすくすと笑い合った後、またどちらからともなく顔が寄せられた――直後。


「ママー! どこ!? ママ!」


 ばん! と玄関のドアが開く音と、どたどたと廊下を駆け回る足音。

 隙間もなく抱き合っていた二人は雷魔法を食らったかのような衝撃を受け、ばっと顔を離した。そうしている間も、「ママー!」と階下で可愛い息子が母を捜している声がひっきりなしに聞こえる。


 どきどきと、重なり合った胸元からどちらのものか分からない激しい脈音が聞こえる。

 二人はしばし、ぽかんと見つめ合った後――してやられた、とばかりに同時に噴き出した。


「どうやら、やんちゃな竜の子が戻ってきたようですね」

「そのようね。……あの、もしよかったらこれからお茶にしない?」

「いいですね。久しぶりですし、僕も手伝いましょうか」

「そうね。きっとユーゴも誘えば喜んで手伝ってくれるわ」


 やれやれとばかりに苦笑を交わした後、レオナルドと手を繋ぎ、息子のもとへ向かうアマリアの足取りは非常に軽い。


 アマリアを戒めるものは、もう存在しない。

 このポルクで、アマリアは恋をし、愛する人たちと一緒に暮らしていく。


(……さあ! 大切な人たちのために、最高の一杯を淹れよう!)


 きゅっと握った手から、愛しい人の温もりが伝わってきていた。

ひとまずここで完結とさせていただきます

お付き合いくださり、ありがとうございました!

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