72 帰宅
キロスを飛び立ったアマリアたちは、間もなく街道でブルーノたちと合流した。
ブルーノたちも同じようにキロスに向けて馬車を走らせていたようで、彼はユーゴの背中から降りたアマリアを力強く抱きしめてくれた。
ユーゴはかなり体力を消耗してしまったようなのでここで人間の姿になり、馬車に乗ってレアンドラに戻ることになった。疲れていたのはアマリアも同じだったので、皆は馬車の床にたくさんの毛布を敷き、アマリアとユーゴは抱き合ってすやすやと眠ることができた。
彼らはアマリアの救出のために国境を越えたのだが、目標を達成した今は、急ぐ必要もない。それにレオナルドの見立てでは、「もしキロス王が気分を変えて追跡してくるとしても、黄金の竜を目印にするはず」とのことだったので、一行は旅の商人を装い、アマリアやユーゴの体に障りのない速度でポルクへの帰還を果たしたのだった。
木と、土と、葉っぱの匂い。
(ああ……帰ってこられたんだ)
我が家の玄関前に立ったアマリアは、しばらくその場から動けなかった。
帰りたい、と思いつつも諦めかけていた、この家への帰還。それが、レオナルドやユーゴ、ブルーノたちのおかげで叶えられたのだ。
先ほどまでアマリアは集会場で、皆の歓迎を受けていた。若者の一人が先立って馬を駆りポルクに知らせを持って帰っていたので、皆はたくさんの料理を作ってアマリアを待ちかまえてくれていた。
エヴァは既にボロボロ泣いていて、「本当に……よかった!」とアマリアに抱きついてわんわん泣き始めた。そうされるとアマリアもついついもらい泣きしてしまい、集会所の入り口にて女二人が抱き合って泣く羽目になってしまったものだ。
(それにしても……レオナルド、すごい立ち回ってくれたのね)
集会所での宴会中にアマリアは救出作戦のあれこれを聞いたのだが、そのときにレオナルドの武勇伝の話が上がった。彼の剣は黒魔法を切り裂くことができたのだが、それはユーゴの入れ知恵だったようだ。
作戦のためにユーゴと別れる前に、彼はユーゴの血をもらって剣に垂らした。一時的ではあるが、最強種である光竜の血を浴びた剣は、ユーゴと同等の魔法防御力を纏うことになったのだ。
離宮に潜入したレオナルドは、全力で逃亡する途中のエスメラルダと鉢合わせしたそうだ。彼女はレオナルドを父王の部下だと思ったようで、問答無用で黒魔法を放ってきた。
だがレオナルドは剣で応戦し、敗北を悟って逃げようとしたエスメラルダを捕まえると、アマリアの居場所を教えるよう脅迫したのだという。
(レオナルドが脅迫……考えられないけれど、私のためだったんだよね)
だが、エスメラルダは我関せずの一点張り。時間の無駄だと思ったレオナルドがエスメラルダを昏倒させてその辺に放ったところで、フアナやロレンサたちに会ったそうだ。
彼女らはレオナルドがエスメラルダにアマリアの居場所を聞くところを聞いていたらしく、フアナが真っ先に、レオナルドがアマリアの「大切な人」なのだと気づき、アマリア捜索や国王への報告などを積極的に協力してくれたのだという。
(……私は本当に、たくさんの人に助けられて、ここに戻ってこられたんだな)
玄関の天井を見上げつつ、アマリアは溜息をついた。
できることなら、フアナやロレンサたちと連絡を取りたい。だが、今のキロスはそれどころではないだろうし、アマリアの居場所が知られると面倒なことになりかねない。
いずれブルーノたちがキロスとの連絡を取れるようにはかってくれるそうなので、それを待つしかなさそうだ。
アマリアは前を向き、廊下をゆっくり歩いた。ユーゴとレオナルドはまだ集会場にいるので、今ここにいるのはアマリア一人だけ。
すっかり夜になってしまっていて薄暗いが、既に慣れた家なので手探りで難なく階段までたどり着き、一歩一歩気を付けつつ二階に上がることができた。
二階の寝室の窓を開けると、冬の夜風が一気に室内に入り込んできた。少々寒いが、集会所で果実酒を飲んで火照った体にはちょうどいいくらいだ。
夜空に瞬く星は、どれだけ眺めていても飽きることはない。そうしているとやがて、ギシギシと階段の床板を踏みしめる音をさせながら誰かが上がってくる気配がした。
「……こちらにいらっしゃったんですね」
低い声で問われ、アマリアは振り返った。旅の装いから革鎧を外しただけの姿のレオナルドが片手を挙げ、戸口に立っている。
おそらくアマリアの様子を見に来たのだろうが、ここから先は寝室――アマリアとユーゴの寝る場所なので、遠慮しているのだろう。
アマリアはくすっと笑い、小さく手招きをした。レオナルドは数度まばたきすると照れたように微笑み、部屋を横切ってアマリアの隣に並ぶ。
「ユーゴはまだ集会所?」
「はい。……さっきまでは僕が皆に引っ張りだこだったのですが、今はユーゴが大人気になってしまいました。皆、ユーゴが竜だと知って興味津々らしくて」
ユーゴは既に、皆に自分の正体を明かしている。ブルーノたちは彼の本当の姿を見ているものの最初は驚かれたが、ユーゴが竜だからこそアマリアを助けられたこと、人間界のことを知りたいからこれからもよろしく頼みたいことを真面目に言うと、皆も笑顔で受け入れてくれた。
今では、さまざまな魔法を披露してはやんやの喝采を浴びているという。
「……ポルクの皆が寛大な人ばかりでよかったわ」
「そうですね。種族は違えど、ユーゴはアマリアさんの息子。皆もユーゴと絆を深め合った時間があるからこそ、『皆とはちょっと違うけれど同じ集落の仲間』と認めることができたのでしょうね」
「……そうね」
そこで二人の会話はとぎれ、窓から吹く風が栗色と金色の髪を擽った。
風は冷たいのに、体は熱い。
それが果実酒の酒精のせいだけでないことを、アマリアは既にはっきり自覚している。
すぐ隣に感じる人の温もりが、限りなく愛おしく感じられた。
「……アマリアさん」
「はい」
「僕……一度ならず二度も、あなたに危険な思いをさせてしまいました」
何を言われるのかと思ったら、レオナルドはひどく固い声で苦しそうに言葉を漏らした。
弾かれたように隣を見ると、レオナルドは灰色の目を細めて顔を苦痛に歪め、アマリアを見返していた。
「あの夜……ブラウリオ、でしたっけ。あの男にみすみすあなたを渡す羽目になってしまいました。……すみません」
「レオナルド、それは違うわ」
「しかし……」
「ブラウリオは、私がここにいると分かって近くまで迫っていた。私もレオナルドも魔法で攻撃する手段を持たないから、魔法で襲撃されたら抵抗する方法がない。……あなたが謝ることじゃない。むしろあなたは皆と一緒に、私を助けに来てくれた。……本当にありがとう、レオナルド」
しっかりと彼の目を見つめて礼を言うと、レオナルドは灰色の目を瞬かせ、やがて少し困ったような顔で微笑んだ。
「……あなたが無事で、本当によかったです」
レオナルドは言った後、ふと口を閉ざした。
そしてせっかく見つめ合っていた目を逸らしてしまう。




