71 光の竜と報い
おそらく普段、ティータイムなどで使われるのだろう半円形のバルコニーに、人気はない。ここは地上三階なので、バルコニーの縁に立つと、黄金の竜を討つべく庭を右往左往する兵士や黒魔法使いたちの姿がよく見えた。
「ユーゴ! アマリアさんを連れてきた! 帰ろう!」
レオナルドが空に向かって高々と叫んだ。すると、その声に応えるかのように低い咆哮が鳴り響き、中庭の者たちも身構える。
――風が吹いた。
頭上をさっと黒い影が過ぎり、バルコニーの欄干にかぎ爪の脚を引っかける形で黄金の竜が舞い降りた。
金色の鱗に、同じ色の目。
牙も爪も鋭くて獰猛だが、アマリアを見下ろすその目はどこまでも優しい。
グアオ、と竜が吠える。
ママ、と呼ばれているかのようで、アマリアの頬からつうっと一筋の涙が溢れた。
「ユーゴ……」
「帰りましょう、アマリアさん。みんな、あなたの帰りを待っているのです」
「……う、うん! 帰る、私、帰りたい……!」
レオナルドの言葉に、アマリアは頷いた。一度だけでは足りない気がして、何度も何度も頷く。
帰れる。
ポルクに、あの家に、皆のいる場所に、帰れる。
ユーゴとレオナルドも一緒に。
ユーゴが軽く翼を折りたたみ、アマリアたちが乗りやすいように身を屈めてくれた。まずレオナルドがアマリアを持ち上げてユーゴの背に乗せ、続いて彼もひらりとその背中に飛び乗った。
ユーゴに乗るのは初めてだが、竜の姿になった彼の背中はゴツゴツとしていてあちこちに棘のようなものが飛び出ているものの、思ったよりも座り心地がいいし、ふわっと温かい空気に包まれた。きっと、ユーゴが魔法でアマリアたちを包み込んでくれたのだろう。
二人が乗ったのを確認すると、ユーゴは翼を広げ、飛び上がった。一度空中で旋回した後、低く鳴きながら高度を上げて、真っ直ぐ東の空へと飛んでいく。
その様を、中庭の者たちは唖然として見つめるばかりだった。
突如としてキロス城を襲撃した黄金の竜は、しかし、ほとんど人を攻撃することなく去っていった。
中庭には竜を撃ち落とそうとする兵士や黒魔法使いたちがいたが、他ならぬ国王の命令で皆武器を下ろした。
というのも、国王は竜が人を攻撃しないことから、何か他に目的があるのだろうと踏んでいたのだ。そして、離宮のメイド長・ロレンサたちからの報告を聞き、城の被害を最小限に抑える方針に変えたのだという。
利益や外聞を何よりも優先するキロス王は、これ以上の攻撃は黄金の竜の神経を逆なでするだけだと判断したのだ。
国王の命令により、キロスは多少城壁を破壊されたものの、被害を最小限に抑えることができた。
そして、黄金の竜が一組の男女を乗せて飛び去っていったことから、「竜は大切な人を助けるために現れたのだ」と噂されるようになった。
これより、数日前にその女性を誘拐したとして、国王は王女エスメラルダ夫妻並びに黒魔法使いブラウリオを今回の襲撃事件の元凶に定めた。
ただ、王女エスメラルダは意識を失った状態で運ばれ、目が覚めた後も「あの男が」「よくもわたくしを脅したな!」とヒステリックに叫んでいた。これまで彼女の外面に騙されていた者たちはその様を見て態度を変えたという。
父王からも見放された彼女は生きる意味もプライドも失って閉じこもり、間もなく心を病んで自死したという。
また、婿のアルフォンスは魔法の炎で燃え上がる応接間で発見された。多少の火傷を負っていたものの、同じ部屋にいた衛兵のほとんどが一命を取り留めた中で、彼だけはなぜか内臓から焼き尽くされた状態で死んでいるのが見つかった。彼の側には、割れたティーポットが転がっていたという。
黒魔法使いブラウリオは、衛兵たちによって捕縛された。彼は尋問を受けた後で監禁されたが、数年経ったある日、忽然と姿を消した。
国王は捜索隊を出させたが、一向に足取りが掴めない。だが間もなく、レアンドラ王国にて彼の亡骸が発見されたとの報告が入る。
深い森の中で倒れていた彼の体には、まるで巨大な生き物に襲われたかのような凄まじい爪痕があったという。
あれから、黄金の竜がキロスを襲撃することは二度となかった。人々は後に、「あれは竜を怒らせた人間への罰だった」とさえ語るようになり、全ての罪を娘夫婦に着せたキロス王もまた、その噂を否定することはなかったという。
なお、黄金の竜と向き合う男女の姿を見た者が、その光景を絵に表した。
「人の罪と光の竜」という題名が付けられたそれは、過去の王族が犯した罪を決して忘れないようにということで、王城の広場に何世代にもわたって飾られることになったという。




