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捨てられ白魔法使いの紅茶生活  作者: 瀬尾優梨
第1部 秋から冬
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70 救いの手

「くっ……この、変態!」

「何とでも言ってください。……やれやれ。あの竜もいずれこの城を壊してくれるでしょうし、それまで二人でどこかに隠れていましょうか……ぐおっ!?」


 顔を近づけてニタニタ笑うものだからものすごくイラッとしたので、かろうじて自由に動く右の拳を遠慮なくブラウリオの鼻先に叩きつけてやった。


 非戦闘員で、黒魔法も身体能力強化魔法も使えないアマリアの腕力なんてしれたものだろうが、至近距離での攻撃だったし、何といってもブラウリオは貧弱だ。


(いける……!?)


 痩せぎすの体がぐらついた隙にアマリアは両腕で這って逃げようとしたが、ぴしり、という音に続き、今度は両腕が動かなくなり、べたっとその場にうつぶせになってしまう。


 ブラウリオは自分の口元をぐいっと拳で拭い、苛立ったようにアマリアを睨み下ろしてきた。


「まったく……こんなじゃじゃ馬では、嫁のもらい手もないのも当然でしょう。私とてあなたを嫁にするつもりはありませんが、資料としてもらってやりますから、感謝しなさい」

「ちっとも嬉しくな――」


 とうとう、口も動かなくなった。体は貧相でまともに力勝負をすればアマリアにも負けるだろう男が、ニタニタ笑いながら魔力で制圧してくる様が何とも憎らしい。


(こうなったら、ユーゴが早いところ私を見つけてくれることを祈るしか……!)


 おそらくユーゴは、この城のどこかにアマリアがいることだけは分かっているのだろう。だがどこにいるか分からない以上、むやみに攻撃ができないはずだ。

 先ほどから窓の外をちらちら金色の光が踊っているし、何かが破壊される音もする。だが、どれもこの執務室からは離れていた。


 ふと、ブラウリオがしゃがんで、俯せ状態だったアマリアの体をごろんと仰向けにし、アマリアの体をじろじろ見てきた。なんだか全身を舐め回されているかのようで、触れられていないというのに肌という肌にぞぞっと寒気が走る。


 ブラウリオはしばしなにやら考えているようだ。

 だが急に手を伸ばすと――問答無用で、アマリアの左胸を掴んできた。


(ぎっ……! ぎゃぁぁぁぁぁぁ!?)


 声は出ないので、心の中で絶叫を上げ、両目をかっ開いた。

 胸を揉まれるなんて、孤児院の赤ん坊を抱っこした際、乳を求めて触れられたとき以来だ。あのときは少々驚いたが嫌悪感はなかったし、赤ん坊の本能行動に思わず笑みをこぼしてしまったものだ。


 だが今回の相手は大人で、男で、しかも生理的に色々無理な人種。


(もう嫌……! 何この人……! 変態を通り越してる……!)


 泣きたい気持ちで悶えるアマリアだが、ブラウリオはアマリアの胸を掴んだまま、なにやら考え込んでいる。そしてアマリアが動けないのをいいことに、全身あちこちに触れてきた。


「妙ですね……今のあなたからは、ちっとも魔力を感じません。やはり、紅茶を淹れているときでないと発揮できないようですね。となると……」


 ブラウリオはぶつぶつ呟いている。胸を揉まれ体を撫で回されたのみならず、あくまでも研究のためと言われたら、女としてのプライドもボロボロだ。


(もう嫌……! 戦えれば、黒魔法が使えたら、こんな変態消し炭にしてやるのに……!)


 ブラウリオの手が全身を撫で回す気持ち悪さにアマリアが吐き気を催した、そのとき――


 ドアが開いた。

 次の瞬間には一陣の風が吹き抜け、アマリアに覆い被さっていたブラウリオが吹っ飛ばされ、後頭部をデスクに打ち付けるいい音が響く。


(……え?)


 術者が攻撃を受けたからか、それまでアマリアの体を拘束していた氷の魔法が解け、体をくたっと弛緩させた。


「アマリアさん!」


 呆然とするアマリアの体が抱き上げられ、誰かの胸に引き寄せられる。

 懐かしい匂い。心地よい体温。


「……レオ、ナルド……?」

「はい!」


 アマリアを抱きしめるその人――レオナルドは言い、片腕でしっかりとアマリアを抱き寄せてくれた。

 だがデスクに寄り掛かっていたブラウリオが呻きながら体を起こし、両手をさっとこちらに向けてきたため、アマリアはぎょっとする。


(黒魔法……!)


 アマリアはまだしも、レオナルドには魔法の耐性が全くない。こんな至近距離で魔法を撃たれたら、レオナルドは――


「だめっ……! レオナ――!」


 アマリアの絶叫を聞き、レオナルドが振り返る。そして腰に差した剣を抜き、それを床と垂直に構えると――


 ズバン、と鼓膜を叩きつけるような破裂音が響き、アマリアは一瞬呼吸を止めた。

 音がしたのにも驚いたが、今見た光景が信じられなかったのだ。


(い、今レオナルド、黒魔法を剣で弾いた――!?)


 爆風が起きたので一部始終を完璧に見られたわけではないが、確かにレオナルドは剣を振るい、ブラウリオが放った青白い刃を切り裂いたのだ。


 空中で青い光が霧散してキラキラ輝きながら消えていく中、ブラウリオが呆然と立ち尽くしていた。

 彼もまた、自分の魔法が剣によって弾かれるとは思っていなかったようだ。


「な……!? ど、どういうことだ!?」

「……さっきエスメラルダと戦ったときも思ったけれど、本当にすごい効果だな」


 レオナルドもまた、しげしげと刃を見つめている。強力な魔法を切ったということも驚きだが、その刃には一切の刃こぼれがない。


「……え? あの、エスメラルダって……」

「ああ、はい。さっき廊下で鉢合わせたところ、問答無用で黒魔法を放ってきたので、同じように弾き返しました」


 なんてことないように言った後、ふとレオナルドは目を細めると剣を構え――ブラウリオの放った紅蓮の炎を一刀両断した。


 赤い光の粒が舞う中、レオナルドはしゃん、と音を立てて剣を下ろした。


「無駄だから、やめておいた方がいいですよ。……人間の魔法使いでは、この剣に勝てません」

「……ふざけるな! 私の、私の研究材料を返せ!」

「……研究材料?」


 きん、とレオナルドの周囲の空気が冷え切った。


 彼は一度だけアマリアをきゅっと抱きしめると手を離し、剣を手にゆっくりゆっくり、ブラウリオに歩み寄っていった。

 ふらりと壁に寄り掛かったアマリアからはレオナルドの背中しか見えないが、凄まじい怒気が立ち上っているのが分かるようだ。


「……今、あなたは何と言った? それは、アマリアさんのことか?」

「……ああ、そうだ! それは私がやっと見つけた最高の研究材料だ! おまえなんぞにやら――うっ、ぐああっ!?」

「えっ、これくらいで倒れるのか? 魔法使いでも少しは体を鍛えるべきだよ」


 言葉の途中でレオナルドに掴みあげられ、剣の柄で殴られたブラウリオは軽々と吹っ飛んだ。

 彼を殴り飛ばしたレオナルドの方がその軟弱っぷりに驚いているようだったが、レオナルドは床に這い蹲るブラウリオの前にしゃがむ。


 ――アマリアには、彼が何をしているのかは分からない。

 だが低い呟きとブラウリオのうめき声、そして再び頭を剣でぶん殴られてブラウリオが倒れると、レオナルドは振り返った。


 いつも通り、優しくて頼りがいのある笑みを浮かべた彼は剣を収めてアマリアのもとに駆け寄ると、「失礼します」と一言断ってから体を抱き上げてくれた。


「えっ!? あ、あの、レオナルド……」

「もう、ここに用はありません。後のことは皆に任せ、僕たちは撤退しましょう」

「皆って……あっ」


 レオナルドに抱えられて廊下に出たアマリアは、今し方階段を上がってきた者たちを見て目を丸くした。


「アマリア様!」「ご無事でしたか!」と叫びながらやって来たのは、メイドと衛兵たち。先頭に立つフアナとロレンサの無事な姿を見、まぶたが熱くなる。


「レオナルド殿、無事アマリア様を救出なさったのですね」

「はい、皆には大変お世話になりました。……迎えが来ていますので、僕たちは一足先に撤退させてもらいます」

「はい、後のことは我々にお任せください」


 レオナルドと言葉を交わしたロレンサが振り返り、「国王陛下のご命令です! 黒魔法使いブラウリオを捕縛しなさい!」と指示したため、衛兵たちが一気に室内に駆け込んでいった。


 アマリアはそんな一部始終を、呆然と見ていた。だがロレンサがこちらを見ると僅かに目を細め、メイドたちで揃ってお辞儀をしてきた。


「……たった五日間ですが、あなたと過ごせて我々は幸せでした。……後のことは我々にお任せください」

「……みんな」

「あなたはわたくしたちに、優しさを与えてくださいました。わたくしたちはその恩を今お返ししただけ。……レオナルド殿、アマリア様をどうかよろしくお願いします」

「ああ。……本当にありがとう、皆」


 レオナルドはしっかり頷いた後、きびすを返した。フアナたちの姿がだんだん小さくなっていくのでアマリアはつい、「あっ……」と短く声を出してしまう。


「大丈夫ですよ、アマリアさん。彼らにはきっと、また会えます」

「…………本当に?」

「ええ、生きていれば必ず」


 レオナルドは優しく言うので、アマリアはぐっと顔を上げた。そして、フアナたちのいる方へ体を伸ばし、息を吸う。


「……みんな、本当にありがとう……! 私、何も返せなかったけど……みんなに、感謝している!」

「……はい! お気を付けて、アマリア様!」


 フアナが声を張り上げて応えてくれた。アマリアはレオナルドの肩をぎゅっと掴むと、大人しく身を任せる。


 レオナルドはゆったり微笑むと、廊下の突き当たりにあった扉を蹴り開けた。その先はバルコニーで、埃っぽい風がアマリアの髪を擽った。

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