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捨てられ白魔法使いの紅茶生活  作者: 瀬尾優梨
第1部 秋から冬
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69 裏切りと真意

 何度も立て続けに続く揺れの中でも紅茶が零れなかったのは、アマリアがポットを手で押さえていたからだった。


「おい、何なんだ、いったい!?」

「殿下! どうやら黄金の竜が城を襲撃している様子で……」


 駆け込んできた衛兵の言葉を聞くと、それまで偉そうに怒鳴り散らしていたアルフォンスはさっと青ざめ、「……黄金の、竜だと……?」と呟いた。

 それはエスメラルダも同じで、「黄金の竜」に全くいい思い出のない二人は蒼白な顔を見合わせる。


「ど、どうしてまた黄金の竜が!? まさか、十年前のが生きて……」

「え? 殿下、それはどういう――」

「黙れ! おい、すぐに兵の準備を進めろ! 魔物退治どころじゃない!」

「も、もちろんです。陛下は、黄金の竜の討伐経験のあるお二人へ出陣命令を出されました」


 衛兵が言ったと同時に――炎が弾けた。


 エスメラルダが放った炎は衛兵にぶつかると一瞬で燃え上がり――アマリアはポットを持ったまま、絶叫を上げて炎の中を悶える姿から必死で視線を引きはがした。


(ど、どうして、こんなことを――!?)


 持っているポットは熱いのに、体は氷のように冷たい。

 だが、エスメラルダは手を下ろすと忌々しげに鼻を鳴らし、さっときびすを返した。


「エ、エスメラルダ!?」

「逃げますよ、アルフォンス! あんなの、勝てるはずがないでしょう!」

「おい、待て――!」


 一目散に逃げていったエスメラルダを、アルフォンスが慌てて追いかける――が。


「おや、苦しむ部下を見捨てて逃げるとは……さすが、無能殿下なこと」


 くすり、と背後で笑う声がしたと思ったら、開け放たれていたままのドアがいきなりばたんと閉ざされ、アルフォンスはドアに顔面からぶつかった。


 そして大きな手がアマリアの手からポットを回収し、手首を掴む――と同時に、アマリアは応接間からアルフォンスの執務室に移動していた。

 わざわざ確認せずとも、ブラウリオがアマリアを連れて空間魔法で移動したのだと分かる。おそらく彼は別の場所から執務室限定で、瞬間移動できるのだろう。


 アマリアは一瞬ぽかんとして、執務室の床に座り込んでいた。

 目の前に、魔法の炎に焼かれて苦しむ衛兵も、閉ざされたドアに拒絶されてへたり込むアルフォンスもいない。


(……何が……起きたの……?)


 床に両手をつき、アマリアは短い息を繰り返した。吐きそうになるのを堪えるために胃の辺りを押さえつつ、必死に考える。


 黄金の竜は、おそらくユーゴだ。彼が助けに来てくれたのだろう。

 だがエスメラルダは衛兵を攻撃すると我先に逃げだした。後を追おうとしたアルフォンスは――おそらくブラウリオの魔法で扉に弾かれた。他の衛兵も取り残されているから、あのままだと魔法の炎が広がって部屋ごと焼き尽くされてしまうだろう。


(そんな……罪のない衛兵もいるのに……)


「……こんなときまで他人の心配ですか」


 相変わらずねっとりと暗い声は、アマリアの心の内を透かしているかのようだ。

 両肩に手を載せられたので、渾身の力で振り払う。だが両脚には力が入らなくて、吐き気はひどくなるばかり。


「せっかくあの部屋から助け出したのだから、少しは私に感謝してくれませんかね」

「……そうね、ありがとう。でも、どうしてアルフォンスを見捨てたの」


 顔を上げず、アマリアは淡々と問うた。

 ブラウリオにとって、アルフォンスは幼なじみであり、今は一応仕える相手であったはず。さっきだって、その気になればアルフォンスも一緒に連れてくることもできただろうし、もし三人以上で瞬間移動できないにしても、ドアを開けたままにすればよかったのに。


(あれじゃあ、アルフォンスが死ぬように仕向けたみたいで……)


 背後でくつくつ笑う声と、窓辺に歩いていく足音がする。

 また、少し離れたところで爆音が鳴り、城が揺れた。ユーゴは、大丈夫なのだろうか。


「どうしても何も、邪魔になったから捨てただけです」

「……邪魔?」

「従う価値がなくなったから、とでも言いましょうか。私がこの十年間あいつに従っていたのは、それが一番自分にとって有利になると思ったから。あいつにしてもエスメラルダにしても、自己顕示欲の強いただの愚か者です。しかし二人に従順なふりをしていれば研究資金が得られ、私は私のしたいように振る舞えた」


(研究資金……)


 少し吐き気が収まったので、アマリアはデスクにしがみつきながら立ち上がった。

 ブラウリオはアマリアに背を向け、窓の外を見たまま続ける。


「私は長年、黒魔法でも白魔法でも灰魔法でもない魔法の研究をしてきました。ごく稀にその素質を持った者が生まれ、何らかの形でその魔力を放出できるのです」

「……」

「もうお分かりですね? 私が研究するに相応しい逸材……それがあなただったのです」


 ブラウリオが振り返る。

 日の光を浴び、彼の不健康な横顔が白く照らされていた。


「旅の途中からうすうすその予感はしていましたが……当時の私は未熟で、しかも研究に十分な資金もなかった。あなたはあの馬鹿夫婦のせいで命を落としたので、私はキロスで研究を進めながら次なる研究対象を探していた――しかし、あなたは生きていた。しかも、十年前よりもその才能を開花させていた」


 コツン、コツン、とブーツのヒールを鳴らして戻ってきたブラウリオは、デスクにしがみつくアマリアをおもしろがるように見つめてくる。


「いい加減、あの馬鹿夫婦に媚びを売るのにも疲れてきたところです。あなたも、エスメラルダが放った炎に焼かれて死ぬのは嫌でしょう? 黄金の竜の襲撃で城内が混乱している今が好機。……共に参りましょう、アマリア」

「……断るわ」


 まだ本調子ではないが、アマリアははっきり言った。


(誰が好きこのんで、こんな変態に付いていくというの!)


 昔から変わり者の少年だとは思っていたが、これほどだったとは。

 己の目的のためなら気に入らない者の前でも膝を折り、そして己の目的のためなら、十年以上付き合ってきた幼なじみをあっさり見捨てる。


「あの場から助けてくれたことには感謝している。でも、私はあなたの研究材料になるつもりはさらさらない」

「そんなことを言える立場ですか? あなたは生まれながらに希有な魔力を有していますが、所詮は黒魔法の一つも扱えぬか弱い女性」


 言うと同時に、ブラウリオはさっと右手を上げた。

 とたん、アマリアはがくっと体の力を失い、床に倒れ込んでしまった。見ると、自分の腰から下に青白い光がまとわりつき、アマリアを拘束していた。ほんのり冷たいので、これは氷魔法の一種だ。


(そういえば、ブラウリオは氷属性が得意だった……!)


 なんとか両手で上体を起こすが、腰から下が動かないのですぐにべたっと伏せてしまう。

 アマリアはぎりぎりと歯を噛みしめ、愉悦の表情で見下ろしてくるブラウリオを睨み上げた。

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