68 救出作戦
ほぼ丸一日、ユーゴは空を飛び続けた。
レオナルドはユーゴの体調が気になったが、とにかく今の状態の彼は言うことを聞いてくれない。ときおり着陸してレオナルドが携帯食を食べたり用を足したりできるようにしてくれたが、その間もユーゴはずっと竜の姿のまま西の空を睨んでおり、レオナルドが戻るとすぐに空に舞い戻った。
ただひたすら西に向かって飛び――夕暮れ時には、レオナルドが四年ほど前に来たことのある、因縁のキロス王都の影が見えてきたのだった。
「……さすがに城内にこのまま入るわけにはいかない。ユーゴ! 作戦会議だ!」
悪いと思いつつ、ユーゴの背中を叩いた。するとユーゴは低く唸ると高度を落とし、森の中に着陸した。
あたりの木々をへし折りながら着陸した後、レオナルドが背中から降りると、あっという間にユーゴの体が縮んで全裸の少年がぽてっと倒れ込んだ。
「……お、おい、ユーゴ!?」
「……気にするな。さすがに少し、疲れただけだ」
抱き上げたユーゴはいつも通り偉そうな口調で言うが、笑顔は引きつっているし体はぐったりしている。かなり無茶をして飛んだというのが一目瞭然で、レオナルドはきっとユーゴを睨み付けた。
「アマリアさんのことが心配なのは分かるけれど、無茶はしないでくれ! もし君が倒れたらアマリアさんが悲しむのは、目に見えているだろう!」
「……はっ、青二才が我に説教するか。……まあ、そなたの言うことも一理ある。だが、あのままではママが危ないと分かったんだ。許してくれ」
いつになく弱々しく言うものだから、レオナルドはぐっと唇を噛みしめ、なるべく優しく問いかけた。
「……アマリアさんについて、何か感じ取ったのか?」
「うむ……言葉で説明するのは難しいのだが、胸騒ぎがした。ママがクソガキに攻撃されたのかもしれんと思うと、いてもたってもいられなんだ」
「攻撃、って……アマリアさんはその能力を狙って誘拐されたんだろう? それなのにアマリアさんが死んだりすれば……」
「よく分からん。だが、ママに利用価値がないと分かれば消すくらいのこと、するだろう」
ユーゴはガシガシと髪を掻きむしり、遠くに見えるキロス王都の町並みを恨めしげに睨み付けた。
「……あのガキどもは、一度ママを見捨てている。一度あることが二度あってもおかしくない。……よし、少しは頭がはっきりしてきた。夜が明けたら行くぞ、レオナルド」
「待ってくれ。ブルーノさんたちが到着するまでまだ時間が掛かる。さすがに僕たちだけで城に乗り込むのは――」
「悠長なことは言ってられんと言っただろう。……レオナルド、そなたは城の内部を多少なりと知っているのだろう? であれば、そなたは単身城に潜入し、ママを探せ」
単身、の言葉にレオナルドは眉根を寄せ、ぐっとユーゴの肩を掴んだ。
「……おい、まさか、君――」
揺すぶられてもユーゴは動じず、にやりと強者の笑みを浮かべた。
「そなたの考えているとおりだ。……さて、最強種と言われる光竜。しかもかつて自分たちが倒したということになっている生き物が王都に現れたとなると――連中は、どう反応するだろうなぁ?」
王都郊外の森の中でユーゴと共に野宿をし、「準備」をした翌朝。
レオナルドは、キロス城の正門前にいた。
鎧の上から大きめのマントを羽織ったので、旅の商人に見えるはずだ。帯剣はしているが、このご時世なのだから商人が護衛用に剣を所持していても咎められたりしない。
四年ほど前、レオナルドは単身キロス城に乗り込み、アルフォンスやエスメラルダと面会した。彼らのあんまりな言いぐさに腹が立ち、二度とこんなところに来るかと怒り心頭で門をくぐったのを思い出す。
まさか、たった四年後に再び舞い戻ることになるとは思っていなかった。
ちらっと門の方を見やる。当然警備は強固で、いくら身のこなしが軽いレオナルドといえど楽に潜入できそうにもない。四年前は身分証明書を使えたが、今アマリアの知り合いであると明かすのは悪手だ。
壁に寄り掛かり、俯く。まるで待ち合わせをしている商人であるかのように振る舞いながら、じっと息を潜めて待つことしばらく。
人々の行き交う大通りに、さっと黒い影が降りる。それは冬の日光を遮りながら滑らかに移動し、人々は唖然として空を見上げた。
青い空に映える金色の物体は、紛れもない竜。それも、希少な光魔法を使いこなす最強種で、その姿を目にすることさえ稀だという光竜だ。
「竜だ! 竜が飛んできた!」
「あの色、まさか光竜か!?」
「どうしてあんなのがキロスに!?」
城下町の者たちがざわめき、何の前触れもなく飛来してきた竜に怯える中、竜は悠々と空を飛んでいた。
そして城の上空にたどり着いたところで羽ばたきながら空中停止し、かぱっと口を開くと――
キュイン!
竜の口から放たれた光線が弾け、城の城壁を吹き飛ばした。
轟音が鳴り、人々が悲鳴を上げる。ばらばらになった城壁が瓦礫となって宙に舞っているのを、レオナルドは目を細めて見つめていた。
ユーゴも無関係の人を殺めるつもりはないので、最初の攻撃はほぼ人のいない城壁にぶつけた。だがそれを受けたことで城内は一気に臨戦態勢になり、黄金の竜に立ち向かうために兵力をかき集めるだろう。
――レオナルドは深くフードを被り、城門の方へ向かった。先ほど様子を見た際には堀を跨ぐ跳ね橋の向こうに十人以上の兵の姿があったが、光竜の登場でその場はすっかり混乱している。普通の防衛戦だったら跳ね橋を上げるだろうが、空からの襲撃を受けて門番たちもおろおろしているようだ。
レオナルドは剣の柄に手を掛けたまま、跳ね橋を渡った。「おい、なんだおまえ!?」「止まれ!」と裏返った声で制止されたが耳を貸さず、庭園に駆け込む。
庭園はユーゴの討伐に向かう兵士でごった返している。黒魔法使いたちが庭に出て、空に向かって両手を差し伸べていた。今は一旦城から距離を取っているユーゴが現れたら、黒魔法で撃ち落とすつもりなのだろう。
……たかが数人の黒魔法使いの魔法で撃墜されるほど、ユーゴは弱くない。
だが成体よりも小柄で、冬の気候のせいで戦闘能力が落ち気味のユーゴが永遠に陽動作戦を続けられるわけでもない。
混乱に乗じ、レオナルドは城の裏手に回った。予想通り、使用人たちは裏口から避難しているようで、お仕着せ姿のメイドや下働きたちが団子になって路頭に迷っている。
……この格好なら、行商人のふりをして紛れることもできそうだ。
「す、すみません! どっちに逃げればいいんでしょうか!?」
巻き込まれた商人を装ってレオナルドが近くにいたメイドに問うと、彼女は真っ青になって震えながら首を横に振った。
「わ、わたくしたちも分からないんです! 陛下は、光竜の迎撃には乗り気でらっしゃるんですが、わたくしたちにはただ逃げろとしか……」
「そうなんですね……」
勇猛果敢な国王であるのはよいことなのだろうが、顧みてもらえない下々の者からすればたまったものではないだろう。
メイドに礼を言い、レオナルドは次に調理場の下働きらしき少年を捕まえ、同じ質問をした。
「ぼ、僕だって知りたいですよ! アルフォンス殿下たちが応戦するそうですが、竜は飛ぶからどこから襲ってくるか分からないし……」
「アルフォンス……殿下は、どこかにいらっしゃるのですか?」
おそらくアマリア誘拐の主犯だろう者の名前を聞いてレオナルドが問いつめると、少年は震える指で西の方角を指した。
「あ、あっちに離宮があるでしょう。普段殿下はあっちに住んでいるので、きっとそこで戦闘準備をしているんです!」
「……殿下は光竜を倒せるのでしょうか」
「えっ、だって殿下は十年前、光竜を倒したことがあるんでしょう? だったら今回だって楽勝です! だから僕たちはひたすら逃げるんでしょ!? あああ、もう! なんでこんなことにぃ!」
そのまま走り去ってしまった少年を見送り、レオナルドは身を翻した。
アルフォンスがキロスの国民からの支持を得ていないというのは、レオナルドも知っていた。だが、彼が十年前に黄金の竜――ユーゴを倒したということは、一応皆も信じているのだろう。
レオナルドは、空中で旋回して黒魔法使いの放った火炎魔法をひらりとかわすユーゴを見上げた後、離宮への道を駆けていった。




