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捨てられ白魔法使いの紅茶生活  作者: 瀬尾優梨
第1部 秋から冬
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67 仄暗い願い

 アマリアはむっつり頷き、籠の中の果物を確認した。


(やっぱり、ハーブは使わずに果物だけで味を引き出す方がいいかな。属性を多めにということなら、属性被りのないようにして……)


 適当なのを作れば、ブラウリオが測定をした際にばれてしまう。

 そのブラウリオは遅れてやって来て、「どこをほっつき歩いていたんだ」とアルフォンスに叱られても黙っていた。まさかアマリアに殴られた箇所が痛くてしばらく悶絶していたとは言えないようで、少しだけ気分がよくなった。


 今回は、アマリアが怪しい手つきをしないか確認するためらしく、部屋には衛兵の姿もあった。そんなにじっと見られなくても変なものを混入させるつもりはないので、アマリアは外野には気にせずに紅茶作りに専念することにした。


 ……したのだが。


「……そうそう! わたくしが加わって一ヶ月ほど経った頃だったかしら。情けない顔であなたに縋って、『頑張るから、どうか捨てないで』と訴えていたのでしたっけ」

「あのときのアマリアは傑作だったな。これまで散々俺たちに文句を言ってきたというのに、いざ自分の居場所がなくなると思ったら泣きついてくる。……覚えているか、アマリア? あの後、おまえだけ食事抜きにしたよな?」


 アマリアが黙って作業をしているのをいいことに、アルフォンスとエスメラルダは昔話を始めた。それも、内容はどれもアマリアにとって屈辱の経験ばかり。


(……もちろん、覚えている! 辛くて、自分が情けなくて、それでもどうしようもなかったときのことは、しっかり覚えている!)


 プリネの皮を剥くために包丁を持つ手が震える。

 聞くな、こんな連中の声なんて聞くな、と言い聞かせ、ただ目の前の作業だけに集中する。


「まったく、アマリアはもっと早くにエスメラルダを見習えばよかったんだ。おまえ、エスメラルダが自分より若いのに実力があるし美人だから、僻んでいただろう?」

「そうよね、アマリア。あなたって時々、恨めしそうな顔でわたくしを見ていたもの。わたくしはあなたと仲よくしたかったのに、あなたはそっけないし。わたくし、あなたのことをお姉様のように慕おうと思っていたのですよ……」


 エスメラルダは悲しそうに目を伏せるので、衛兵たちもそわそわとアマリアの方を見ていることに気づく。彼らは十年前の真実を知らないから、エスメラルダの言葉が本当かもしれないと思ってしまっているのだろう。


(仲よくしたかった? お姉様のように慕おうとした? ……ふふ、嘘ばっかり)


 プリネの皮を剥き、フィフィもざくっと切る。

 切りながら、アマリアは心の中でほの暗く笑っていた。


(エスメラルダはずっとずっと、陰で私を馬鹿にしていた。アルフォンスたちに見られないよう、二人きりの時だけ暴言を吐いて、錫杖で叩いて。近くに男が来たら、「アマリアが……」と私を悪者扱いして!)


 それに騙されるアルフォンスやあの三馬鹿たちも大概だが、アマリアは強く言えなかった。最初はアルフォンスたちに訴えたのだが、「王女がそんなことを言うわけないだろう」「パーティーの空気を悪くするつもりか」とアマリアの方が攻められる結果になったので、それ以降は訴えるのを諦めていた。

 あのときのエスメラルダは、アルフォンスの背中に隠れてにんまり笑っていたものだ。


 エスメラルダは、若くて有能で繊細がゆえにアマリアからいじめられる被害者。

 アマリアは、年齢以外上回っているものは何もないのにエスメラルダをいじめる、ろくでもない年増。

 そういう構造があっという間にできたのも、アマリアが疎外感を感じるきっかけになった。


 おまえは無能だ、おまえは馬鹿だ、おまえは性悪だ、と言われ続けても、無視するしかできなかった。

 言い返せば、報復を受ける。もしかすると魔物の巣に放り込まれるかもしれないし、娼館にでも売られるかもしれない。


 だから、辛くても逃げなかったし、逆らわなかった。

 死にたくないし、この身を好きに遊ばれたくもないし、ひとりぼっちで放り出されたくもなかった。


 ……怒りで手が震え、モレを絞る際に勢い余って果汁がボウルから飛び散ってしまう。


 ユーゴやレオナルドに「復讐はしたくないのか」と聞かれたときは、「そんなの望まない」と優等生じみた回答をした。そう答えられたのは、ポルクにいた頃は環境が整っていて、復讐とか制裁とか、そんなことを考えようとすら思わなかったから。


 だが、目の前に憎き者たちがいて、過去の自分の情けない姿をおもしろおかしく語りだすと、胸の奥からどろりとしたものが溢れ、頭もぐらぐらしてくる。


 傷つけばいいのに。

 痛めつけられればいいのに。

 アマリアが作った紅茶を飲んでも全く効果が現れず、魔物に引き裂かれ、灼熱の炎に焼かれ、悶え苦しみながら死ねばいいのに。


 ――ポルクにいる間は絶対に思わなかったような、暗い望み。紅茶を作りながらそんな願望を思い浮かべると、不思議と心が落ち着いてくる。

 アルフォンスが、エスメラルダが、いかにすれば一番苦しみ、十年前にアマリアが味わった屈辱を返せるだろうかと考えるだけで胸がすっとする。


 ……だが。


(……ごめんね、ユーゴ。こんな残酷なことを考える私は、ママ失格だ)


 ユーゴには、自分にできる限りの愛情と優しさを与えてきたつもりだ。

 だが、いくら因縁の相手だからと、こんなむごたらしいことを考える自分は果たして、今までのようにユーゴを抱きしめてもいいのだろうか。

 こんなことを考える自分が、ユーゴの母親でいられるのだろうか。


(レオナルドも……ごめんなさい。私、アルフォンスたちと同じ人間になってしまった)


 人の不幸を願うようでは、アルフォンスと同類になる。そんなことをレオナルドに語った覚えがある。


 アルフォンスたちへの憎しみを明らかにしてしまった今では、もうアマリアは彼が「清廉」と言ってくれた女ではない。

 ただの、憎しみを憎しみで返し、人の不幸な死を願い、零落を喜ぶだけの汚らしい生き物だ。


 まだ、アルフォンスとエスメラルダはアマリアの失敗談を楽しそうに語っている。

 アマリアはポットに果物を入れ、湯を注ぐ。砂時計をひっくり返し、砂粒が落ちていくのを見つめつつ、アマリアは唇の端に寂しげな笑みを浮かべた。


 もし、ここから救出されたとして。

 本当に、アマリアはユーゴやレオナルドのもとに、ポルクに、戻ってもいいのだろうか。


(ユーゴ……レオナルド……)


 まぶたを伏せ、肩の力を抜いた――その時。


 窓の外を一筋の金の光が流れ、凄まじい爆音が王都に鳴り響いた。

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