65 黄金の竜と傭兵
まどろみから覚め、レオナルドは夜の間に凝った肩をぐるぐると回した。
木々の隙間から微かな日光が差し込んできていることから、朝になったのだと分かる。
「よう、目が覚めたか、レオナルド」
「ブルーノさん……おはようございます」
声を掛けられたので、レオナルドは横を見た。そちらでは、昨夜寝ずの番をしていたブルーノがたき火を作り、肉を焼いていた。
香ばしい匂いが鼻孔を擽ったので思わず唾を呑み込むと、ブルーノは笑って、焼き上がったばかりの串焼き肉をほいっと差し出してきた。
「まずは食え。……ああ、ユーゴなら『散歩に行く』ってどっかに行った」
「ありがとうございます。ユーゴなら……たぶん大丈夫ですね」
串焼きを受け取り、すぐにかぶりついた。傭兵の性なのか、食べられるときに食べておくという習慣が身に付いているのだ。
レオナルドたちがポルクを出発して、四日経過した。
ブルーノは、手練れを集めてアマリアの捜索に向かうことを決め、翌日には全ての準備が整った。またしっかり眠り、朝になって気温が上がったことである程度元気になったユーゴがさらに魔力の残滓を追った結果、アマリアが連れ去られたのはキロス王国の王都で間違いないということになった。
ポルクからレアンドラの西の国境を越えるまで、どんなに馬車を走らせても十日は掛かる。だがそれ以外の手段はないし、一応空間魔法を扱えるユーゴでも、知らない場所に瞬間移動するのは不可能だという。
ユーゴは、自分が竜になって空を飛んでいくという方法もあると申し出た。だが竜になると人間の姿のときよりも自制が利きにくくなるし、黄金の竜が飛んでいれば人目にも付いてしまう。しかも彼は寒さに弱いので、昼間だとしても長時間空を飛んでいれば一気に体力を消耗してしまい、キロスまでたどり着けない可能性もあるということで却下になった。
かなり馬は急がせたが、まだレアンドラの東端から西端までの路程の三分の二を過ぎたあたりといったところ。この調子では、キロスに入れるまであと二日ほど、そこから王都までとなるとさらに日数を要することになるだろう。
「そのフードの人間はアマリアの魔力を必要としているんだろう? だったら、すぐには殺さないはずだ」
焦るレオナルドの心の内を読み取ったのか、ブルーノは淡々と言い、レオナルドに続いて起き出した他の男たちにも串焼き肉を渡していった。
「それに、アマリアだってわざわざ敵を刺激するようなことはしないだろう。……俺たちにできるのは、可能な限り急いでキロスに渡ることだけだ」
「……ええ、もちろんです」
二本目の串焼きを一気に飲み込み、レオナルドは硬い表情で頷いた。
ブルーノたちには、キロス王都まで同行してもらう。レオナルドは幸運にも一度アルフォンスに会うために王城に入ったことがあるので、自分が歩いたおおざっぱな道のりは覚えている。
さらに、いざとなったらユーゴが竜に変身して王都を混乱させることになっていた。ユーゴが危険にさらされることになるのでレオナルドは反対したのだが、他ならぬユーゴが「ママのためなら、多少の怪我など覚悟の上だ」とはっきり言ったのだ。
ブルーノたちには、ユーゴの正体を明かしている。「実は我は竜なのだ」とユーゴが堂々と言ったときにはさしものブルーノたちもぽかんとしていたが、ユーゴが「えいっ」で目の前の木々を一瞬で焼き尽くし、襲ってきた魔物を片手で放り投げ、邪魔な石を素手で破壊したのを見て、「少なくともこの子は人間ではない」と把握したようである。
当然、アマリアとユーゴが親子ではないのも確定している。だが皆は「ママを助ける」と子どもらしくない眼差しで言うユーゴに何か言うつもりはないようだし、「ユーゴにとってアマリアさんは間違いなくママだよな」と声を掛けていた。
肉ばかりの朝食を摂り、しっかり水分補給もする。アマリアの作ってくれた紅茶が懐かしくて限りなく愛おしいが、甘い思い出に浸っている場合ではない。
そのアマリアを助けるために、今レオナルドはこの木立にいるのだから。
「よし、そろそろ出発するか。レオナルド、ユーゴはまだ帰ってこないのか?」
大工をしていた体格のいい男に問われ、そういえば、とレオナルドはあたりを見回した。いつもならユーゴの方から「レオナルド!」と呼んでくるのだが、あの元気いっぱいの声がなかなか聞こえない。
「森の奥の方に行っているのかもしれません。ちょっと様子を――」
見に行ってきます、と言おうとしたレオナルドだが、ずどん、と凄まじい音を立てて地面が揺れたため、舌を噛みそうになった。がさがさと森がざわめき、鳥たちが慌てて飛び立っていく。
「なっ、なんだ、今のは!?」
「地属性の魔物か!?」
野営の片づけを終えたブルーノたちが各々武器を手に取る中、既に剣を抜いていたレオナルドは呆然として、頭上を見上げていた。
木漏れ日の差す中、金色の光が見え隠れしている。ばさ、ばさ、と何かが揺れる――いや、羽ばたく音に、まさか、と灰色の目を見開いた。
「っ……ユーゴ!?」
剣を収め、レオナルドは飛び出した。背後でブルーノの声がするが、振り返っている場合ではない。
地面から張り出した根っこを飛び越え、邪魔な小枝を腕で跳ね飛ばす。
そうしてたどり着いた先はぽっかりと開いた空き地になっており――あたりに生えていたらしい木々をなぎ倒すように、巨大な生き物が立っていた。
見上げるほどの巨体に、きらびやかな黄金の鱗。細かい棘の付いた尻尾は長く、びたんびたんと揺れるたびに木がなぎ倒され、吹っ飛んでいく。
――「それ」が、レオナルドを見た。
遥か高みから、金色のは虫類の目に見下ろされ、レオナルドの全身が震えた。
これまで幾多の魔物を斬り伏せてきたレオナルドは、竜を倒したこともある。だがそれらはどれも小型から中型で、こんなにも恐ろしく、神々しく、美しいものに出会ったことはなかった。
黄金の竜。
竜族の中でも最強の部類に入る光竜。幼体といえどその巨躯を見ていると人間の矮小さと非力さがひしひしと感じられ、見つめられると、えも言えない畏怖心でその場に膝を突きそうになる。
ごくっと唾を呑み、レオナルドは口を開いた。
「ユーゴ……これが、君の本当の姿なのか……?」
掠れた声で呼ぶと、光竜はまばたきした。そして、グアオ、グアオ、とレオナルドには理解できない言葉で何か叫んだ。
竜の姿になると、自制が利きにくくなるとユーゴは言っていた。だから今の彼にレオナルドの言葉は理解できないのだろうし、人間の言葉も喋れないのだろう。
「おい、レオ……う、うわぁ!? 竜!?」
「待ってください! これはユーゴです!」
がさがさと背後で音がし、遅れてやって来た男たちが悲鳴を上げた。事前にユーゴの正体が竜だと伝えていたからか、彼らはびくびくしつつも武器を下ろしてくれる。
「そ、そうか。だが、どうしていきなりこんな姿に――」
「それは僕にも――」
言葉を濁すレオナルドだが、またしてもユーゴは低く吠えた。グアオ、グアオ、と、まるで同じ言葉を何度も繰り返しているように――
「……まさか、ユーゴ。ママ、と言っているのか?」
はっとしたレオナルドが言うと、すぐさまユーゴは振り返った。そしてグアオ、と唸ると同時に首を捻ってレオナルドに頭を近づけてくる。
巨大な牙と角が迫ってきたため、さしものレオナルドもぎょっとしたが、ユーゴはぐいぐいと鼻の先でレオナルドを自分の体の方に押しやってきた。
もしかすると、乗れ、と言っているのだろうか。
ユーゴが体を折りたたんだので、レオナルドは意を決してユーゴの前足に乗り、そのままゴツゴツした鱗にしがみつきながら背中に跨った。鞍があるわけでもないし、正直乗り心地は馬と比べると最悪だが、背中にある棘に掴まればなんとか体を固定できそうだ。
「ユーゴ、君はこのままアマリアさんのところへ――」
なるべく優しく問いかけたが、レオナルドの声はユーゴの咆哮と、ばさっと翼を広げる音でかき消されてしまう。土埃が舞い上がり、ユーゴの足元にいたブルーノたちが悲鳴を上げて木立の方に避難した。
衝撃で振り落とされそうになったレオナルドは反射的に棘に掴まり、驚きの表情を浮かべるブルーノに向かって叫んだ。
「ブルーノさん! 僕はユーゴに付き添います! たぶん、キロスに飛んでいくので……ブルーノさんたちも、付いてきてください!」
「お、おうぅ!? 気を付けろよ!?」
ブルーノがひっくり返った声で返事をした直後、ユーゴは翼を広げ、立ち上がった。
いきなり足元が地面と垂直になったので、レオナルドは背中から転げ落ちてしまう――かと思ったら、ふわっと柔らかい光が自分の体を包み込んだのを感じた。
すると、ユーゴが体を傾けても離陸準備のために激しく羽根を羽ばたかせても、レオナルドにはほとんど衝撃が伝わらなくなった。念のために棘には掴まっているが柔らかい光のおかげで、レオナルドの体はユーゴの背中に固定されたようになっている。
やがて、咆哮を立ててユーゴが飛び上がった。周りの木々を吹っ飛ばしながらほぼ垂直に飛んだ後、空中でくるりと身を回転させて平行になる。その間も、少々体がぐるぐる回ったがレオナルドはほとんど衝撃を受けることなく、ユーゴの背中にしがみつくことができた。
これもきっと、ユーゴの魔法だろう。空間魔法も扱えるそうだから、レオナルドを自分の背中から落とさないようにするくらい造作でもないのかもしれない。
ユーゴは西の方角を定めると、そちらに向かって真っ直ぐ飛び始めた。レオナルドは高所恐怖症ではないので、身を乗り出してちらっと眼下の光景を見たところ、凄まじい速度で景色が流れていく。レオナルドの予想以上にユーゴは速度を出しているようだ。
……生まれて初めての空の旅に感動している場合ではない。
竜の姿になると知性が落ちるし、冬の寒さで体力が奪われやすくなる。それはユーゴも分かっていて馬車の旅をしたのだから、危険を冒してでも竜に変身したということは、彼は何かを感じ取ったのだろう。
――おそらく、アマリアの身に何か危険が迫ったと。
棘にぎゅっと掴まり、レオナルドは空の彼方をきっと睨み付けた。




