63 離宮での紅茶生活
アマリアの役目は、いずれアルフォンスが出陣する際に紅茶を提供すること。アルフォンスも自分の名誉回復のためならばと奮起したようで、アマリアの部屋に届けられる練習用の紅茶の材料は毎回充実していた。
やはり、紅茶を淹れるのは楽しい。それに、今練習として淹れた茶はせっかくなのでフアナやロレンサたちに振る舞うのだが、どれも好評を博している。
ちなみに、紅茶を淹れた際には必ずどこからともなくブラウリオがやって来て、カップに淹れた紅茶に手を突っ込んで魔力測定をする。相変わらず紅茶に対する冒涜でアマリアの胃は毎度痛くなるが、「今回の魔力は安定している」とか「強い地属性の力を感じる」とおおむね満足そうに去っていくので、一安心だ。とはいえ、手を突っ込んだ後放置された紅茶は捨てるしかないのがもったいない。
紅茶を淹れる際、炎属性の魔法が得意なフアナが火を熾してくれるので、簡単に湯を沸かすことができるのもありがたい。
「はぁー……本当に、アマリア様の紅茶はおいしいですね! アルフォンス殿下の言うとおり、私では足元にも及びません!」
「そんなことありません。私はフアナが淹れてくれるお茶も大好きですし、私の場合は偶然魔力を注げるだけで、味自体は変わらないと思いますよ」
紅茶を飲んでほっこり一息つくフアナに、アマリアは苦笑した。腕前を褒められるのは嬉しいが、アマリアの紅茶淹れはあくまでも孤児院の院長先生受け売りで、フアナのように専属の家庭教師から教わったわけではない。
「フアナは、お茶を淹れる仕草までとても洗練されていてきれいですよね。私では真似できませんよ」
「えっ、そんなことありません。手つきだけならアマリア様だって練習すればなんとかなってしまいますよ」
「失礼します、アマリア様」
フアナが熱く言ったところで、ロレンサが入ってきた。
「先ほど、衛兵から紅茶の感想をいただきました。体が温まって、とてもおいしかったとのことです」
「まあ、それは嬉しいことです。ありがとうございます、ロレンサさん」
ロレンサは「アマリア様がお礼をおっしゃる必要はありません」と生真面目に返したが、その口元はほんのり微笑んでいた。
ブラウリオの測定のためだけに紅茶を淹れるわけではないので、当然それなりの量の紅茶ができてしまう。自分たちだけで味わうのももったいないので、アマリアは一応アルフォンスの許可を取った上で、衛兵などにもお裾分けすることにしていた。
最初提供したときは露骨に嫌そうな顔をされたが、フアナやロレンサがアマリアの紅茶のおいしさをアピールしてくれたからか、渋々口を付けてくれた。すると皆、「おいしかった」「疑って申し訳なかった」と感想を言ってくれるようになったのだ。
「アマリア様がいらっしゃってまだ三日ですが、皆、すっかりアマリア様の紅茶の虜なのですよ」
「そうですか……それなら作った甲斐があったというものです」
フアナに言われ、アマリアは笑顔で応じた。
やはり、おいしそうに飲んでくれる人がいるなら作り甲斐がある。アルフォンスはアマリアの紅茶の味自体には興味がないようだが、メイドや衛兵たちは「おいしい」と言ってくれるし、アマリアの腕前を認めてくれると一気に彼らの態度も柔らかくなった。
「こんなことを言うのもおかしいかもしれませんが……私たち、アマリア様がいてくださるのなら離宮勤めも悪くないかな、と思っているのです」
「えっ……そんなになのですか?」
「はい、そんなになのです。……皆も、結構ピリピリしていまして。アルフォンス殿下の気分を損ねたら、いつ左遷されるか分からない。頑張っておつとめをしても、殿下から褒められたり感謝されたりするどころか、殿下の評判に足を引っ張られるばかりで出世もできないし……ここに配属された瞬間に、昇進の道が閉ざされたようなものなのです」
……ここまで言わせるとは、離宮勤務がいかに不人気の役職なのか分かるようだ。
普通、主であるアルフォンスやエスメラルダの顔を立てて文句なんて言わないはずだが、胸の内を吐露せねばやっていけないくらいなのだろう。
(……私がいるなら、仕事も頑張れる、か)
誰かに必要とされている、頼られているというのは、とても嬉しいことだ。
だが――
「……ごめんなさい。私はやっぱり、ポルクに帰りたいです」
「ええ、もちろん分かっています。……あのブローチをくれた人も、その村にいらっしゃるのですよね。大切な方なのでしょう?」
優しくフアナに言われ、アマリアはこっくり頷いた。
レオナルドに誕生日祝いとしてもらったブローチも、キロスに持ってくることになってしまった。白珊瑚と真珠の装飾品となると没収されることも覚悟していたのだが、ロレンサが気を利かせて「あれはほとんど価値のない贋作です」と報告してくれたため、没収を免れたのだ。
普段から身につけているとアルフォンスに何か言われるかもしれないので、フアナが準備してくれた箱に入れて大切に保管している。フアナも、「村にお戻りになる際に持って帰りましょうね」と笑顔で言ってくれた。
……本当にポルクに戻れるのかは、分からない。
フアナたちだって、アルフォンスがアマリアを一生飼い殺しにする可能性も考えているだろう。
「……ええ。とても大切な……いえ、大好きな人なのです」
「まあ……! ご結婚はまだのようですし、恋人ですか?」
「い、いえ。自分の気持ちに嘘をつかなくていいと、分かったばかりなので……その、まだ、恋人というわけではありません。でも、とても頼りになって、素敵で……ずっと側にいたいと思っている人です」
「頼りに……それでは、その方はギルドの傭兵か何かでしょうか?」
フアナはなかなか鋭い。アマリアが頷くとフアナはしばしなにやら考え込んだ後、ふふっと嬉しそうに笑った。
「そうですか……それならもしかすると、アマリア様の大切な方が助けに来てくれるかもしれませんね」
「そうなると嬉しいけれど……そうなったら、フアナたちは困るでしょう?」
「どうですかね……いつぞやみたいに紅茶を引っ掛けられるかもしれませんが、もしアマリア様がいなくなっても、殿下は強く言えないと思いますよ。陛下にはあなたのことを『遠征に同行させる使用人の一人』としか報告していないので、『使用人の一人』ごときがいなくなったからといって慌てたら、陛下に疑われますから」
「……確かに」
フアナたちは一応離宮所属なので、アルフォンスたちの命令に従っている。
だが彼女の言うとおり、アルフォンスはアマリアの存在を公にせずに済むよう手配している。だから、もしアマリアがレオナルドによって救出されたとしても、軍を率いて取り返しに行くなんて真似はできないのだ。
フアナはふふふっと嬉しそうに笑い、紅茶のカップ片手に柔らかい眼差しになった。
「きっとアマリア様は大丈夫ですよ。私たちが全力でアマリア様をお守りしますし、もし何かが起きたときは――アマリア様にとって最善の道になるように尽力します」
「……本当にそれでいいのでしょうか。その、離宮の主の意志に逆らうことになったら、やっぱりあなたたちも無事ではいられないでしょう」
「ですから、私たちは大丈夫ですって。それより、アマリア様はご自分の身の安全を一番に考えてください。……黒魔法使いのブラウリオ様は、アルフォンス殿下以上に厄介です。この部屋にいらっしゃる間は私たちの魔力でお守りできますが、ブラウリオ様の範疇に入ると私たちでは太刀打ちできません」
「……分かりました」
ごくっと唾を呑み、アマリアは空になったカップに視線を落とした。
(……そうだ。レオナルドやユーゴに会いたいのなら、他人のことばかり気にしている場合じゃない)
紅茶によって離宮に居場所を確立し、情報を得られるようになったのは非常に嬉しいことだ。
だがそれに甘えたり油断したりせず、アルフォンスとブラウリオには常に警戒をしなければならないのだ。




