表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
捨てられ白魔法使いの紅茶生活  作者: 瀬尾優梨
第1部 秋から冬
62/137

62 離宮のメイドたち

 その後、アマリアは部屋を移動することになった。


 ちなみにアマリアが淹れた紅茶だが、ブラウリオが手を突っ込んだ二杯は言わずもがな、残っていたものも「ラヴィが臭いから捨てておけ」とアルフォンスに命じられたので、結局一口たりとも誰かに飲まれることなく、廃棄されることになった。


(こんなののために淹れたんじゃないのに……!)


 せっかく瑞々しく育ってくれたモレやラヴィがもったいないし、紅茶愛好家としてこれ以上の屈辱はない。アルフォンスは、「次は俺の口にあうものを準備しろ」とだけ言い、去っていった。


 アマリアを案内したのは、先ほどのメイドだった。彼女は相変わらずツンとした態度で一礼し、「アマリア様のお部屋はこちらです」とすたすたと廊下を歩いていった。


(それにしても……ここがお城なのかな)


 メイドについて廊下を歩きながら、アマリアはきょろきょろと周囲を見回してみた。

 天井は高くて、窓の外にはとっぷりと夜の色に沈んだ庭園が見える。キロスはポルクよりも南に位置するのか、少しだけ夜の寒さが穏やかな気がする。


 廊下ですれ違った衛兵たちは、直立不動の姿勢を貫いている。だが愛想は全くなくて、アマリアを先導するメイドには会釈をするのに、アマリアには一瞥さえくれなかった。中にはあからさまに睨んでくる者もいる。


(……私に問題があるからというより、アルフォンスやブラウリオが連れてきた人間だから無条件に嫌われているのかな?)


 アステラの祭りで聞いた話では、アルフォンスとエスメラルダはずっと不仲で、アルフォンスは義父である国王や国民からも愛想を尽かされているとか。


 この兵士たちが国王に忠誠を誓っているのなら、アルフォンス側の人間――ということになっているアマリアへの態度が冷ややかなのも仕方ないのだろう。


「こちらへ」


 やがてたどり着いた部屋のドアを、メイドが開けた。どうせアルフォンスのことだから、家具も嗜好品もまともにない、牢獄のような部屋をあてがうのだろうと思っていたが――


「……あら?」


 思わず声が出た。

 通された部屋は、牢獄かと思うほど狭かった。だが清潔感に溢れているし、香水のような甘い匂いがする。よく見ると、殺風景ながら窓辺には花が置かれているし、他のメイドがさっと差し出してきたルームシューズもふわふわで履き心地がよさそうだ。


「このような部屋しかご用意できませんが、何かご要望がございましたら何なりとお申し付けください」


 先ほどのメイドが無表情で言って去っていこうとしたので、慌ててアマリアは彼女を呼び止めた。


「あのっ! ……その、十分すぎるくらいです。とてもきれいな部屋を準備してくださり、ありがとうございます」


 注文を付けるどころか、寝て休憩するだけなら十分くつろげそうな空間を準備してくれた礼を言うと、メイドは振り返り、ほんの少し表情を和らげた。


「……最初は、花も香水も準備していませんでした。あえて掃除をするなとアルフォンス殿下からも言われておりました」

「えっ」

「しかし……あなたは囚われの身でありながら、我々にも丁寧に接してくださりました。……フアナを気遣ってくださり、ありがとうございました」


 メイドは淡々とした口調で言うと一礼し、出ていってしまった。


(フアナ? あっ、ひょっとして、さっきアルフォンスに文句を言われていた子……?)


 紅茶を掛けられて悲しそうに震える少女を思い出し、アマリアは目を閉じた。











 翌日から、軟禁生活が始まった。

 基本的に部屋からは出させてもらえず、外出できるのは手洗いや風呂に行くときのみ。アルフォンスがアマリアにあてがった客室は最低ランクだったようで、室内に水回りは存在しなかった。


 だが、メイドたちはかいがいしくアマリアの世話を焼き、ときにはお喋りの相手にもなってくれた。主にアマリアの世話をしてくれるのは例のフアナという若いメイドで、彼女は初対面時にアマリアがアルフォンスに声を上げたことにいたく感銘を受けたらしく、すぐにアマリアに懐いてくれた。


「私、これでも紅茶を淹れるのは得意な方なのです。でもアルフォンス殿下の専属になってからはなかなかお気に召していただけず……常々『アマリア以下だ』とおっしゃるので、そのアマリア様がいらっしゃったと聞いて、最初はとても緊張しました」


 ふわふわの赤髪とちょっと眠そうな青の目が可愛らしいフアナは、今年で十七歳になったばかりらしく、実家はキロス王国の男爵家だそうだ。


 行儀見習のために登城し、お茶淹れの能力を思う存分発揮しようと意気込んだのはいいものの、あてがわれたのは当時既に嫌われ者だったアルフォンスの専属。通知を受けた日、フアナはショックのあまり寝込んでしまったという。


「でも、アマリア様はアルフォンス殿下にも果敢に物申しましたし、私のことも気遣ってくださいました。ロレンサ様も、あなたがお礼をおっしゃったのを見て、とてもお優しい方なのだと気づかれたそうなのです」


 ロレンサ様とは、この離宮のメイドの中ではトップに位置する女性で、アマリアをこの部屋まで案内してくれたメイドだった。


 エスメラルダとアルフォンスは国王より、親子で暮らすための場所としてこの離宮を与えられたそうだが、夫婦仲が冷え切っているのは皆もよく分かっている。エスメラルダは父親と息子のいる本城に入り浸りで滅多に離宮には戻らず、実質ここは嫌われ者の殿下の留置場所のような扱いになっているという。


 当然、ロレンサやフアナを始めとして、この離宮に勤めている者の大半はアルフォンスが嫌いだし、金魚の糞のように彼について回って怪しげな実験ばかりしているブラウリオも煙たがられていた。フアナが教えてくれたのだが、廊下を歩く際に兵士に睨まれたのもやはり、アマリア個人が恨まれているからではなく、ブラウリオがどこからともなく拉致してきた人間であるからだった。


 これまでは噂で聞く程度だったキロス王家の事情も、やはり本場の人間となると詳しい。フアナも、「ここだけの話ですが」と言いながら積極的に情報を教えてくれるので、アマリアとしても助かっている。


 アルフォンスはこれまで魔物討伐任務もろくに達成できなかったし、政治的手腕や卓越した社交の才能があるわけでもない。キロス王は有能ではあるが非常に見栄っ張りで世間体を気にする質らしく、平民のアルフォンスを娘婿にしたのも、竜退治の英雄を王家に迎えれば箔が付くだろうと考えたかららしい。


 そのため、八年ほど前にエスメラルダと結婚したときは「絶世の美姫と竜退治の英雄の結婚」と皆にもてはやされたそうだが、いざ無能っぷりがバレてくるとあっという間に人気が落ちてしまったそうだ。


 もし、アルフォンス一行の業績のほとんどがアマリアの紅茶によるものなら、魔物討伐が失敗するのも当然だ。さらに彼は元々平民出身で知恵が回る方でもなかったので、戦闘能力が平凡だとなった場合、他に強みにできる魅力がないのだ。


 だからこそアルフォンスは、「アマリアが生きているかもしれない」というブラウリオの報告にひとまず乗ることにした。そしてアマリアの誘拐が成功し、紅茶に魔力が込められると分かると、それまではグジグジ渋っていた魔物討伐を受ける気満々になったという。


「私の存在は、エスメラルダ様はご存じなのですか」

「さすがに通しているはずです。エスメラルダ様としても、これ以上アルフォンス殿下の評判が下がるなら離婚しかありません。しかし、ご自分がお腹を痛めて生んだ王子殿下のことは気に懸けてらっしゃるので、父親であるアルフォンス殿下にはなるべく持ちこたえ、離婚による不名誉は回避したいと思われているみたいです」


 さすが女社会に生きるメイド。情報はばっちりだ。

 そして、さすが嫌われ者の殿下。離宮仕えのメイドに情報を漏らされるなんて、その人徳がよく分かる。


(なるほど……さっさと離婚しないのは、王子が生まれているから。確かに、これから成長する王子のことを考えたら、父親とは離婚したとなると外聞も悪くなるよね……)


 自分で選んだことなのだから自分で尻を拭えと言いたくなるが、そんな夫婦の間に生まれた王子はかわいそうだ。

 アルフォンスとエスメラルダに恩情を掛けるつもりは全くないが、王子だけは全うに育ってほしいと思う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ