61 屈辱
包丁を持ってくるよう頼むと、先ほどの二人目のメイドの方が包丁とまな板を持ってきてくれた。礼を言うと、彼女は少し驚いたように目を丸くし、恭しくお辞儀をして去っていった。
モレはざくっと半分に切り、汁を搾る。紅茶自体はラヴィのみで抽出し、味付けにモレを入れてみるのだ。
湯を入れて蒸らしていると、だんだんラヴィの甘い香りが室内に漂ってきた。だがアルフォンスは顔をしかめて「臭いな」と呟くし、ブラウリオは不気味に笑うだけだ。
(ったく、本当にかわいげのない! そんなんだから嫁に嫌われるんでしょ!)
内心ムカムカしつつ、アマリアはラヴィ茶をカップに注ぎ、モレの絞り汁も入れた。酸味のあるモレの汁を入れると少しだけ紅茶の色が変わり、それを見るとさすがにアルフォンスとブラウリオも目を丸くしていた。
「できました。モレとラヴィのハーブティーです。熱いのでお気を付けください」
「おい、頼むぞブラウリオ」
「はい……お任せを」
二人分の茶を淹れて差し出すと、ブラウリオは自分の右手に向かってなにやら魔法を掛けた。青白い光が彼の手を包んだので、アマリアは首を傾げる。
(……そういえば、ブラウリオは氷属性が得意だったっけ。でも、どうして今――)
ブラウリオは氷属性魔法の効果で青白い光を放つ右手を見て何か確認した後――いきなり、淹れたての紅茶に手を突っ込んだ。
「……え、えええええ!?」
まさか、目の前で紅茶に手を突っ込まれるとは思っておらず、アマリアは悲鳴を上げてしまった。
(いや、確かに、昔も指を入れたりはしていたけど! していたけど……!)
念のためカップに浅めに入れていたので、彼が手を突っ込んでも溢れることはなかった。だが、高価な茶器に青白い拳を突っ込むブラウリオの姿は滑稽で――それ以上に、プライドがガタガタと音を立てて崩れ去ってしまい、泣きたくなった。
一方のブラウリオは手を突っ込んだ姿勢のまま、なにやらぶつぶつ呟いていた。そして首を捻ると、「こちらも失礼します」と言い、アルフォンスの方のカップにも同じように手を突っ込む。
(……もう、帰りたい。なにこの人。最悪。栄養不足で倒れてしまえばいいのに!)
顔色一つ変えず紅茶に手を突っ込むブラウリオの姿が見るに堪えられず、アマリアは視線を落としてぎゅっと目を瞑った。
「……ふむ」
「おい、どうなんだ」
「風属性と……これは、神聖属性でしょうか。二つの魔力を感じますね」
……その振る舞いは万死に値するが、読みは大当たりだ。
「風? おい、アマリア。おまえは白魔法使いだろう。神聖属性はともかく、なぜ風属性まで付与できるんだ」
「……」
「答えろっ!」
「まあまあ、アルフォンス。彼女の淹れる茶に属性付与効果があると分かっただけでも、成果があったではありませんか」
紅茶から手を引き上げ、手布で拭いつつブラウリオがアルフォンスをなだめた。
「それにこれはおそらく、白魔法や黒魔法という範疇を越えた才能――アマリア本人も理解していない可能性が高いです」
「ん? そうなのか?」
不機嫌そうに問われ、アマリアはせっかくだからブラウリオの推測に頼ることにした。
この男の発言に同意するのは非常に癪だし本当は嫌で仕方ないが、今はプライドや好き嫌いを言っている場合ではない。
「……そ、そうです。村でも紅茶は淹れましたが、皆、飲んだら元気になれると言うだけで……そんな力があったとは知らなかったです」
「そうか……まあ、いい。おまえが茶を淹れれば属性付与効果があるのならば、やはり魔物の討伐にはおまえを同行させるべきだな」
「国王陛下は、アマリアの同行を許可するでしょうか」
「義父上には、白魔法使いではなく使用人だと言っておけ。……あの方は、エスメラルダ以外の白魔法使いを連れていくと言えば絶対に機嫌を損ねる。おい、そういうわけでアマリア、おまえを魔物討伐に連れていくから、それまで紅茶の練習を続けておけ。俺の命令に従うのなら、生かしてやる」
「……」
(生かして「やる」……か。死にたくなければ従え、ということね)
魔物討伐が終わるまでは生かされるだろうが、それ以降はどうなるか分からない。邪魔だと思われたら消されるだろうし、有益だと思われても一生飼い殺し状態になってしまえば、アマリアに自由な選択肢はない。
(……でも、生きていれば――レオナルドたちが助けに来てくれるかもしれない)
レオナルドやユーゴは、アマリアにとってアルフォンスが因縁の相手であることを知っている。となれば、アマリアを誘拐した男――ブラウリオはアルフォンスの配下かもしれないと推測するだろうし、そうなったらキロスに乗り込むこともできるだろう。
何にしても、白魔法使いであるアマリアがアルフォンスたちに刃向かうことはできない。
(今は、従わないと……)
レオナルドやユーゴと再会するために、自由になるために。




