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捨てられ白魔法使いの紅茶生活  作者: 瀬尾優梨
第1部 秋から冬
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60 因縁の男②

「お待たせしました。こちらでよろしいでしょうか」

「一式揃っているならそれでいい。茶の道具なんて俺にはよく分からない。おまえはもう下がれ」

「かしこまりました」


 メイドは一礼し、きびすを返し――そのときに、ちらっとアマリアを見てきた。


 アルフォンスに対してはあくまで事務的で口調も単調だったが、そんな彼女はアマリアを見るときはほんの少し目尻を下げてから、去っていった。


「これを見ろ、アマリア。我がキロス王国における最高級の茶器だ」


 アルフォンスの声がしたので、メイドから彼へと視線と向ける。

 示されたワゴンには確かに、きらびやかな装飾の施されたティーカップと、お揃いのティーポット、茶を淹れる素材になる果物やハーブなどが揃っていた。


(これは……腐っても王族ね。果物もハーブも、すごく質がいい……)


 プリネはポルクで買ったどれよりも大きくて瑞々しく、ラヴィやムルムなどのハーブも葉一枚一枚がつやつやしている。茶器もかなりのものだが、材料一つ一つでもアマリアにとっては目玉の飛び出るような値段なのだと予想することができた。


「おまえ、茶を淹れるのが得意だっただろう。ここで一杯淹れてみろ」

「い、今ですか……?」

「当たり前だ。……おまえ、白魔法以外に能力があるのを隠していただろう?」


 ほのかな薄暗さを孕む声で言われ、アマリアは心臓が止まるかと思った。


(それって……紅茶のこと? どうしてそれを――)


 まさか、と思って傍らに立つブラウリオを見ると、彼は頷いた後、さっとフードを取り払った。

 くしゃくしゃの焦げ茶色の髪に、落ちくぼんだ目。青年時代からやけに陰険で不健康そうな見た目をしていると思っていたが、三十近くなって健康になるどころか、亡者のような不気味さを兼ね揃えるようになっていた。


 ブラウリオはアルフォンスの幼なじみとかで、以前襲撃してきた三人組と違い、わりとアルフォンスに頼りにされていた黒魔法使いだ。根暗で湿っぽそうな見た目通り、お世辞にも明るい青年とは言えないし、文句垂れだった。


 彼は白魔法を使えないのを微妙に気にしていたらしく、アマリアが治療しても「平凡な才能……」「微妙な仕上がり……」と、ネチネチネチネチ文句を言ってばかりだった。

 文句を言う人には治療しません、と言うと、「ああ……そうやって差別をするのですね……はぁ」と、まるでこちらが悪者であるかのようにじとっと睨んでくるのが鬱陶しいので、いやいや治療をしたものだ。


(あの三人組は解雇されたみたいだけど、ブラウリオはずっとアルフォンスに重用されているのね……)


 三人組と違い、彼はアルフォンスに対しては協力的で、エスメラルダには礼儀をわきまえた態度を取っていたのが、勝機に繋がったのだろう。昔よりもいい食生活を送れるようになったはずなのに相変わらず不健康そうな見た目なのは、もはや体質なのだろう。


 そんなブラウリオは、魔法に関しては研究熱心で、色々と鋭かった。


(そういえば昔も、私が淹れた紅茶をじっと見つめたり指を突っ込んで何かを呟いてたりすることがあったけれど、そのときからうっすらと気づいていたのかも……?)


 アマリアと視線が合うと、ブラウリオはねっとりじっとりと笑った。いつ見ても、爽やかさとは間逆に位置する笑い方だ。レオナルドの爪の垢を煎じて飲めばいい。


「……お久しぶりです、アマリアさん。アルフォンスの言うとおり、あなたはちっとも年を取っていないかのように若々しいですね。下手をすれば、私たちよりも年下に見えます」

「…………ブラウリオ、私の紅茶について何か思うことでもあるのですか」


 年齢のことはあえて突っ込み返さず、ひとまず紅茶について問いつめることにする。

 ブラウリオは低く笑い、茶器を手で示した。


「何とは、前々から不思議には思っていましたので。あなたが紅茶を淹れていた頃は、不思議と私たちの戦果も上がった。しかしあなたが紅茶を淹れなくなってからは、どうも調子が出なくなった。しかもあなたが手ずから淹れた紅茶からは、僅かですが魔力を感じたので、何か細工をしているのだろうと予想はしていたのです」

「……」

「ですが、あなたは不幸にも竜の山ではぐれ、生死不明となった。……私も、最初の頃はあなたを捜したのですよ」

「こいつ、おまえの紅茶の魔力を研究したがっていてな。どうせ死ん――あ、いや、再会できるとは限らないから、諦めろと言っていたんだが」


(今、本音が出たな……まあ、それはいいとして)


 アマリアはきゅっと眉を寄せ、ブラウリオを見上げた。


「……それで? 研究材料になりそうな私の行方を捜したけれど、ずっと見つからなかったはずでしょう?」

「はい。……しかし先日、偶然竜の山付近の情報を集めていたところ、近くの村人がアマリアという名を口にしたと聞きまして」

「……」

「アマリアなんて、レアンドラではありふれた名前。事実、この十年間調査をしていて何度も同じ名前を耳にしました。今回も同名の別人だろうと思いきや、そのアマリアという女性が紅茶を淹れるのが得意だという情報が入ったのです」

「……」

「残念ながら、村人から得られた情報はそこまで。しかし、これはきっと大きな糧になるだろうと踏んだ私は、アルフォンスの許可を得た上であなたを連れ戻すことにしたのです」

「ブラウリオは最近空間魔法の才能に目覚めてな。おかげでおまえを無事に保護することができた」


 さっきから、この黒髪の男は余計なことばかり言う。


(なーにが「保護」!? 問答無用で誘拐してきたくせに、調子のいい言葉ばかり使って!)


 言い返したい気持ちも山々だが、今は大人しくし、情報を集めるべきだろう。昔からアルフォンスは短気でカッとなりやすい少年だったので、今も彼の機嫌を損ねたら、腰から下げている剣でばっさりやられるかもしれない。


「もしブラウリオの読み通り、おまえの紅茶に何らかの魔法効果があるのなら、利用――いや、是非その力を借りて魔物退治に同行願いたくてな。というわけで、一杯淹れろ」

「……」


 アマリアは視線を落とし、茶器を見た。


 ポルクにいた頃なら、こんなに高価な茶器で茶を淹れられるとなると、どきどきわくわくしていただろう。果物やハーブも非常に品質がいいし、ユーゴたちに最高の一杯を淹れてあげたいと張り切ったはずだ。


(でも……これを飲むのはユーゴでもレオナルドでもない)


 茶を味わいたいとか、健康になりたいとか、そう願う人ではない。アルフォンスたちが望むのは、アマリアの魔力が本物であるか確かめるから、それだけ。

 そんな人のために茶を淹れるなんて気が進まないが、「嫌です」と言った後のことを考えるだけで恐ろしい。


(今は……命令に従わないと。気が乗らなくても、憂鬱でも、生き延びるために、言うとおりにしないと……)


「……分かりました。少し時間をもらいますが、ご了承ください」

「はぁ……仕方ない。だが、可能な限り急げ。俺も公務があるから暇じゃないんだ」


(ふんっ。エスメラルダに愛想を尽かされ国民からも詰られ、ろくな公務なんてないはずなのに)


 心の中だけで毒を吐き、アマリアはワゴンに乗っていた手拭きで両手を清め、果実やハーブの盛られた籠を引き寄せた。


(ユーゴやレオナルド、エヴァたちのためなら何を作ろうか楽しみなのに、全くいい案が思い浮かばない……)


 なんだか、こんなことのために消費する果物たちにも悪い気がしてきた。なんとなくプリネを使う気にはなれなかったので、ひとまずモレとラヴィを使って無難なハーブティーを淹れることにした。

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