59 因縁の男①
こぽぽ、と音を立て、赤茶色の液体が注がれる。
膝に拳を当てた姿勢のままじっと動かないアマリアに対し、アルフォンスはカップを手に取ると一口飲み、「……まずい」と顔をしかめた。
「……やはり、どいつもこいつも茶を淹れるのが下手くそだ。ったく、茶葉を入れて湯を注ぐだけなのに、どうしてこんなにもまずいものが作れるんだ」
言いながら、アルフォンスは茶を淹れたメイドを睨む。まだ若そうな彼女は睨まれてびくっと震え、「淹れ直します」と怯えた表情で申し出たが、アルフォンスは忌々しそうに舌打ちする。
「必要ない。……同じ人間がやれば、何度淹れたってまずいものしかできない。見ろ、おまえが未熟者だから、アマリアはまずい茶に手を付けようとしないではないか」
そういうわけではないのだが、アマリアは何も言わずに紅茶に視線を落とした。
茶葉は高級なものを使っているのだろうし、いい香りがする。飲めば普通においしいのだろうが、申し訳ないがアマリアは敵の陣営でのんきに茶を嗜むつもりはない。
(この子には申し訳ないけれど……カップに何か細工をしているかもしれないし)
決してあなたのせいではないから、と目線で訴えようとしたが、メイドは震えながらアマリアの紅茶に手を伸ばした。
「お、お客様、申し訳ありません。今すぐお取り替えを――」
「いいえ、私は喉が渇いていないだけなの。だから気にしなくていいわ。私の方こそ、ごめんなさいね」
おそらくこの部屋に通されて初めて、アマリアは口を開いた。
アマリアの声を初めて聞いたからか、メイドはびくっとしつつ、どうすればいいのか分からないといった様子でおろおろと視線を彷徨わせた。
……そんな態度がアルフォンスの癪に障ったのか、彼はがっとカップを掴むと、いきなりその中身をメイドにぶちまけた。
「きゃあっ!?」
「ちょっ……! アルフォンス、何をしているの!?」
あまりの暴挙につい、旅に出ていた頃の癖が出てしまった。
かつてアマリアはアルフォンスが目に余る行動をしたら叱り――それが原因の一つとなり、捨てられたのだ。
(……気に障ったかしら……?)
アルフォンスの神経を逆なでしてしまったかとどきっとしたが、アルフォンスはちらっとアマリアを見ただけで、ブーツの先でメイドを蹴り飛ばした。
「ちっ……茶はもういいから、下がれ!」
「は、はい、失礼します……」
真っ白だったエプロンを紅茶の色に染められ、ぽたぽた滴を垂らしつつも、メイドは震える声で退室の挨拶をし、去っていった。
(私が茶を飲まないから、あの子に辛い思いをさせてしまった……いや、もし私が飲んでいたとしても、アルフォンスは何かと言い訳を付けて八つ当たりをしていたかもしれない)
メイドの子が哀れではあるが、他人に情を掛けた結果アマリア自身が危険な目に遭ってしまっては身も蓋もない。先ほどはつい失言をしてしまったが、今はアルフォンスのご機嫌伺いをしてでも生き延びなければ。
アルフォンスはメイドの去っていったドアを憎々しげに見ていたが、彼女と入れ違いになるようにフードの男が入ってきた。それを見て、アマリアは眉間に皺を刻む。
(……こいつ、思い出した。アルフォンスの仲間の一人だった――)
「アルフォンス、またメイドをいじめたのですか」
「人聞きの悪いことを言うな。あいつがメイドとして失格だっただけのこと。……それより、ブラウリオ。準備はできたのか」
「はい、間もなく持ってきます」
「そうか」
アルフォンスは頷いた後、アマリアを見た。見られたアマリアはとりあえず、「私はあなたのことが好きじゃありません」ということを、目つきだけで伝えておく。
だがアルフォンスはアマリアの拒絶を受け取っていながら無視をするのか気づいていないのか、ふっと優しく微笑んだ。
「……それにしても、久しいな、アマリア。おまえももう三十過ぎだったと思うが……昔と変わらず美しいじゃないか」
「……どうも」
「つれないな。……どうした? もしかして、十年前に竜の山ではぐれたときのことを気にしているのか?」
どの口が「はぐれた」なんて言うのか、と口の端が引きつりそうになったが、鉄壁の無表情を貫き通した。
(きっとこの先は、もっと腹の立つことを言われる……平常心を心がけよう)
頭の中に、レオナルドとユーゴの笑顔を思い浮かべる。アルフォンスの話は聞くだけ聞いておき、アマリアは心の中で大切な二人と戯れることにした。
「あれは俺たちにとっても、非常に辛い出来事だった……。俺たちにもっと力があれば、おまえとはぐれることなく全員無事に下山できたと思うのだが、自分の実力不足を実感させられたよ。おまえが抜けてからしばらくの間は冒険者業を続けていたんだが、おまえという優秀な白魔法使いがどれほどの力を貢献してくれていたのか、いなくなってから分かった。エスメラルダも、しきりにおまえのことを懐かしがっていた。会えばきっと、喜んでくれるだろう」
「……そうですか」
耳はアルフォンスの言葉を受けながらも、脳みその大半は家族のことを考えていた。
「知っているかもしれないが、俺は今、エスメラルダの婿としてこのキロス王家の一員となっている。だが、我が儘な民衆共が最近調子に乗ったようで、俺やエスメラルダに魔物討伐なぞを押しつけようとしてくるんだ。義父上――国王陛下からも、そろそろ才能の顕示のためにも魔物討伐に行ってはどうかと言われているのだが、難しくてな」
「……それはそれは」
一応相槌は打ちつつ、早く話が終わらないだろうか、とぼんやり思う。
「ああ、そうそう。三年ほど前に息子が生まれたんだ。エスメラルダに似て美しく、俺に似て将来は優秀な剣士になるだろうと今から期待されている。息子が小さいうちは親元を離れるのが辛いだろうと思って、俺も魔物討伐には行かなかったのだが、息子も大きくなった今、そろそろかつての仲間と共に魔物討伐に行こうと思ってな。それで、ブラウリオに頼んでおまえを捜させたんだ。理由は分かっているな?」
「……はぁ。白魔法使いとして魔物退治のお供をしろということですか」
心は彼方に飛ばしていたが、一応話は聞いていた。「聞いてませんでした」となるとアルフォンスの神経を逆なですることになってしまうからだ。
気が乗らないと思いつつアマリアが答えると、アルフォンスは「それなら人手が足りている」と言ったため、アマリアは我に返った。
(あれ? でも、かつての仲間の中で白魔法使いは私とエスメラルダだけだったはず……)
「私とエスメラルダ様の他にも白魔法使いを連れていくのですか?」
「いや、白魔法使いはエスメラルダだけで十分だ。だが、おまえには別の力があるだろう」
「……えっ」
「とぼけても無駄だ」
アルフォンスが素っ気なく言ったところで、ドアがノックされた。
壁際に立っていたブラウリオが開けると、ティーセットの乗ったワゴンを押したメイドが入ってきた。先ほど紅茶をぶつけられたメイドとは別人のようだ。




