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捨てられ白魔法使いの紅茶生活  作者: 瀬尾優梨
第1部 秋から冬
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58 消えたアマリア②

 先ほどの騒ぎの中でも、ユーゴは微動だにせずに玄関の床に這い蹲っていた。相変わらずレオナルドにはよく分からないが、人々の中には多少の魔法の適性がある者がいたようで、「あれ、なんか変じゃないか……?」「すごい魔力を感じる……」という声が聞こえてくる。


 ユーゴはしばし、四つんばい状態で俯いていた。だがやがて大きく息をつくとその場にべたっと倒れ込んだので、急ぎレオナルドは彼を抱き起こす。


「大丈夫か、ユーゴ!?」

「う、うむ。やはり冬場に魔力を使うのは骨が折れるわ」


 ユーゴの顔色は少し青白いが、体調に大きな異変はなさそうだ。

 ほっとするレオナルドだが、ユーゴは目つきを厳しくして「ママのことだが」と切り出した。


「今、魔力の残滓を読み取ったところだが……おそらく敵は、空間魔法を使ってママを誘拐した」

「空間魔法って……人間では使える者が滅多にいないんだろう?」

「ああ。だが、そなたの目の前でママが一瞬で連れ去られたとなると、八属性の魔法ではどうにもならん。空間魔法を駆使し……しかも、かなり遠い距離を飛んだようだな」


 ユーゴは苦々しい顔で西の空を見ている。おそらく、あちらの方角だということは分かるのだが、詳しい場所や正確な距離までは把握できなかったのだろう。


「レオナルドよ、あの方角に何か心あたりはないか」

「……」


 心あたり、ありすぎる。


「……あっちにはキロス王国――かつてアマリアさんの仲間だったアルフォンスやエスメラルダ王女のいる国がある」

「はん、やはりそうか。……連中、ママを空間魔法でキロス王国まで連れていったに違いない。おそらく、あのクソガキのいる場所なのだろうが……いかん。体が、重い」

「無理はしないでくれ。君まで倒れたらアマリアさんが悲しむし、助けに行こうにも行けなくなる。……改めて、さっきは殴ってすまなかった。それと、空間魔法の調査、ありがとう」

「うむ……すまん、少し休む」


 ユーゴはあふっと大きくあくびをしたと思ったら、次の瞬間にはすとんと眠りに落ちていた。相変わらず顔が青白いので急ぎ心音を確認したが、ゆっくりめではあるもののちゃんと脈動が感じられる。


 ユーゴを抱き上げたレオナルドはふと、集落の者たちがなんとも言えない目で自分を――正確には自分の腕の中のユーゴを見ていることに気づいた。


「その……レオナルド。ユーゴ君は、いったい……?」

「……申し訳ありませんが、彼の正体に関しては、彼の了承なしにお答えすることはできません。しかし、彼がアマリアさんを何よりも愛し、助け出したいと願っていることは確かです」


 レオナルドは皆に向き直ると、深く頭を垂れた。


「隠しごとをした身の上でこんなことを申し上げるのは、非常に無礼なことだと存じますが……どうか、アマリアさんの救出に力を貸してください」

「……」

「ほとんどのことは、僕とユーゴで行います。アマリアさんを助けに行くまでに必要なものの手配だけでも構いません。もし援助が難しいようでしたら、僕たちが不在になる間に家を守ってくださるだけでも十分ありがたいです。……どうか、お願いします」


 面を伏せ、静かに告げる。

 もし、皆がユーゴを見る目を変えるのなら。明らかに普通の子どもではないユーゴを排除するつもりなら。レオナルドはその処遇を甘んじて受け、二人でアマリアを助けに行くつもりだ。


 皆に無理は言えない。だが、たとえ皆に疎まれても、蔑まれても、先ほどのエヴァのように罵声を浴びせられても、何一つ言い返さずに全てを受け入れるつもりだ。


 レオナルドはユーゴの父親ではないが、心の中ではこの少年のことを息子のように思っている。だから、もしユーゴが疎まれるなら、レオナルドも彼と共に歩む覚悟をしていた。


 レオナルドが顔を上げると、しばし、皆の間ではなんとも言えない空気が漂った。ひそひそとなにやら言葉が交わされる間、レオナルドは唇を噛みしめ、それでいて凛と前を向いて、皆の言葉を待つ。


 やがて、ブルーノが進み出た。彼はレオナルドとしばし見つめ合った後、厳つい顔を少ししかめつつ頷く。


「……我々としても、アマリアを助けたいと願っている。ひとまず、ユーゴの目が覚めるまで待とう」

「ブルーノさん……」

「アマリアは、少なくとも西の――おそらくキロス王国の方角にいるのだな? では、こちらでも情報を集め、長旅になってもよいように備蓄の確認をしておこう」


 ……それはつまり、いざとなったら全員でアマリアを救出しに行くということ。


 キロスは小国だが、騎士団を抱えている。腕が立つ者は多いとはいえ、一介の村人でしかない皆が正規騎士団と渡り合えるとは思わない。

 だが、様々な場合を想定し、いつでも対処できるように動こうとするブルーノたちの判断に――レオナルドは唇を震わせ、がばっと頭を下げた。


「ありがとうございます……!」

「困ったときは助け合うもんだろう。……俺たちはこれまで、アマリアさんに助けられてきた。今こそ、俺たちがアマリアさんのために一肌脱ぐべきだ」


 そう言うのは、普段大工仕事をしている体格のいい若者だった。その背後から中年女性が進み出て、レオナルドに向かって腕を差し出す。


「目が覚めるまで、ユーゴ君はうちで預かるよ。……なに、アマリアちゃんの愛息子であるのは変わりないんだから、安心なさい」

「……はい。すみませんが、よろしくお願いします」


 レオナルドは眠るユーゴを彼女に託した。

 ブルーノの号令で、男性陣は作戦会議のために集会所に集合し、女性陣はユーゴの世話や備蓄の確認に行くことになった。


「……あ、あの……ちょっと待ってください、レオナルドさん……」


 怖々と呼びかけられ、レオナルドは足を止めた。なんとなく先ほどから視線を感じていたので、呼び止められる気はしていたのだ。


 振り返った先には、エヴァがいた。父親に殴られたからか、目尻のあたりが青く腫れている。

 彼女は大きな目からボロボロ涙をこぼしながら、深く頭を下げた。


「すみ、すみません……あたし、何も考えてなくて……あたし、レオナルドさんに、とんでもないこと、ひどいことを――ごめんなさい!」

「エヴァさん、さっきのことなら本当に気にしないでください。……他の皆だって、アマリアさんを守れなかった僕のことを罵倒したかったでしょう。でも、あなたが全ての怒りを背負われたからこそ、大騒ぎにならずにすんだのです」


 レオナルドは淡々と述べるが、これはエヴァのための慰めでも思いつきで言ったわけでもない。


 先ほど、多くの村人たちはレオナルドを射殺さんばかりに睨んでいた。あの大工の若者なんて、もしエヴァがいなかったら代わりに自分がレオナルドを殴り飛ばしていたかもしれないほどの剣幕だった。


 エヴァが皆の怒りを代表したからこそ、逆に他の者たちは冷静になれた。ブルーノもひとまずその場を収められたし、ユーゴも落ち着いて魔力の調査ができた。


 そう言うと、エヴァは青白かった頬をさっと赤面させ、もじもじと指先をすり合わせた。


「……そんな、偶然です。あたしは馬鹿だから、何も考えずに思ったことを――あ、ううん、えっと、そのときはカッとしていて、普段なら口が裂けても言えないことを……」

「分かっていますよ。……エヴァさん、どうか落ち込まないでください。僕はあなたが言ったとおり、役立たずなんです」

「そんなこと――」

「……一度、指を銜えてアマリアさんが連れ去られるのを見るしかできなかったからこそ、確実にアマリアさんを助け出したい」


 言葉を重ねたレオナルドは、ぽかんとするエヴァに一礼し、背を向けた。


 役立たずになるのは、一度だけで十分だ。

 絶対に、アマリアを助け出す。


 白いプリネの花が誰よりも似合う、レオナルドにとって世界で一番大切な女性を、絶対に取り戻す。

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