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捨てられ白魔法使いの紅茶生活  作者: 瀬尾優梨
第1部 秋から冬
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57 消えたアマリア①

 目の前で、アマリアが黒衣の人物と共に姿を消した。

 二人の体が七色の光に包まれたと思ったら、次の瞬間には姿を消していた。そして同時に、レオナルドの脚を拘束していた青白い光も消え失せ、いきなり脚が自由になった彼はがくっとその場に膝を突く。


 自分の動きが止まったのもアマリアが消えたのも、間違いなく魔法だ。


 レオナルドが呆然と床に膝を突いていたのは、ほんの数秒のこと。

 すぐに我に返ったレオナルドは、二階の寝室に飛び込んだ。


「ユーゴ! おい、起きてくれ、ユーゴ!」

「なんだよ……おれ、今日はちょっと体調が……」


 ベッドで丸くなっていたユーゴをたたき起こすと、彼はものすごく不機嫌そうに体を起こしたが、直後、ぴくっと身を震わせて瞳孔を見開く。


「……ママが、いない……?」

「そう、そうなんだ。ユーゴ、君は魔法が得意だろう。アマリアさんの居場所を――」

「ママ、ママ……どこなの? どうして、ママがいないの……?」


 ユーゴの肩を掴んで言い聞かせようとしたレオナルドだが、やけに虚ろな声を上げるユーゴに、ぎょっとした。

 見開かれた目は視点が定まっておらず、魔法の気配に鈍感なレオナルドでさえ、少年の内側から渦巻く負の気配が伝わってきて、本能的に恐怖を感じる。


「おい、ユーゴ……」

「ママ、連れていかれた? 悪い奴ら、またママをいじめるの……? 殺す……ママをいじめる奴は、全員、殺す……ママ……ママ……」

「っ……悪い、ユーゴ!」


 頭がガンガンして、吐き気がしてくる。このままだとアマリアを探す前に、暴走した魔力で集落が吹っ飛ぶかもしれない。


 とっさにレオナルドは歯を食いしばり、思いっきりユーゴの頬をひっぱたいた。自分は腕力のある傭兵だがユーゴは竜なのでこれくらいなら大丈夫だろう、と踏んだ上での一撃だ。


 まさか殴られるとは思っていなかったらしいユーゴは、あっさり吹っ飛んでベッドから転げ落ちた。どしん、ばたん、ぐえっ、という音。


 しばらく寝室はしんと静まりかえったが、やがてベッドの向こう側から低いうなり声が聞こえてきた。


「き、貴様……! いきなり何をする、この青二才がぁっ!」

「殴ったことは誠心誠意謝る。すまなかった、ユーゴ。だが、落ち着いてくれ。あのままだと君はおそらく、魔力を暴走させていた」


 ベッドの向こう側から顔を覗かせてガルルルルと唸るユーゴをひょいっと抱え、ベッドに座り直させる。

 するとユーゴはぱちぱちまばたきをした後、えっ、と小さな声を上げた。


「我は、変になっていたのか? 妙だ、記憶が飛んでいる……」

「……よほどの極限状態になっていたみたいだな。聞いてくれ、ユーゴ。僕の目の前で、アマリアさんが誘拐された」

「…………ああ、そういうことか! ママの気配がなくなっているし、魔法の残滓が……おい、ママがいなくなったのはどこだ!?」

「こっちだ」


 ユーゴの短い脚では時間が掛かるだろうから、レオナルドはユーゴを抱えて急ぎ玄関まで戻った。


 アマリアが消えた場所でユーゴを下ろすと、彼は地面にはいつくばるようにしてなにやら呻き始めた。レオナルドにはよく分からないが、おそらく魔法の気配か何かを探っているのだろうと思い、邪魔をしないように少し距離を置く。


「……レオナルドか! 何が起きたんだ、騒ぎか!?」

「ブルーノさん……」


 ユーゴの声が聞こえたのか、松明を持ったブルーノたちがぞくぞくとやって来た。

 彼らは明らかに様子のおかしいユーゴを見て心配そうに近寄りそうになったので、レオナルドが止める。


「ユーゴのことはそっとしておいてください。……アマリアさんがさっき、何者かに誘拐されました。おそらく、何らかの魔法で」

「なっ……! アマリアが!?」


 ざわっと動揺が走り、「どういうことだ!?」「まさか、この前の仲間か!?」とどよめきが広がる中、小柄な女性がさっと進み出てきた。

 アマリアと仲の良かった宿屋の娘エヴァだ。


 彼女は顔面蒼白だったが、レオナルドを見るときっと目つきを鋭くし、自分よりずっと大柄なレオナルドの胸ぐらを掴み上げてきた。


「あんた……! あんたはアマリアの護衛なんでしょ!? アマリアを守ってくれるんでしょ!? あんたがいるのに……いるのに、どうしてこんなことになったの!? まさか、指を銜えて見ていたとか言うんじゃないわよね!?」

「やめなさい、エヴァ!」

「やめないわよ! あたしが言わなきゃ、誰も言わないでしょ!」


 父親やブルーノが慌てて止めようとするのも振り切り、エヴァはレオナルドの顔に唾を吐き掛ける勢いで詰め寄ってきた。


「何か言いなさいよ! こんなところでぼうっとしてないで、早くアマリアを助けに行ってよ!」


 エヴァの主張は、ほとんど八つ当たりだ。魔法が使えないのはエヴァも同じだし、武力勝負ならまだしも、不意打ちで魔法を使われたらレオナルドも手の出しようがないと分かっているはずだ。


 ……分かっていても、抑えられない。

 その気持ちが痛いほどよく分かるし、彼女がアマリアを大切に思っているという証でもあるから、レオナルドは眉根を垂らし、首を横に振った。


「もちろん助けに行きたいけれど……僕は魔法に詳しくないから、相手の居場所が分からない」

「このっ……! 役立たずっ……!」

「いい加減にしろ、エヴァ! レオナルドが一番辛いに決まっているというのに、好き勝手言うんじゃない!」


 とうとう宿の主人が娘の暴言を看過できぬと判断したようで、無理矢理レオナルドから引き離すと、かなりの音を立てて頭をひっぱたいた。

 おそらく、先ほどレオナルドがユーゴを正気に戻したときと比べると力も弱めなのだろうが、エヴァは悲鳴を上げてその場に頽れてしまった。


「道理も分からない子どもが、正義の味方ぶってしゃしゃり出るな! ……すまない、レオナルド。娘が暴言を――」

「いえ、エヴァさんのおっしゃるとおりです。僕も自分の無力さを実感していたので、活を入れてくださったこと、感謝します」


 レオナルドは丁寧に腰を折ってお辞儀をした後、ぽかんとするブルーノや宿の主人たちに背を向けた。

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