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捨てられ白魔法使いの紅茶生活  作者: 瀬尾優梨
第1部 秋から冬
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55 花の名前②

「……ああ、そうだ。アマリアさん、仕事のことですが」

「あ、うん。もう次のが入ったの?」


 残念そうな声は出さないようにしつつ、アマリアは尋ねた。

 傭兵として、仕事を終えた後にすぐ次の依頼が来るというのは、人気者であるという証だ。多忙になるので家には帰ってこられなくなるが、レオナルドが傭兵として信頼されていて腕前も確かだという証拠になるので、アマリアとしては喜ばしいことだ。


「まだ相手方から相談が来ている段階なのですが、特に問題がなければ受ける予定です。そこまで長期間にはならないのですが……」

「危険なの?」

「ものすごく危険というわけでもありません。ただ……予定を確認すると、僕が仕事に行っている間に、…………が、過ぎてしまうのです」

「何が?」


 今のレオナルドは、やけに言葉のキレが悪い。

 とうとう一部聞き取れなくなってしまったので聞き返すと、レオナルドはぽっと顔を赤らめて視線を落とした。どうも、ジャージャー入りの紅茶を飲んで体が温まったからではなさそうだ。


「……アマリアさん、ひょっとして忘れていますか? もうすぐ、アマリアさんの誕生日ですよ」

「…………あっ」


 忘れていた。完全に頭から抜け落ちていた。


 修道院にいた頃は孤児院の子も含め、その月に誕生日がある者を全員まとめて月の頭に祝うようにしていた。だから「この日が自分の誕生日」という意識は薄かったし、アルフォンスたちに誕生日は教えなかったので旅の途中で祝われたことはない。エスメラルダの誕生日は祝わされた気がするが、今は非常にどうでもいい。


 レオナルドの言うとおり、あと半月ほどでアマリアの誕生日だ。


(誕生日が来たら、二十二歳……あれ? 私、何歳になるんだ?)


「えっと……そうだったね。でも私、二十二歳になるってことでいいのかな?」

「いいんじゃないですか? 十年間あなたは成長していなかったのですから、生まれて二十二年経過したということで」


 レオナルドはそこで一つ咳払いをし、「ちょっと失礼します」と断って席を立ち、間もなく小さな箱を手に戻ってきた。


 ――どくん、と心臓が高鳴る。


「仕事に行っている間にアマリアさんの誕生日が過ぎてしまいそうなので、ちょっと早い気がしますが……これ、僕からの贈り物です。二十二歳の誕生日、おめでとうございます」

「……」


 すっと差し出された小さな箱を、アマリアは何も言えずに凝視していた。


 レオナルドが、アマリアの誕生日を覚えてくれていた。しかも、その日が仕事で帰ってこられないかもしれないと分かると、早めに贈り物を準備してくれた。


 レオナルドの大きな手の平にすっぽり収まる程度の大きさの箱は、ほぼ立方体だった。贈り物用だからか、箱の蓋の部分にリボンで作った花が飾られている。こんな洒落たラッピングとなると、アステラなどの町で依頼したに違いないだろう。


(これを、私に……)


「……あ、ありがとう。その、びっくりしちゃって……」

「あはは。本当に自分の誕生日を忘れていたんですね。毎日忙しいから仕方ないことかもしれません」

「そうね……あの、これ、今開けていい?」

「もちろんです。どうぞ」


 ありがたく箱を受け取り、まずはしげしげと眺めている。受け取った箱はサイズに比例してかなり軽く、これといった音もしない。


 こんなに繊細なプレゼントを持っているというのに困っている老人を助けたというのだから、彼の性格に苦笑してしまう。もしかするとあれだけひどい汚れだったのは、荷物に入れたこの箱が潰れないように気を付けつつ老人を引っ張り上げたからなのかもしれない。


 どきどきしつつ、蓋を開ける。


「……わあ、きれい」


 思わず声が出てしまった。

 箱には、白い花を模したブローチが入っていた。乳白色の光沢のある素材で五枚の花弁を表し、小粒の真珠がアクセントに添えられている。


(これって、もしかしなくても……)


「プリネの花……」

「ええ、まあ、はい。僕にとってプリネの花はやっぱり、かなり思い入れがあるので……」

「それにこれって、もしかして白珊瑚……?」

「あ、よく分かりましたね。さすがです」

「う、嬉しいけれど、これってかなり高いんじゃないの……?」


 なんといっても白珊瑚と真珠だ。どちらも海に面していない内陸部の国であるレアンドラでは超貴重品で、輸入数も限られている。アマリアだって、白珊瑚というものは本で知っていたし特徴も分かっていたが、実際に見るのは初めてだ。


 どうしようか、本当に受け取っていいのか、触っていいのか、と箱を持ったままおろおろしていると、レオナルドが苦笑した。


「まあ、店で売っている装飾品の中では値が張る方ですが、本物の白珊瑚や真珠の中では安いものを選びました。……本当はもっと豪華なものを贈りたかったんですが、すみません、僕の小遣いではそれが限度でした」

「えっ、どうして謝るの!? レオナルドが買ってきてくれたんでしょう?」


 しゅんとするレオナルドを、今度はアマリアがなだめる番になった。


 アマリアとしてはこんな贅沢品を手にするなんて一生ないと思っていたので、十分すぎるくらいだ。それに、金ばかり掛けたものよりも、わざわざプリネの花を模したものを選び、小遣いを叩いて買ってくれたというレオナルドの思いが何よりも嬉しい。


「私、こんなに素敵なものを手にすることなんて一生ないと思っていたから……嬉しいわ。ありがとう、レオナルド」

「……それはよかったです」

「ねえ、これ、付けてみていい?」

「もちろんです。僕も、あなたに似合うと思って買ったので、付けたところを拝見したいです」


 レオナルドも笑顔で言うので、早速アマリアはブローチを台座から取り出し、裏のピンを外した。ブローチ自体は修道院時代にも身につけたことがあるので、付け方は分かる。


 ……分かるのだが。


「……ご、ごめん。曲がってるよね」

「そうですね……少々お体に触れることになりますが、僕が付けてもいいですか?」

「ええ、お願い」


 せっかくの可愛らしいプリネの花なのに、アマリアが付けると少し歪んでしまったし、シャツの胸元が引っ張られておかしなことになってしまった。


 一旦ブローチを外し、快諾してくれたレオナルドに渡す。彼はしゃがむと「失礼します」と断った後、アマリアの胸元に触れた。


 ……触れたといっても、ブローチを取り付ける際にシャツの生地を少し引っ張る必要があるため、その際に指が掠めた程度だ。

 それなのに、一瞬彼の硬い指先を服越しに感じた瞬間、耳鳴りがしそうなほど激しく心臓が高鳴った。


(う、わっ……顔が、熱い……!)


 視線を落とすと、レオナルドのつむじが見える。いつもならアマリアが彼に見下ろされる立場なので、なんだかすごく新鮮だ。

 だがそんな彼が慣れないながらにブローチをアマリアの胸に着けようとしているのを見ていると――ますます熱が上がり、色々な感情がグチャグチャになり、なぜか目が潤んできた。


(ど、どうしよう……今の顔、絶対にレオナルドには見せられな――)


「できましたよ。どうですか?」


 あっという間にレオナルドはブローチを着けると、シャツを少し引っ張ってバランスを整え、顔を上げた。


 ――灰色の目が見開かれ、あっけにとられたようにアマリアを見ている。

 彼の瞳に、情けない表情をする自分の顔が映っている。

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