53 ポルクの冬
ポルクに、本格的な冬がやってきた。
レアンドラ王国の冬は基本的に乾燥していて、気温は軒並み低くなるわりに雪は降りにくい。
初めて人間界で冬を迎えるらしいユーゴは、玄関前に置いていた壺の水が凍っているのを見るといたく感心し、つついたり撫でたり引っ掻いたりし、最後にはアマリアの許可を取った上でびゅんっと放り投げて遊んでいた。
「ママ、今の見てた!? すごい飛んだよ!」
「え、ええ、そうね。すごい飛んだわね……」
大興奮で駆け戻ってくるユーゴの毛糸の帽子がずれていたので直してやりつつ、アマリアは遠い眼差しになった。
先ほどユーゴがぶん投げた氷の板はまるで暗殺者の扱う投擲武器か何かのように空を裂き、ずどぉんと音を立てて命中した木を吹っ飛ばしたのだ。普通の氷の板では保たないだろうから、何か魔法でも使ったのだろうが、竜の魔力とは恐ろしいものである。
はしゃぐユーゴを抱き上げて家に入り、茶の準備をする。
(今日は、体を温めるジャージャー入りの紅茶にしようかな)
ジャージャーとは、生薬にも使われる単子葉類の植物だ。葉や実も薬の材料になるが、根っこはさらに使い勝手がいい。すり下ろして料理に入れたり菓子のアクセントにしたり、ほんの少量なら香水の材料にもなったりする。
葉は春しか取れないが、根っこなら真冬以外なら採れるので、食料庫に秋のうちに買いだめしておいたジャージャーの根を保管している。ジャージャーの根は体を温める効果があるので、冬のお供にちょうどいい。
(しかも、ある意味予想通りだけど……属性も炎で、耐火効果や保温効果があるんだよね)
プリネも炎属性で体を温める効果があるが、あちらに炎属性強化効果があるのに対し、ジャージャーに備わっているのは炎属性防御強化効果という違いがある。またマグラムは炎属性防御強化効果のみらしく、同じ炎属性の植物でも微妙に効果の種類が異なるようだ。
今回は、市販の茶葉を使う。紅茶の特殊効果はぐっと低くなるが、元々ジャージャーには体を温める効果があるので、無理して炎属性の力を引き出さなくても大丈夫だろう。
小振りの芋のような形のジャージャーは洗ってから、皮を削り落とす。皮が非常に固くて分厚いので、廃棄率が高くなるのを覚悟で思いきってそげ落とす必要がある。遠慮してしまうと、かえって皮のえぐみが残ってしまうのだ。
刻んだジャージャーをポットに入れ、湯を注ぐ。しばらく蒸らしたらしっかり味が染み出るので、茶葉を入れる。
さらに蒸らして、茶葉とジャージャーの滓は一緒に取り出す。味が出ていって風味がなくなったジャージャーの根はしなしなになっているので、これはもう捨てるしかない。
同時に、蜂蜜入りのミルクも温めておく。蜂蜜のとろりとした甘い香りとジャージャーのぴりっとした風味が絡み合い、厨房が芳香に満ちる。
温めておいたカップにジャージャーティーと蜂蜜ミルクを注げば、ジャージャーミルクティーの完成だ。きりりとしたジャージャーの辛みの中に蜂蜜の甘み、そしてミルクの優しい風味が混ざり合い、冷たい北風で震える体を温めてくれる。
「はい、今日のおやつはジャージャーミルクティーとスコーンよ」
「いい匂い!」
暖炉の前に座っていたユーゴがソファに座り、ふわふわのスコーンと優しいブラウンの紅茶を見て、はしゃいだ声を上げた。
スコーンは数日前に生地まで作っておいたものを油紙で包み、食料庫に保管しておいたものを竈で焼いた。夏場ならあまり保存が効かないが、乾燥した冬場なら保管場所にさえ気を付けておけばかなり保つ。急な来客時にも焼くだけですぐにお出しできるので、非常に便利だ。
スコーンを手で割ると、中から大粒のチーズが顔を出した。角切りにしたチーズを練り込んだスコーンはおやつにも食事のおかずにもなる。ユーゴは肉食なので、肉や乳製品を好んで食べる。チーズ入りのスコーンも、彼のお気に入り料理の一つだった。
「おいしいね! ママ、もうひとつ食べていい?」
「いいけど、晩ご飯もちゃんと食べるのよ?」
「うん、分かった! はい、ママもあーん!」
笑顔のユーゴが手でスコーンを千切り、半分を差し出してくれた。それに食いつき、幸せの味を噛みしめつつ、アマリアは窓の外を見やった。
アマリアがポルクに来て、四ヶ月ほど経過した。これまでの日々は変化ばかりの毎日で、あっという間に秋から冬に変わったように感じられる。
(春が来たら、三人で若菜摘みに行きたいな。夏になったらアイスティーを持って、木陰でお昼寝をしたり……)
そんなことを考えていると、少しだけこそばゆい気持ちになる。
これから先もずっと、アマリアとレオナルドとユーゴの三人で暮らす。そんな未来を夢見ることが当たり前になっていて――同時に、不安にもなってくる。
(レオナルドはあくまでも、私の家を一時帰宅場所にしているだけ。これから先もずっと続くとは限らない)
レオナルドとて、年頃の男性だ。今は昔のよしみでアマリア親子の面倒を見てくれているが、もし彼に最愛の女性ができたら。その人と結婚することになり、この家に一生戻らなくなったら。
(もしレオナルドがそう言いだしても、私は必ず笑顔で祝福して、送り出さなければならない)
この想いは、アマリアの一方通行。エヴァと話をしたときにも心に誓ったように、レオナルドを困らせることだけは絶対にしたくないから、打ち明けるつもりもない。
もしレオナルドが結婚の報告をしに来ても、泣いたりしない。……いや、泣くとしてもそれは喜びの涙であり、悲しみの涙を流してはならない。
アマリアに、そんな権利はないのだから。
植物辞典⑩
ジャージャー……しょうがのような植物。独特の匂いがあり、体を温める効果がある。




