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捨てられ白魔法使いの紅茶生活  作者: 瀬尾優梨
第1部 秋から冬
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52 ユーゴの気遣い

 三人は、アステラの祭りを満喫した。

 大通りに戻ったとき、ちょうど軽快な音楽が奏でられ、ダンスが始まった。それまで往来する人々でごった返していた大通りの中央広場がさっと空けられ、音楽に合わせて人々が踊り始める。


 ほとんどは、男女のペアだった。美しく着飾った女性を男性がエスコートし、笑顔でダンスを踊る。踊り方もリズムの取り方も人によってバラバラだが、それがかえって地方都市の祭りらしく、踊りに慣れていない人もつられるようにどんどん輪に加わっていった。


 それはアマリアとレオナルドも一緒だった。最初は二人とももじもじしていたが、痺れを切らしたユーゴがレオナルドの脛を蹴飛ばすと、やっと彼は決心したようにアマリアをダンスに誘った。


 本当に、まどろっこしい。

 好きならさっさと行動に移せばいいものを。


 荷物を抱え、植え込みの煉瓦石の上に腰掛けてダンス風景を見ながらユーゴは思う。


 ユーゴは身長が低い上に座っているので視界は狭いが、元は竜なこともあり視力は非常にいい。そのため、ちらちらと見え隠れするアマリアたちの姿はきちんと確認していたし、空間魔法の効果も絶えないように気を付けていた。


 ちらっと見えたアマリアの横顔は、幸せそうに緩んでいた。そしてそんな彼女の腰を支え手を取って踊るレオナルドも微笑み、限りなく愛おしそうな眼差しでアマリアを見ている。


 ユーゴはアマリアが大好きでそれ以外の人間はどうでもいいのだが、レオナルドは別だ。そして、レオナルドなら自分の養父になっても構わないと、わりと本気で思っている。


 本当は、アマリアの一番は自分でありたい。アマリアは仲間に捨てられるという経験をしたからか、愛情の出し加減が下手なところがある。なんならユーゴが彼女の愛情を一身に受け、彼女が寂しくならないようにずっと守ってやりたいと思っている。


 でも、それは叶わぬ夢だ。

 なぜなら、アマリアの一番はもう自分ではないと分かっているから。


 アマリアがユーゴに向ける感情とレオナルドに向ける感情は、少々種類が異なるのだろう。だがアマリアのことを考えると、これからさらに千年近く生きるだろう自分より、同じ速さで年を取り、同じ頃に一緒に死ぬことができるレオナルドの方が生涯の供にふさわしいはず。


 矮小な人間ごときに譲ってやるのは非常に腹立たしいが、他でもないアマリアのためだし、相手はレオナルドだ。他のクソガキなら「えいっ」で始末してやるが、レオナルドなら我慢するしかないと分かっていた。


 その後、踊り終えたアマリアたちが戻ってきた。はぐれないためだろうが互いの手をぎゅっと握り合っていて、ユーゴは笑顔で迎えつつ、ちょっとだけおもしろくない気分になってしまう。


 時間が経つと日が落ちて肌寒くなる。どうやら祭りは夜まで続き最後には酒宴になるようだが、レオナルドの勤務時間の都合もあるし、アマリアが体を冷やしてはならない。そのため、踊りを終えて三人でフルーツジュースを飲んだ後は、宿に戻ることになった。


 アマリアが「化粧を落とすのに時間が掛かるから……」と赤い顔でもじもじしたので、彼女の支度が調うまで、ユーゴはレオナルドと一緒に宿のロビーで待つことになった。

 ちなみに、先ほどもじもじしていたアマリアを見てレオナルドがごくっと唾を呑んだのが分かったが、空気が読めるようになったユーゴはその場では突っ込まないでおいてやった。


 ……そう、あくまでもアマリアの名誉を守るために黙っていたのであって、レオナルドには容赦するつもりはない。


「……レオナルド。そなた、さっきママの姿に欲を感じておっただろう」


 ロビーの隅っこの人気のないソファ席でユーゴが問うと、隣にいたレオナルドはぎょっとした後、低く唸って両手で顔を覆った。


「……あー、やっぱりユーゴは鋭いな」

「変に誤魔化そうとしないところは、そなたの美点だ。安心しろ。我も、ママが困るようなことを言うつもりはない」

「はは、ありがとう。……アマリアさんはとてもきれいだし恥じらう姿も可憐だから、つい僕もどきっとしてしまったよ」


 レオナルドは赤い顔で苦笑し、ユーゴの髪をわしゃわしゃ撫でてきた。

 アマリアが優しく撫でてくれるのと違ってレオナルドの撫で方はかなり雑だし力も強いが、不思議とユーゴは彼のこの手つきが嫌いではなかった。


「……ふん。そなた以外の男がママに欲情したのなら煉獄の炎で焼き尽くすが、そなたなら……まあ、他のウジ虫どもに比べればずっとましだ。ましなだけであり、許したわけではないということを肝に銘じておけ」

「もちろんだよ」


 レオナルドは真面目な顔で頷いた。

 本当に、彼のこういう紳士で実直なところが魅力で、悔しいことにユーゴが彼を認めざるを得ない点でもあった。もうちょっと性格が悪かったり捻くれたりしていればユーゴも遠慮なく攻撃したというのに、憎いものである。


「……ああ、そうだ。ひょっとしたらだけど……ユーゴは、アマリアさんが着替えをした後、褒めたりしたかな?」

「ん? しておらんぞ。そなたが帰った後に言おうと思っていた」

「そうか……ありがとう」

「たわけ。礼を言われるようなことはしておらん」

「そっか。ならいいんだよ」


 レオナルドはいつもの柔らかい笑みで言った後、前を向いてしまった。

 ……そんな彼の横顔を見つつ、ユーゴはほっと安心していた。


 ユーゴが着飾ったアマリアを褒めなかったのは、アマリアを一番最初に褒める男がレオナルドであってほしかったからだ。

 ただしそれは断じて、レオナルドのためではない。


 ユーゴが言った「きれい」より、レオナルドの言った「きれい」の方が、アマリアを喜ばせると分かっていたから。

 ユーゴが言った後のレオナルドだったら感動も薄れてしまうだろうから、本当はすぐに美しい母をべたべたに褒めてあげたかったが、涙を呑んで堪えた。


 我ながら気遣いのできる息子だ、と自賛していたのだが、きっとレオナルドは気づいてしまったのだろう。だからこそ、さっきの「ありがとう」なのではないか。


 たかが二十数年生きただけの若造だというのに、この男には勝てそうにない。だが、勝てないと分かっていながら、こうしてレオナルドと並んで座ることをそれほど嫌だと思っていなかった。


「……我の方こそ、そなたに感謝する。今日はありがとう、レオナルド」

「どういたしまして」

「だ、だが、勘違いするでない! ママを喜ばせてやったことに礼を言っているのであって、別に我がそなたに何かをしてもらったわけではないからな!」


 人間はすぐに調子に乗るから、釘を刺しておかなければならない。

 だがレオナルドにはそんなユーゴの心の内もお見通しだったようで、「君は優しい子だね」とまた頭を撫でられた上、不覚にもその手つきが心地よいと感じてしまうユーゴなのであった。

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