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捨てられ白魔法使いの紅茶生活  作者: 瀬尾優梨
第1部 秋から冬
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51 心の中に訪れた春

 レオナルドは祭りの半ば頃に一旦休憩が取れるそうなので、待ち合わせをして合流することにしていた。


 これまでにアマリアはユーゴと一緒に露店で食べ歩きをしたので、先ほど手鏡で化粧をチェックしたし、剥がれかけていた口紅も塗り直した。食べ物を食べるときも汁や滓でドレスを汚さないようにしたので、ちゃんとした格好でレオナルドに会えるはずだ。


 待ち合わせ場所にしていたのは、公園の大きな時計台の下だった。この公園は祭りの中心部から少し離れているので、人影もまばらだ。木立の向こうから愉快な音楽や人々のざわめきが微かに聞こえるくらいで、歩き疲れた体を休めるのにもちょうどいい場所だった。


 隣にいるユーゴは先ほどから、木彫りの置物をじっと見つめていた。結局、ユーゴが食べ物以外でおねだりをしてきたのはこの置物だけで、買ってからというもののしっかり握りしめて離そうとしない。


 彼が竜になったときの姿にそっくりなミニチュアの置物は、翼を広げ、長い首を逸らして天を仰ぐ竜の姿を模している。素材に使った木が偶然黄色っぽかったこともあり、黄金の竜であるユーゴにますますそっくりに見えた。


「それ、気に入ったのね」

「うん! 人間ってすごいね。こんなに細かい作業ができるんだから」


 ユーゴは置物を目の高さに持ち上げ、感心したように言う。

 ユーゴは人間の子どもの姿になっても力仕事が得意みたいだが、反面細かい作業は苦手だった。彼がよく木のパズルや積み木で遊んでいるのは、人間界の道具に興味があるということに加え、竜の姿のときよりずっと小さな手をうまく使うためのトレーニングの意味もあったそうだ。


 そんなユーゴなので、アマリアは彼が服を脱ぎ着しやすいように工夫している。今着ているよそ行きのジャケットも、買ったときに付いていたボタンを外してボタン穴を広げ、もっと大きなボタンを新しく取り付けていた。小さなボタンだとうまく留められないし、やけになったら生地を引き裂いてしまうかもしれないからだ。


 竜の置物で遊ぶユーゴを微笑ましく見ていたアマリアだが、ふと人の気配を感じて顔を上げた。


 静かな公園。

 並んでベンチに座るアマリアたちの前方に立つ、一人の男。


 仕事を抜けてきたから、革鎧や籠手に頑丈な上着、腰に吊した剣という、おおよそ祭りにふさわしくない格好。だが戦装束を纏う彼の姿は非常に様になっていたし、冬の風に靡く金の髪や寒さのためか少し赤くなった頬、柔らかに細められた灰色の目など、思わず見とれてしまうような清廉な美しさを纏っていた。


 彼はアマリアを見ると会釈し、歩み寄ってきた。そしてアマリアの手を取り、物語に出てくる騎士のように指先に軽くキスをする。


「お待たせしました、アマリアさん。……その、とてもお美しいので、驚いてしまいました」

「えっ? あ……」


 柔らかな声音で「とてもお美しい」と褒められ、一瞬あっけにとられたものの、すぐにじわじわと頬が熱を持ってきた。


 ――どくんどくん、と、わざわざ胸に手を当てずとも激しい脈拍を感じる。


「そ、そう? エヴァに相談して買ったんだけど……似合っていた?」

「はい、とても。あなたは普段、とてもしっかりしているのですが、今は可憐で愛らしくて……遠くから見ていたときも、声を掛けるのが遠慮されるほど神々しいと思ってしまいました。……髪飾りはプリネの花を模しているのでしょうか? 似合っていますね」

「ぇあ……あ、あの、ありがとう。その、そう言ってもらえて嬉しいわ……」


 ちゃんと礼を言いたかったのに、声が裏返ってしまった。

 きれいとか、似合っているとか、そういう言葉が聞けたら十分だと思っていた。それなのにレオナルドはアマリアが予想していた以上の言葉をくれた。


(それに、プリネの花も……)


 そっと、髪紐を飾る造花に触れる。


 白くて小さな、プリネの花。果実は甘くておいしく花は可憐で可愛らしいので、花はそのまま生けられることもあるし、今のアマリアの髪飾りのように何かのデザインになることもある。そしてわりと花の造りはしっかりしているので、押し花などにもできるのだ。


 そう、押し花に――


「……十一年前、あなたに差し上げたお守りにも、プリネの押し花を添えていましたね」


 噛みしめるようにゆっくりとレオナルドが言ったので、アマリアはどきどきしつつ頷いた。

 よかった。ちゃんと覚えていたようだ。


「……うん。私にとっての思い出の花だから。プリネは春にならないと花を咲かせないけれど造花なら、いつでも見ていられるから」

「……。……アマリアさん、あなたという人は――」


 なぜかレオナルドはすっと優美な眉を寄せ、溜息をついた。


(……えっ!? 今、がっかりされるようなことを言った!?)


 アマリアとしては、「元孤児院の子どもと子守係」としての境界を越えない程度に、自分の思いを告げたつもりだ。

 喜んでもらえるとか懐かしがってもらえるといったことは想定していたが、溜息をつかれるなんて。


 だがレオナルドはすぐに笑顔に戻り、ごついグローブの嵌った手でそっとアマリアの髪飾りに触れた。


「いえ、なんでもありません。ただ、僕にとっても思い入れの強い花なので、こうしてあなたに身に纏ってもらえると……すごく嬉しいです」

「レオナルド……」

「ああ、すみません、立ち話している場合じゃないですね。……僕の休憩時間は長くて一時間です。……あまりあちこちを回ることはできそうにないので、申し訳ありません」

「えっ? そんなの気にしないで。レオナルドこそ、お仕事で忙しいのに時間を割いてくれたのだから」

「僕は僕がしたいように行動しているだけですよ。……さあ、そろそろ行きましょうか。ユーゴも、待たせてすまなかったな。行こう」

「あれー? てっきりおれのことなんて忘れていると思ってたー」


 それまでずっと会話に入らず置物をいじっていたユーゴは、半眼でレオナルドを見上げた。


(……あ、そうだ! ユーゴを放ってしまっていた!)


「ごめんね、ユーゴ。待っていてくれてありがとう」

「ううん、全然気にしていないからいいんだよ、ママ」

「……僕のときとは態度が全然違うんだね」

「ママは特別だから。……じゃ、行こう! さっき、レオナルドが好きそうなものを売っている店を見つけたんだ。ね、ママ!」

「そうなのよ。さっきからユーゴ、レオナルドに見せたいってばかり言っていて……」

「ば、ばかりってほどじゃないもん!」


 ユーゴは真っ赤になって言い返すが、照れ隠しなのは明らかだ。


 アマリアはレオナルドと顔を見合わせてくすっと笑った。そして、露店で買った商品やユーゴの置物は全部レオナルドが持ち、アマリアがユーゴの右手、レオナルドが左手をそれぞれ取る。


「行きましょうか」

「ええ」


 冬の寒風が頬を撫でるが、アマリアの心と左手は、既に春が到来していたかのように温かかった。

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