50 記念祭②
腹ごしらえをした後、アマリアたちは一旦手を洗ってから再び散策に乗り出した。
町の大通りにはずらりと露店が並び、食べ物だけでなく雑貨や装飾品、花や衣料品など、様々な品物が売られている。
「ママ、ちょっと見てみてもいい?」
中でもユーゴの関心を惹いたのは、きらきら輝く雑貨だった。
ガラスを削って作った置物や、風に揺れて音を立てる吊り下げ式のドアチャイム、本物と見まごうような布製の造花など、珍しい物好きのユーゴにとっては宝庫のようなのだろう。
その露店の主人は、目を輝かせて品物に魅入るユーゴのことが気に入ったようで、「これは隣国で有名な……」「こっちは北方地方で採れた……」と細かく説明してくれている。
他の客の邪魔にならないよう、アマリアは二歩ほど下がった場所からユーゴを見守ることにした。これくらいの距離ならユーゴもアマリアの居場所を意識しているだろうし、他の客もアマリアの存在をほどほどに放っておいてくれるはずだ。
「……そうそう。今の女王陛下になってから繁栄し続けるエディスと違って、キロスは全然なのよね」
ふと、隣の露店で椅子に座って飲み物を飲みながらお喋りをしている女性たちの声が耳に入り、思わずアマリアはそちらに意識を向けた。
(キロス……エスメラルダとアルフォンスの国か)
あの三人組しかりアルフォンスしかり、過去のことは極力触れないようにしている。どうせアルフォンスは絶世の美姫とよろしくやっているのだろうから、自分が聞くような内容ではないだろう。
「王女が冒険者上がりの婿をもらってから、評判がガタ落ちなんでしょう?」
――場所を変えよう、と思ったが、動きを止めた。
「なんでも、竜退治の英雄だって言われるくらいの実力だから箔が付くだろうと思って婿にもらったのに、案外ぱっとしなかったらしいのよ」
「そうそう、英雄の腕を見込んで討伐依頼が来るけれど、最初の依頼で大失敗したとかで。それ以降王女の婿は逃げ回っていて、夫婦仲も決裂。生まれた王子様はすぐに国王に取り上げられて、婿は肩身の狭い思いをしてるらしいよ」
「というかさぁ、その竜退治ってのも本当だったのか怪しいんでしょ? ひょっとしたらお姫様と結婚するために戦績をでっち上げたか、誰かの手柄を横取りしたのかもしれないよ?」
「うわー、もしそうならあの国もやばいんじゃない?」
キロスはレアンドラの西に位置する小国で、ここアステラとの距離はかなりのものだ。おまけにこの町は女王の治めるというエディスからの恩恵は賜っているもののキロスとの関わりが薄いので、住人はかの国がごたつこうと姫と婿が不仲だろうと心配するどころか、話題の種にしかならないようだ。
(……そっか。アルフォンス、うまくいかなかったのね)
その後の女性たちの話題は変わってしまったので、アマリアはふうっと息をついて空を仰ぎつつ思う。
今の女性は、なかなか鋭い指摘をしていた。そもそも竜退治というのは嘘っぱちかもしれず、だからこそいざ依頼を受けてもアルフォンスは大失敗し、それ以降も逃げ回るしかできなかった。
(たぶんだけど、これにも私の紅茶が絡んでいるんだよね)
アルフォンス一行が絶好調だったのは、アマリア自身にもゆとりがあって紅茶を振る舞えた頃まで。調子に乗った彼が無茶な依頼を受けるようになってからは失敗続きだったし、ユーゴもとい黄金の竜戦では、話にならないくらいの惨敗っぷりだった。
(そうと知らず、アルフォンスとエスメラルダは結婚した。子どもも生まれたけれどアルフォンスの実力不足が露呈して、国民の不信感を煽ってしまった。当然夫婦仲は冷めるし、生まれた王子も取り上げられた……か)
先日襲撃してきた三人組はおそらく、今のアルフォンスの状況をよく分かっていなかったのだろう。もし分かっていたのなら元仲間とはいえ、妻や舅から見放され、国民からの信頼も失っているアルフォンスに取り入ろうとはしないだろう。
アマリアの紅茶がもたらす特殊効果を己らの実力だと思いこみ、無茶ばかり続けた。そして自分たちの成果の源であったアマリアを見捨て、ありもしない英雄譚を作り上げて王女と結婚できたまではいいが、紅茶による特殊な力を失ったアルフォンスが、かつてのようにばさばさ魔物を倒せるはずがない。
(因果応報……なのかな)
アマリア自身が何か手を下したわけではないが、零落したのならそのまま勝手に転がり落ちればいい。元々、ありもしない手柄と名声で作り上げた虚構の玉座だったのだから、もしエスメラルダと離婚してもあるべきところに落ち着くだけだろう。
(……ご自由にどうぞ。私は私で自由にするし)
「ママ、ママ。あのね、買ってほしいものがあるんだけど……」
かつて自分を竜の山に置き去りにした男のことを考えていて憂鬱になっていた気分が、愛息子の声で一気に晴れ渡る。
いつの間にかアマリアのところまでやって来ていたユーゴは遠慮がちにアマリアの手を引っ張り、もじもじしていた。
「あのね、小さな木彫りの竜の置物なんだけど……その、おれにそっくりで」
「あら」
「あんまり高くないっておじさんも言うから、買ってほしいの。だめかな?」
「そうね、それじゃあ私も見てみましょうか」
「うん!」
ユーゴの手を握り、件の品物を見に行く。
(仕返しなんて、そんなことする必要はない)
なぜならアマリアは今、十分満たされているのだから。




