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捨てられ白魔法使いの紅茶生活  作者: 瀬尾優梨
第1部 秋から冬
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5  集落にて①

 その後、ユーゴを伴ってアマリアはなんとか下山することができた。


 道中も不思議に思っていたのだが、アルフォンスたちと一緒に山に登ったときと同じルートを逆戻りしているはずなのに、あちこち異変が見られた。そこそこ歩きやすかったはずの道が落石で封鎖されていたり、やたら苔や草が生えていたりする。ユーゴがいた頃は他の魔物もちらほら姿が見えていたのだが、その気配も全くなかった。


 ひょっとしたら、あの熱気は寝起きのユーゴが引き起こしたもので、人間の姿になった今は落ち着いたから、光景が変わったのかもしれない。


 ――だが。


「……あれ? こんなところに集落ができている」


 ユーゴの手を引いて山道を歩いていたアマリアは、前方に広がる光景を目にして声を上げた。

 よく晴れた空の下、いくつもの家屋が身を寄せ合うようにして山の麓に建っていた。ユーゴが暴れていた頃は、このあたりは草木一本生えていないし、人家なんてもってのほかだった。


 だが、遠くの町に行かずとも人に会えるのなら好都合だ。幸いアマリアはリュックの中に自分用の金を入れていたので、衣服の調達くらいは難なくできそうだ。アマリアもなかなかひどい格好だが、ユーゴに至っては全裸なのだから優先して服を買う必要がある。


「あそこの村に行ってみよう。服を買わないといけないからね」

「おれはこのままでもいいんだが、人間は細かいことを気にするのだな」


 ユーゴは乗り気ではないようだけれど、「すっぽんぽんの子を連れ回したら、私が変な目で見られる」と説得したら一応納得してくれた。


 アマリアたちは親子という設定にしたので、二人はそれぞれの呼び名や口調を改めた。アマリアは孤児院の子どもたちに対するような口調でユーゴに声をかけ、ユーゴは自分のことを「おれ」と呼び、少しは人間の子どもらしい言葉遣いをするように心がけているようだ。


 ひとまずユーゴには集落の近くの茂みで待っていてもらい、アマリアは一人、まだ新しそうな門をくぐって集落に向かった。

 集落は、ここ最近できたばかりのようだ。家はどれも比較的新しくて、中には木の香りがするものや現在建築途中のものあった。


「すみません、服を買いたいのですが、お店はどちらでしょうか」


 気になることはたくさんあるが、ひとまず衣料品と食料の調達だ。

 通りがかった中年女性に声を掛けると、彼女は明らかに冒険者風の身なりのアマリアをじろじろ見てきた。


「雑貨屋ならあっちにあるが――あんた、冒険者か? それにしちゃあ、えらいボロボロの服装だねぇ」

「はい。息子と共に旅をしているのですが、ここしばらく道に迷っていて――息子の服も調達したいのです」


 なるべく不自然な設定にならないように説明すると、「息子」と聞いた瞬間に女性は頬を緩めた。


「そうか、若い身空で大変だね。……子ども用の服はあまり揃っていないが、大人用の裾を詰めればいいだろう。あっ、あとあっちには宿もあるから、もし一泊する場所に困っているのなら後で行ってみるといいさ」

「はい、ご親切にありがとうございます」

「いいっての。……冒険者として金を稼ぐのも大切だが、息子君に寂しい思いをさせちゃだめだからね。大切に守ってやるんだよ」


 女性はそう付け加えると、手を振って去っていった。彼女の年齢くらいならきっと出産も育児も経験していて、だからこそ若輩者であるアマリアへ親切心ゆえに助言してくれたのだろう。

 その助言自体はとてもありがたいし、気に懸けてくれたことも嬉しい。だが、ユーゴは「この姿でも、人間の十人くらい一瞬で屠れる」らしいので、守られるのはユーゴではなくアマリアの方になりそうだ。


 女性に教えてもらった家は一見すると普通の民家だが、玄関に雑貨屋の札が立っていた。店内は狭いが、店主に相談すると奥から女性ものの服と子ども用のシャツやズボンを持ってきてくれた。


「子どもを抱えて冒険者をしているのか。そりゃあ大変だな」


 初老に差し掛かろうという年齢の男性店主はアマリアの経緯を聞くとうんうんと頷き、少しだけ服代を値引きしてくれた。何だか彼を騙しているようなのでアマリアは言い訳をして遠慮したのだが、「どんな経緯であれ、頑張る母親は応援したくなるのだよ」と押し切られた。


 他には食料も必要だが、まずは身なりを整えなければならない。急いで集落の外に出て、ユーゴのもとに戻る。


 ユーゴは一抱えほどありそうな岩に手の平を向け、「えいっ」と叫んでいた。直後、凄まじい光が溢れて石が木っ端微塵に吹き飛ぶ。


(……え? 何、今の?)


 目の前で起きた出来事にアマリアは絶句して立ち尽くしてしまったが、ユーゴはアマリアの気配に気づいたらしく振り返り、ぱあっと笑顔になった。


「アマ――ママ! 待っていたよ!」

「え、ええ。……今のは、何?」

「この体に慣れるために運動していたんだ。でも、この世界の石はどれも脆いな。ちょっと力を入れただけで、すぐに壊れてしまう」


 ユーゴは残念そうに言い、粉砕された石の破片を手で払った。そして、顔を引きつらせるアマリアが抱える服に気づいたようでしげしげと見てくる。


「それ、おれの服?」

「……ええ。まずはこれを履いてね」


 子どもの着替えの補助も、孤児院で何度もしてきた。中にはぐずる子とか下着を穿かずに走って逃げてしまう子もいたので、「これを穿いて」「両手を挙げて」「ちょっと我慢してね」とアマリアが出した指示全てに大人しく従ってくれるユーゴは、非常にやりやすかった。


 ユーゴが子ども用の服に着替えたところで、アマリアもささっと新しい服に袖を通した。その間、ユーゴはじっとアマリアの体を見ていたのだが、彼の見た目は五歳程度の子どもだし、中身もほんの数時間前まで竜だったのだから、裸をじろじろ見られてもそれほど気にならなかった。


「人間とは、不思議な体のつくりをしているのだな……」

「まあ、竜と比べればそうでしょうね。でも、これからたくさんの人を見るのだから、慣れるようにしてね」

「うん、善処する」

「いい返事ね。……それじゃあ、一緒に行こうか」


 元々着ていた服を空いた袋に押し込んで、アマリアはユーゴの手を取った。


 竜の山の変化やいつの間にかできていた集落など、確かめておきたいことがある。それに、ギルドのある町に戻るために必要なものを調達しておくべきだ。


 アマリアは白魔法使いとしてギルドに登録されている。アルフォンスたちには見捨てられた身だが、パーティーを解除したとしてもギルド員であることには変わりない。


 ギルドには、不慮の事故や不調などによって仕事を続けるのが難しくなったギルド員には、多少ではあるが金を出すという制度がある。ギルド員である証明書はちゃんと荷物の中にあったので、町に戻ったらギルドで事情を説明することで、今後しばらくの生活費をもらうことができるのだ。


 そして――できることならその場でギルドから抜け、修道院に戻りたかった。正直なところ、この一年で思ったほど稼げなかったが、ある程度の金は修道院に送られているはず。


 仲間に裏切られるというさんざんな目にあったのだから冒険者業からは離れ、ユーゴと一緒に孤児院で働けばいいだろう。ユーゴは世間知らずだが頭は悪くないようなので、きちんと説明すれば理解してくれるはずだ。


(うん、きっとなんとかやっていけるよね)

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― 新着の感想 ―
[一言] この世界では退職金制度みたいなものがギルドにあったというのがちょっと驚きでした。一定の身分保証はあっても後は全て自己責任みたいな、ちょっと突き放したイメージをもってましたから。
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