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捨てられ白魔法使いの紅茶生活  作者: 瀬尾優梨
第1部 秋から冬
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48 町へ

 数日後、祭りの日が近づくと、アマリアたちに先立ってレオナルドは集落を発った。

 彼はあくまでも仕事なので、事前の打ち合わせも必要だし下調べや予行などにも参加しなければならないからだ。


 アマリアとユーゴは、祭りの前の日にポルクを発ち、半日掛けて馬車で町へ向かった。町の宿は既にレオナルドが押さえてくれているのでそこで一泊し、翌日の祭りに向かうのだ。


「ママと一緒に旅に出るのって、これが初めてかな?」


 小型馬車に揺られつつ、ユーゴが興奮した様子で言った。

 彼はとにかく新しいものや珍しいものが大好きなので、レオナルドの指示で迎えに来てくれた馬車を見たときには歓声を上げていたし、巨大な馬にもベタベタ触れるのでアマリアはおろおろしっぱなし、御者にも笑われてしまったものだ。


「そうね。……最初にあの山からポルクに行ったとき以来かも?」

「あ、そうだね」


 ふふ、と笑ったユーゴはアマリアの膝に頭を乗せるとスリスリしてきた。

 それは甘えたがっている合図なので、アマリアは彼を抱き上げて膝に乗せ、レアンドラで古くから伝わっている童謡を歌いながら、足元に置いたトランクを見やる。


 このトランクには、外出用の衣服や日用雑貨、携帯食などを入れていた。その中に、布でくるんだアマリア用のドレスも入れている。


 家で荷造りをしている際、ユーゴはアマリアがエヴァと相談して購入したドレスの存在に目敏く気づいた。だがアマリアが「これはお祭りで着ていく用のドレス」と説明するとすぐに色々察してくれたようで、触れないでくれたのだ。


 購入した後、アマリアはエヴァによって宿屋に連れていかれた。そして彼女のお下がりだという化粧道具を譲ってもらい、簡単なメイクの仕方も教えてもらったのだ。


(お化粧をするなんて、初めてかもしれない……)


 エヴァが譲ってくれた化粧道具はどれも天然素材なので色は薄めで、化粧超初心者のアマリアでも使いやすそうな色遣いだった。祭りの前に着替えたらこれで化粧をするので、なんだか今からどきどきしている。


 馬車に揺られること半日。

 もう季節は冬の半ばだが晴れているし寒すぎないので路程も順調で、アマリアたちは予定通りに町の門をくぐることができた。


「すごい、人がたくさんいるね……!」


 アマリアと違ってユーゴは人間がたくさんいる場所に行くのも初めてなので、馬車の窓から身を乗り出さんばかりの勢いで人間観察をしている。気を抜けばころっと落ちてしまいそうなので、アマリアはずっとユーゴの腰を掴む必要があった。


 この町はアステラといい、ギルド支部があるほどの規模の都市の中では、レアンドラ王国の最東端に位置する。レアンドラは東の国境をエディス王国と共有していて、エディス出身の商人もよく出入りするという。


 馬車が停まる前に、ユーゴが空間魔法を掛けてくれた。アマリアにはよく理屈が分からないが、「意識しなければ存在を認知しにくくなる」というものらしい。

 アマリアは念のためにストールで顔を隠して馬車を降りたのだが、アマリアから駄賃をもらう必要のある御者はちゃんとアマリアの顔を見つめていたのだが、すれ違った若い女性はアマリアの方を見向きもしなかった。


 そして駄賃を受け取って荷物を下ろすと、御者は一瞬きょろきょろして、「あ、そちらにいらっしゃったんですね」とアマリアを見て少し驚いたような顔をしていた。ユーゴの空間魔法の効果が発揮されているということだろう。


 走り去っていく馬車を見送り、アマリアは片手にトランク、もう片方の手にユーゴの手を引き、宿に向かった。

 宿の地図は、事前にレオナルドから受け取っている。ユーゴに地図を読む練習をさせながら宿にたどり着き、一旦荷物を置く。ポルクで泊まった宿とはまた違う内装を見て、ユーゴはそわそわしていた。


 しばらくすると、レオナルドがやってきた。ギルドの傭兵として活動しているからか、今の彼はアマリアがよく見る普段着ではなく、ポルクで再会したときのような革鎧や頑丈なブーツ、脛当てなどを装着していた。


 彼はアマリアとユーゴを見ると安心したように微笑み、椅子に座った。


「無事に到着できたようで安心しました。……ユーゴ、初めての馬車旅はどうだった?」

「楽しかったよ。あと、ちゃんとママに空間魔法を掛けてあげたから。この調子なら、お祭りでも問題なく掛けられると思う」

「そうか。頼りにしている」


 そう言うとレオナルドはぐしゃぐしゃとユーゴの髪を撫で、ユーゴも「やめろよ!」と言いつつも楽しそうにされるがままになっている。


(本当に、親子みたい……)


 そんなことを考えてちょっと恥ずかしい気持ちになりつつ、アマリアはトランクから水筒を出した。


「これ、今朝出発前に淹れたの。レオナルドはこの後もお仕事があるのでしょう? よかったら飲んでいって」

「嬉しいですね。今ではもう、アマリアさんの紅茶以外はおいしく味わえなくなるくらいなんですよ」

「大げさねぇ」


 レオナルドが茶目っ気たっぷりに言うので、アマリアも笑い返した。


(……エヴァに打ち明けて、よかった。すごく自然な気持ちでレオナルドと接せられる)


 ぎくしゃくしたり罪悪感を抱いたりしなくていいというのは、精神衛生的にもいいことみたいだ。


 水筒に入れていた紅茶をカップに注いで渡す際、ほんの一瞬だがレオナルドと指先が触れあったので、胸がどきっとして思わず互いに顔を見合わせてしまう。だがアマリアが「当たっちゃったわね」と微笑んで言うと、レオナルドも相好を崩し、「ええ、当たっちゃいましたね」と応えてくれた。


 レオナルドは茶を飲むと、明日の待ち合わせだけ確認してすぐに出ていってしまった。既にあちこちから祭りの客がやってきていて、市街地もゴタゴタしている。前日ではあるが問題が起きないとは限らないので、すぐに配置に付かないといけないそうだ。


「ママ、明日が楽しみだね」


 ユーゴが窓辺に立ち、祭りの準備を進める町を見下ろして呟いた。

 ちょうどこの宿の手前の公園で催し物をするようで、今日のうちからテーブルや木箱を組んで作ったステージなどが設けられている。町のあちこちには華やかな色合いのパラソルも立てられていて、なかなかの壮観だ。


「人間って、すぐに死んでしまうし弱いし喧嘩っ早いし、ろくでもない生き物だと思っていたんだ」


 隣に並ぶと、ユーゴがいつになく沈んだ声で話し始めた。その横顔にはおおよそ五歳児らしくない陰りが見られ、彼が実際数百年も生きた竜であることをほのめかしているようだ。


「確かに魔物の大半は人間界に降りて人間を襲うし、竜族の中にも血の気が多い奴がいる。でも、人間も同じようなものだ。牙とか角とかを素材にするためにむやみやたら魔物を刈る奴もいるし、ただ自分の強さを誇示するためだけに、戦うつもりのない竜を引っ張り出して討ち取る奴もいる。というか、人間ってそんなのばかりだと思っていた」


 ……ユーゴの言葉は、アマリアにとっても耳が痛い。


(アルフォンスたちも、ギルドで依頼を受けたという建前があったとはいえ、結局のところはただ昼寝をしていた竜の子どもを襲撃したことになるものね……)


 それは、いくら非戦闘員とはいえ彼に同行したアマリアも同罪だろう。


「でもさ、ママに会ってから考えが変わった。人間にはあのガキどもみたいにろくでもない奴らもいっぱいいるけれど、ママみたいに生きるのに精一杯な人、弱い人、優しい人もいるんだって分かった。おれはポルクの皆のこともまあ、悪くはないと思うし、レオナルドのことは結構気に入った」

「あら……そうなのね」

「あいつ、すっごくいい奴だって分かったから。……それに、人間がどういう思考をしているのか、何に喜びを感じているのか、普段何をしているのか、ってのも分かった。……このお祭りだって、魔界には存在しなかった。たった一日の喜びのためにあくせく準備をして、終わったらすぐに片づけるなんて、昔のおれなら想像もできなかったな」

「……今は、どう思う?」


 確かに、竜からすれば人の生なんて一瞬のことだし、祭りなんてものも馬鹿馬鹿しいものかもしれない。

 アマリアの問いに、ユーゴはふっと笑った。そして振り向くと金色の目を緩め、アマリアにぎゅっと抱きついてくる。


「……こういうのもいいな、って思う。ママやレオナルドと一緒に過ごして、お祭りにも行って、たくさんの発見をする。それってすごくわくわくするし……おれ、ママの子どもになってよかったって思う」

「まあ……」

「ママ、明日はたくさんたくさん楽しもうね。ママのことはおれとレオナルドが守るし、ママが笑顔でいたらおれも嬉しいんだ」

「……ありがとう」


 ぎゅっと抱きしめ返すと、それまでのちょっと大人びた雰囲気から一転して、ユーゴは「ママ、柔らかくてあったかい」と甘えてきたのだった。

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