45 祭りへの誘い
数日後、仕事から戻ってきたレオナルドは夕食の席で、「またすぐに仕事が入りました」と言った。
たまにはレオナルドとゆっくり過ごしたいと思っていたアマリアは、その言葉に内心少し落ち込みつつ、笑顔で頷いた。
「そう……また護衛任務なの?」
「いえ、実はそれがちょっと違いまして。ある町が、今度成立記念日を迎えるのです」
レオナルドが言うに、その町は毎年冬の半ばに迎える成立記念日に、町全体で祭りを催すという。
そして今年はめでたくも成立百年の節目を迎えるとかで、かなり大規模な祭りになるため、町長は例年よりも警備を増やすようギルドに依頼しているそうだ。
ぴんときて、アマリアは茶を淹れつつ言う。
「あ、もしかしてレオナルドはその警備に?」
「そういうことです。普段は魔物相手の仕事ですが、今回は町の治安維持のために働くことになります。多くの訪問客も訪れるでしょうが、よからぬことを企む者や、祭りの騒ぎに浮かれすぎて騒ぐ者もいますからね。そういうのを取り締まるのです」
「そうなのね」
相槌を打ちつつ、アマリアは「祭り」を想像してみる。
アマリアがこれまで参加したことがある祭りは、修道院時代に近所の村で行われた豊穣祭や花祭りくらいだ。どちらも修道院の女性陣は食事作りや花飾り作りに協力することになっていたし、遊びに行くとしても孤児院の子どもたちの引率なので、ゆっくり遊ぶことはできなかった。
話を聞いていたユーゴが子ども用のスプーンを手に、じっとレオナルドを見上げた。
「まつり……? それは楽しいの?」
「そうだね……僕も何度か各地の祭りに顔を出したことがあるけれど、結構にぎやかで楽しそうだったよ。おいしいものを食べたり、芸を見たり、踊ったりする。あと、行商人とかも集まるから、珍しい品物も見られるね」
「珍しい……!」
つい声を上げてしまい、レオナルドとユーゴの視線が向けられた。
アマリアははっとして口を閉ざし、ポットをテーブルに置いて小さくなった。祭りが気になるのは確かだが、はしゃぐことが許される年ではないし、そもそもアマリアはあまり人前に出ない方がいい。
(レオナルドは仕事で祭りに行くんだし……不謹慎だったな)
誤魔化すように咳払いをしてアマリアが食事を再開させる中、レオナルドとユーゴは互いの顔を見合わせた。
レオナルドが首を傾げると、ユーゴが心得たように頷く。そして彼はスプーンを置き、アマリアの肩をてしてしと叩いた。
「ママ、おれ、まつりに行ってみたい」
「…………え?」
「珍しいものもたくさんあるんでしょ? それにおれ、人間世界の観察がしたいから、おまつりに行きたいよ」
「そ、そうなの? えっと、でも、そうなったら誰かに付いていってもらわないと……」
「何言ってるの。ママが一緒に行けばいいじゃん」
ね? と首を傾げて天使の笑みを向けられたアマリアは、言葉を失った。
そして助けを求めるべくレオナルドの方を見るが、彼もふわっと微笑んで頷く。
「いいんじゃないですか。僕も仕事の休憩時間なら一緒に回れますし、ユーゴが一緒なら何か起きても対処できるでしょう」
「えっ……でも、もしかしたら私のことを知っている人がいるかもしれないし……」
ギルドの傭兵であるレオナルドが警備係になるのだから、他の顔見知りも加わっているかもしれない。いくら十年間の空白があったとしても、皆に迷惑を掛けるかもしれない行為は慎むべきではないか。
(……たぶん、二人とも私のことを気遣って言ってくれている)
それはとても嬉しいが、不安の方が大きいし、何か起きたときのことを考えると胃のあたりが痛くなってくる。
そう思って俯くと、ユーゴが頬を膨らませた。
「お化粧とかすればきっと大丈夫だし、おれもちょっと魔法を工夫してみるから!」
「魔法でどうにかなるものなの?」
「うん。空間魔法って知ってる?」
急に魔法理論の授業になり、アマリアは少々不意打ちを受けつつ頷いた。
「え、ええ。八属性の枠に当てはまらない、高度な魔法でしょう」
「そう。人間では扱える人は限られているけれど、おれたちは人間よりは適性があるんだ。あんまり派手なことはできないけど、空間魔法でママを包み込めば、周りの人間からママを認知されにくくなるんだよ」
ユーゴは胸を張って説明する。
アマリアは魔法論者でも研究者でもないので詳しくは分からないが、ユーゴの力を使えば、人混みに入っても周りから存在を気づかれにくくなり、顔見知りに会っても大丈夫になるようだ。
「そんな魔法があるのね……でも、それを使ってユーゴが疲れたり、せっかくのお祭を楽しめなくなったりしない?」
「本当にママは他人のことばっかり考えてるなー。大丈夫だよ。魔法を掛ける相手が離れていればおれもちょっと疲れるけど、ママにぴったりくっついていればほとんど力を消耗しないで済む。だから、一緒に行こう。ね、レオナルドもいいでしょ?」
「ユーゴがそう言うのなら、その空間魔法とやらに頼ってみるのもいいんじゃないですかね」
レオナルドにも言われたので、アマリアはぐっと言葉に詰まった。
……嬉しい。
アマリアだって、好きこのんで閉鎖的に暮らしているわけではない。自分の立場は分かっているが、それでもたまににぎやかな場所に行き、楽しむくらいはしたいと思っていた。
「……あ、ありがとう。あの……私もお祭り、行きたいです……」
「うん、行こう行こう! 大丈夫、おれがママを守るし、手が空いたらレオナルドだって一緒に行けるんだよね?」
「そうだね。……いつも慎ましく暮らしているあなたがたまに町に出たって、誰も怒ったりはしません。ユーゴもですが、僕がついています。あなたが祭りを楽しめるように僕も尽力するので、一緒に行きましょうね」
そう言うレオナルドの声も少しだけ弾んでいるようで、アマリアの胸が温かくなった。
ユーゴもレオナルドも、アマリアと一緒に祭に行けることを楽しみにしてくれている。そして、複雑な身の上であるアマリアでも楽しめるよう、精一杯尽力してくれる。
「……うん。ありがとう、二人とも。楽しみにしているからね」




