表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
捨てられ白魔法使いの紅茶生活  作者: 瀬尾優梨
第1部 秋から冬
44/137

44 紅茶の効果

 まずい茶を飲んで体調不良を起こしてユーゴに叱られたりしつつ、アマリアは少しずつノートに記載を増やしていっていた。


(なるほど。炎属性で体を温める効果のあるプリネと、氷属性で冷却効果のあるグワムを一緒にしたら、効果が相殺されてしまうのか)


 ふーむ、と唸り、アマリアは研究結果をノートに記した。

 全属性の魔法を扱えるユーゴの協力も得つつ、アマリアは自家製紅茶の効果を少しずつ見出していた。そうしていると、「掛け合わせることで効果が増す」ものや「互いに効果を打ち消し合ってしまう」もの、「新しい効果を生み出す」ものなど、単純な法則ではなさそうだということが分かった。


 しかも、混ぜる分量によって微妙に効果も変わるし、果実をすり下ろすかそのまま漬けて蒸らすか、刻んだ皮を入れるか入れないかなどでも差分が生じる。

 ちょっと飲み比べれば分かるだろう、と安易な気持ちで始めた研究だが、全てを解明する頃にはすっかり年老いているかもしれない。


(でも、日常生活で使えそうなものはあらかた発見できたし、試した甲斐はあったな)


 果物の皮や種などのゴミを捨てながら考えていると、ドアがノックされた。先にユーゴが戸口に向かい、「エヴァが父親と一緒に来てるよ」と確認してくれたので、鍵を開けて二人を出迎えた。


「こんにちは。いかがなさいましたか?」

「いきなりごめん、アマリア! 父さんが、庭木の手入れをしていたら調子が悪くなったみたいなの。診てもらってもいい?」


 いつも朗らかなエヴァだが、珍しく焦った様子で父親の症状を説明してくれた。娘の肩を借りて入ってきた宿屋の主人は汗だくで、もう片方の腕がぷるぷる震えている。


(庭木の手入れ中に……日射病ではなさそうだから、何か毒のある草木に触れてしまったのかも)


 お手伝い大好きなユーゴには冷水に浸したタオルを持ってくるようお願いし、アマリアは玄関に置いている椅子に主人を座らせた。よほどの状態でない限り、白魔法を使う手当は玄関で行うようにしているのだ。


 エヴァには父親の背中を支えてもらい、アマリアはまず問題になっている部位を探すために彼の全身に魔力を流し込んだ。


(……これはかなり広範囲に――ひどいのは左腕と左脚、顔ね)


 主人はここに来てから一言も喋らず――喋れず、説明の全てをエヴァに任せている。顔は汗だくで、呼吸をするのも苦しそうだ。


(体内から毒素が感じられる。やっぱり、外で作業中に毒のある植物に左手で触れて、その手で足や顔を触ってしまったということかな……)


 ユーゴがタオルを持ってきてくれた。こっそり魔法を使ったようで、タオルはほどよく冷えている。それをエヴァに渡して体の汗を拭いてもらいつつ、アマリアは治療を進めた。

 ポルクの周辺に凶悪な毒を持つ植物が生えているとは思えないので、おそらく汁に触れたらかぶれなどの症状の出る植物か何かだろう。


 ひとまず白魔法で体内の毒素を攻撃して浄化し、筋肉の痛みや痺れも緩和させる。

 喉付近の毒素を壊したところで主人ははっと目を丸くし、大きく息を吸った。


「お、おお、口が動く!」

「あっ、父さん、もう喋れるの!?」

「ああ、さっきまでは痺れがひどくて声も出なかったのだが――すまないな、アマリアさん」

「回復したようなら何よりです」


 主人の様子を見つつ、アマリアは残りの毒素も全て浄化し、毒素の入り口らしい左腕の小さな切り傷も治療した。


「これで治療はできました。ただ、これはどう見ても毒素を持つ草木による症状ですので、今日手入れをした庭木の周辺をよく確認してください。たぶんヘロルなどが隠れて生えているはずです」


 ヘロルとは、見た目こそ地味で目立たない低身長の木だが、樹液に触れるとひどい痒みを起こす植物である。果実はそれなりにおいしいのだが、ちょっとの衝撃で枝が折れてどろっとした汁が出てくる。


 少量であれば痒いくらいで済むが、今回のように喉や顔などに付いた場合、呼吸困難になったりまぶたが腫れて目が開かなくなったりと重篤な状態になることもある。

 そのため、ヘロルの実好きでない限り、見つけたら根こそぎ引っこ抜いた方がいいとされている。


 主人は帳簿なども管理していることもあり、読み書きはもちろん、計算も非常に得意だ。そのためカルテにもイラストではなく文字で本日の診断結果を書いてもらい、後日ブルーノに頼んで報酬をもらうことにした。


「あ、そうだ。最近紅茶の研究にはまっていまして、もし時間があるなら新作を飲んでいきませんか?」


 アマリアが申し出たところ、ちょうど宿は別の従業員に任せているようなので、主人もエヴァも快く受けてくれた。


(この前、植物性の毒に効果がありそうなブレンドを発見したんだよね)


 二人をリビングに通してユーゴにタオルの片づけを頼んだアマリアは、上機嫌で厨房に行き、お手製のノートを捲る。


 魔法属性には、黒魔法として炎、氷、雷、風、地の五種類に特殊枠の光と闇を加えて七種類、白魔法の神聖も入れた合計八種類がある。

 一応、灰魔法と呼ばれる援護系魔法も存在するが、ユーゴ曰く灰魔法も属性では黒の基本魔法五種類に分類されるという。アマリアは援護魔法の特性がないので、実際に扱うことはできないが。


 その中の地属性は、植物の育成に関するものも含まれる。地属性で直接攻撃する魔法は少ないが、代わりに大地に根を生やす植物の育成を促したり枯らしたり、岩石を砂に変えたりといったことができるという。


 瑞々しい甘さがあるためユーゴも大好きなフィフィは、地属性だった。そしてこのフィフィを櫛形に切って蒸らした茶は、地属性の魔法効果を強化させたり、耐性を付けたりといった効果があると分かったのだ。


(ヘロルの汁でかぶれたのなら、その後の体力回復にフィフィの紅茶がぴったりのはず)


 もう一つ素材に選んだのは、ラヴィ。このハーブは元々体力回復効果があるとされているが、ユーゴの見立てによるとこれも神聖属性らしく、アマリアが紅茶にすれば少しではあるが体力が回復するそうだ。

 同じ体力回復効果があると思われるムルムよりも匂いが控えめなので、フィフィの爽やかな甘みとも喧嘩しないで済むだろう。


 ポットにフィフィと手で千切ったラヴィを入れ、湯を注ぐ。砂時計をひっくり返して蒸らしている間に、茶菓子になりそうなモレの蜂蜜漬けを出しておいた。甘い蜂蜜と酸っぱいモレのデザートが、毎日仕事を頑張っている親子の疲れを取ってくれるはずだ。


 完成したフィフィとラヴィのフルーツティーをカップに注ぎ、モレの蜂蜜漬けの瓶もトレイに乗せてリビングに向かう。

 途中、タオルを片づけたところらしいユーゴと鉢合わせたが、彼はトレイに甘いお菓子が乗っていると気づいたようできらりと目を輝かせ、「おれが持つよ」とちゃっかりお手伝いを申し出てくれた。


「へえ、これは何の茶だ?」

「フィフィとラヴィのフルーツティーです。疲労回復効果があるので、是非どうぞ」

「へー、きれいな色ね」


 茶に詳しくないらしい主人は不思議そうに聞き、エヴァはカップを覗き込んで微かな波紋を立てる薄緑色の茶を、おもしろそうに見ていた。


 ハーブティーのすっとした味の中に、フィフィの甘みが加えられる。フィフィの実は水分が多めでとろみが少ないので、一緒に蒸らしても紅茶全体があっさりしていて、男性でも飲みやいはずだ。


 普段からアマリアと一緒にお茶をしているエヴァは「あっさりめだけどおいしい!」と言っているが、父親の方は少々ぎこちなく紅茶を口に運んだ。一口飲んで数秒黙った後、「……へぇ、うまいな」と厳つい顔をほころばせたので、いつの間にか緊張で身を強張らせていたアマリアはほっと息をついた。


「なんだか本当に、体の疲れが取れるみたいだ。エヴァも言っていたが、本当にアマリアさんの茶はすごい効果があるんだな」

「そうそう! えーっと……プリネのフルーツティーだったかな? あれを飲んだ次の日、お肌の調子がすっごくよくてねぇ。ひょっとしたら紅茶にもアマリアの白魔法が込められているのかも、ってみんなも噂してるのよ」

「ふふ……さすがに紅茶に白魔法は込められないけれど、そう言ってもらえて嬉しいわ」


 上品に笑いつつ、アマリアは頭の中のメモ帳に素早く、「プリネ……美肌効果あり」と記した。プリネは炎属性で体を温める効果があるので、ひょっとしたら冷え性になりやすい女性の血行をよくし、その結果肌艶もよくなったのかもしれない。


(……私もプリネの紅茶を飲むようにしたら、ちょっとはきれいになれるかな)


 ぼんやりと思いながら紅茶を啜るアマリアを、隣に座っていたユーゴは何かを探るような目で見つめていた。

植物辞典⑨

ヘロル……ウルシ強化版のような植物。樹液に触れると痒くなる。果実は食べられなくもない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 低身長の木→低木 身長は人間の高さを表すので、木には使えないのでは。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ