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捨てられ白魔法使いの紅茶生活  作者: 瀬尾優梨
第1部 秋から冬
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43 ユーゴの思い

 今日は非常にいい狩りができた。


 アマリアから離れないように、何かあってもすぐに飛んで戻れるように、近場での狩りとなったが、毒持ちだが非常に美味な大蛇をおいしくいただき、アマリアへの手土産に木の実も収穫してきた。アマリアに教わっているのでユーゴも最近はだいたいの木の実の種類が分かるようになっていたので、きっと褒めてくれるはずだ。


「ママ、ただいまー!」


 意気揚々とドアを開け――ようとしたが、鍵が掛かっていた。そういえば前の事件があってから、鍵を掛けるようにしたのだった。


 木の実を包んだ上着を持ち直し、トントンとノックをする。だがなかなか扉が開かないのでふと不安な気持ちになったところで、ようやく内側から鍵が開けられる音がした。


「ママ、ただいま! 今日はね……」


 早速本日の成果を報告しようとしたユーゴだが、ドアを開けたアマリアの顔を見るとぎょっと目を見開き、せっかく集めた木の実をバラバラと玄関ポーチに落としてしまった。


 ドアを開けたアマリアは、非常に顔色が悪かった。中腰になってドアにもたれかかるような姿勢になっているし、目も虚ろだ。


 まさか――と思った瞬間、ボッとユーゴの胸に炎が灯った。


「ママ、どうしたの!? 誰かに何かされたの!?」

「ユーゴ……違うの。ごめんね、心配させて」

「何が違うの!? ママ、体調が悪いの!?」

「そうじゃないの。……いえ、実はそうなんだけど、自分でやったことだから」

「……どういうこと?」


 胸の奥をふつふつとたぎらせたまま、ユーゴは詰問する。

 大好きなアマリアにこんな態度を取りたくはない。だがアマリアは優しいから、誰かに何かをされても我慢して自分の胸に隠しこむかもしれない。


 もしそんなことがあれば。そんなことをする奴がいれば。

 ユーゴは――


 アマリアはゆっくり瞬きをした後、ふっと微笑んでユーゴの額にキスをした。それだけでユーゴの中の怒りはかなり収まり、今度は体調不良の母を案じる気持ちで胸が一杯になった。


「あのね、実はこの前ユーゴから教えてもらったことの研究をしていたの」

「……植物の属性と紅茶のこと?」


 アマリアは頷き、少し気分がよくなったのか真っ直ぐ立って視線を逸らした。


「……レオナルドやユーゴに、おいしくて元気になれる紅茶を淹れてあげたくて。それで、色々な属性を持つハーブや果物で紅茶を作ってみたの。その……これまでやったことのないブレンドにも挑戦してみて」

「……」


 なんとなく話の流れが分かり、ユーゴは言葉を失った。


「……もしかして、ものすごくまずーいのができちゃった?」

「……絶対に捨てたくなかったから」

「あー……もう、ママは無茶しすぎ! ちょっとは加減ってのを考えてよ!」


 ユーゴはぐしゃぐしゃと自分の髪を掻きむしると、ひっしと母に抱きついた。

 さっきまで様々な紅茶の調合をしていたからか、その体からは一言では形容しがたい不思議な香りがした。


「属性の効果だけを考えるからまずいのができたけど、我慢して飲んだから気分が悪くなったんだよね!? もー! ママが倒れたらどうしようって、心配しちゃったじゃん!」

「ごめん……ごめんね。でも、素材を無駄にはできないし……」

「分かってるよ。でも、ママ。おれやレオナルドのために色々やってくれるのは嬉しいけど、無茶はだめだよ! ママはおれと違って人間だし、レオナルドと違って女の人なんだから、もっと体を大切にしてよ!」

「うん……うん、そうよね。ごめんなさい、ユーゴ」


 いつもはいたずらをしたりとんでもない発言をしたりして、ユーゴがアマリアに叱られたりお尻ペンペンされたりするのだが、今日ばかりは立場が逆だ。

 胸の前で両手を組んでしょぼんと項垂れるアマリアはなんとも儚げで、ユーゴが守ってやらなくては、と思わせた。


 ひとまず玄関にばらまいてしまった木の実を二人で回収し、アマリアはそのままリビングのソファに伸びた。厨房を見てみたのだが、アマリアは最低限の片づけはしたようで思ったよりも掃除されていた。


 ふと、テーブルの上で何かがひらひらしているのが見え、ユーゴは椅子を持ってきて踏み台にしてそれを見てみた。


「これは……本?」


 竜や魔物は文字を必要としないため、ユーゴも人間の文字を読むことはできない。アマリアが読んでくれる本の一種かと思ったが、どうもここに書かれているのはアマリアの直筆のようだ。


 文字は読めないが、おそらくここに書かれているのは紅茶を作る上で必要な情報だろう。ペラペラと捲ってみたが既にかなりの文字が記されていて、なぜか、つきん、とユーゴの胸が痛んだ。


「……ママがやりたいことをできるように応援するのも、おれの役目だよな」


 呟いた後、ユーゴは床に降りてとととっとリビングに向かった。失敗作を飲んで体調不良のアマリアはうとうとしているようで、二人掛けのソファで狭そうに横になっていた。


 ふと、部屋の隅に置いている毛布を見つけて、ちょうどいいと思ったが――それは普段レオナルドが寝る際に使っているものだと思い出して、一瞬躊躇った。

 だがレオナルドへの対抗心とアマリアを気遣う心の決闘の決着はあっけなく付き、ユーゴは毛布を抱えてソファに回り、アマリアの体に掛けてやった。


 肌寒い時期になっているからか、毛布を掛けるとアマリアはふわっと微笑んだ。母のそんな笑顔を見るとユーゴの胸にも春が来たように温かくなり、毛布の隙間から覗く手をぎゅっと握った。


「……大好きだよ、ママ」


 もしアマリアが、自分よりもレオナルドの方が大好きでも。

 彼女がユーゴよりレオナルドの方を優先させる未来が来たとしても。


 ずっとずっと、ユーゴはアマリアのことが大好きだ。

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