42 アマリアの研究
翌朝、レオナルドは旅支度を調えてポルクを発つことになった。
あくまでも彼の本業は傭兵。この家は彼が仕事の合間に休憩する場所なので、金を稼ぐためには積極的にギルドに行って依頼を受けなければならない。
「ユーゴが、ムルムが神聖属性だって教えてくれたの。だからたぶん、これを飲めば少しずつ体力が回復するはずよ」
今日の弁当と一緒に紅茶入りの水筒を渡しつつ、アマリアは説明した。
植物の属性については未解明のことが多いが、ユーゴは今家にあった素材の属性とだいたいの効果を教えてくれた。といってもユーゴも「実際に魔物と戦って効果が現れないと、分からないけど」と自信なさそうだったので、試行錯誤が必要になりそうではある。
香りの強いムルムはおそらく神聖属性なので、白魔法と同じような効果があるはず。ムルムだけだと少々えぐみがあるので、爽やかなモレで緩和させる。ちなみにモレはユーゴ曰く風属性らしいので、もし風属性魔法の得意な魔物と戦うことになっても有利に動けるはずだ。
弁当と水筒を受け取ったレオナルドは礼を言って鞄に入れた後、ふと微笑んで頬を掻いた。
「……この前も思ったんですが、なんだかこういうのって、ちょっと照れますね」
「こういうの?」
「こうやって、弁当や飲み物を準備してもらって、玄関で見送ってもらうことです。……昔は旅に出るあなたを僕が見送る立場だったので、あなたに見送ってもらえるのは新鮮ですし、嬉しいことですが……なんだか照れくさくて」
「……」
それは、もしかしなくても――
(まるで、夫の出発を見送る妻みたい、ってこと……?)
勝手な想像をしておきながら非常にいたたまれなくなり、アマリアはカッと熱を放つ両頬を手で押さえた。
だが――ほぼ同時にレオナルドも顔を背け、口元を手で覆っていた。髪の隙間から見える耳は真っ赤だ。自分で言っておきながら、彼も照れているようだ。
しばし、玄関に立ったまま二人とも照れ照れしていたのだが、いつまでも突っ立っているわけにはいかない。
「いってきます」「いってらっしゃい」のやり取りをしてレオナルドを見送った後、玄関のドアを閉めたアマリアは大きな息をついてその場にしゃがんだ。
……先日、レオナルドへの想いを自覚してからというものの、自分はとことん馬鹿になったと思う。
レオナルドが自分に向ける想いは敬愛とか尊敬とかだというのに、アマリアはレオナルドを異性として意識しまくっている。
ふと並んだときに身長差を感じてどきっとしたり、上着のあわせから覗く喉仏を見て顔が熱くなったり、ユーゴを抱き上げて一緒に風呂に行く後ろ姿を見てときめいてしまったりと、乙女思考に浸かる自分が情けないばかりだ。
(ううっ……私はユーゴの母親なんだから、レオナルドへの片想いに現を抜かしている場合じゃないのに!)
しっかりしろ、とぴしゃりと手で頬を打ち、立ち上がる。頬は痛いが、頭は冷えた。
三人で朝食を食べた後、ユーゴは「獲物の匂いがする」と言って森に出かけていった。竜の本性でもあるのだから、彼が狩りに行くのを止めることはできない。
だがユーゴはアマリアの安全を考えて遠くには行かないようにしているし、アマリアもユーゴが狩りに行っている間は家の鍵を閉め、来客が来ても知人でなければ絶対に解錠しないとレオナルドと約束していた。
ポルクの皆も、以前レオナルドとユーゴの不在中に襲撃を受けたことを聞いているので、それとなく気を遣ってくれているのがありがたい。今度、いつも気に懸けてくれている皆に紅茶を振る舞いたいものだ。
午前中に掃除や洗濯を終わらせ、昼食の下ごしらえも早めに済ませておいた。
芋は皮を剥いて水にさらす必要があったので冷水に浸しつつ、アマリアは先日雑貨屋で購入したノートとペンを厨房のテーブルに置いた。
(……よし、研究開始だ!)
家事用にまとめていた髪をくくり直し、気合いを入れる。
ユーゴは、植物にも属性があると言っていた。上級魔族の本能なのかほとんどの属性を言い当てることはできたが、それが紅茶作りでどのような効果を及ぼすかまでは分からないという。
というのも、同じ「炎属性」でも種類によって違いがありそうだというのだ。紅茶として摂取することで「炎属性の魔法の威力が上がる」ものと、マグラムのように「炎属性魔法への耐性が付く」もの、そして「体温が上がって寒さに強くなる」もののように、効果が異なる可能性があるという。
(となると、今朝レオナルドの紅茶で使ったムルムやモレも、私の予想とは違う効果が出るのかもしれないのね……)
今朝の残りであるムルムのかけらと半分に切ったモレもテーブルに並べ、じっと見つめる。
ちなみにユーゴ曰く、「異なる属性のものを同時に摂取して拒絶反応が出ることはないはず」とのことだった。確かに、十年前のアマリアは植物の属性や自分の力を知らず、ただおいしい紅茶を淹れて仲間に振る舞い、身体能力強化に一役買っていた模様である。そのときに副作用が出たとか異なる属性がぶつかって劇薬になるとか、そういうことは起こらなかった。
(ブレンドする際、属性同士の相性はそこまで考慮しなくていい。となったらやっぱり優先すべきは、味の方ね)
ハーブや果実でも、合う合わないがある。極端な話、全属性に耐性を付けるためにあらゆる種類の材料をポットにぶち込むことでできた紅茶は、おそらくとてつもなくまずいだろう。そうなれば、不思議な効果が出るかどうかも怪しい。
そういうことで、アマリアは暇な時間で紅茶の属性研究を行うことにしたのだ。材料を無駄にするのははばかられるので、それぞれ作るのはごく少量。そして作ったものはアマリアが責任を持って全て飲む。おいしいのができればユーゴにもあげようと思うが、失敗したからといって捨てたりはしないと胸に誓っている。
ノートにはハーブや果実の名前を記し、マグラムのように今のところ確実に判明している属性や効果をメモしている。
もしかするとブレンドによって新しい効果が生まれたり、逆に効果がなくなったりする可能性もあるので、研究は非常に充実しそうだ。




