41 不思議な紅茶②
アマリアが挙動不審になったからか、レオナルドはカップを置いてそっとアマリアの両肩に手を載せた。そして微笑み、労るように肩を撫でてくれる。
「すみません、心配させるようなことを言っちゃいましたね。……僕は魔法の適性がないので普段から魔物の魔法には細心の注意を払っています。ですが、今回は商人を守ろうとしていたため反応が遅れてしまいました」
「う、うん……」
「でもですね、火傷で腕の皮膚をやられるくらいのことは覚悟していたんですが……不思議とほとんど痛くなかったのです。着ていた服は焼けこげていましたが、その下の皮膚はほぼ無傷。同行していた白魔法使いからも、『あの距離でよくかわせたな』と感心されました」
「……」
レオナルドが火炎魔法を食らったところを見ていたその白魔法使いからすれば、火傷を負ってもおかしくない状況だった。しかしほぼ無傷で済んだのだから、「ぎりぎりでかわせた」と判断したのだろう。
だが、アマリアにはうっすら分かっていた。
「……もしかして、それも私の紅茶を飲んだから?」
「あり得るね。……ママ、人間はあまりピンとこないらしいけれど、おれたち魔族にとって、人間界に生えている植物ってのはそれぞれ属性と固有の効果を持っているんだ」
ユーゴに言われ、アマリアは首を捻った。
火傷に効くハーブ、血を作る成分になる野菜、妊婦のつわりに利く果実といった知識はアマリアも持ち合わせているが、ユーゴが今言いたいのはそういうことではなさそうだ。
(そもそも属性って、人間や魔物にしかないものじゃないの……?)
人間の黒魔法使いにも、炎魔法が得意だとか、雷魔法しか使えないとか、そういった属性がある。ちなみにアマリアは白魔法専門なので、分類をするとしたら「神聖」属性に分けられる。
「植物にも属性があるの?」
「うん。たとえば、レオナルドが仕事に行くときに持っていった紅茶。あれって確か、ラヴィとマグラムを入れていたよね? マグラムは炎属性の植物で、その木の実には炎の力が宿っているんだよ」
ユーゴは説明するが、アマリアはレオナルドと顔を見合わせた後、同時に首を捻ってしまった。
おそらくレオナルドもまた、ころんとした丸いマグラムの実がいきなり燃え上がった場面を想像したのだろう。
ユーゴはアマリアたちの表情を見ると、だいたいのことを察したようで、ぽりぽりと頭を掻いた。
「……あー、なんて言えばいいのかな。人間は魔法という形で自分の属性を発揮できるけれど、植物はそうじゃない。一応分類として属性は持っているけれど、それが表に出ることは普通、ないんだ。でもママが紅茶を淹れたら、その材料になった植物の属性を発揮することができるっぽいんだよ」
「……だから、アマリアさんがマグラムを使って淹れた茶を飲めば、一時的に炎魔法への耐性ができるということですか?」
「確信は持てないし例外もあるだろうけれど、おれはそう考えている」
ユーゴはレオナルドに頷きかけた後、アマリアに視線を向けてきた。
「もしかすると、ママの力をもっと研究したら色々な場面に対応できるかもしれないね。おれも人間界の植物に詳しいわけじゃないけれど、工夫すればレオナルドの怪我が減るかもね」
「……」
ユーゴの言葉に、アマリアは目を瞬かせた。
アマリアは修道院育ちだがシスターではないので、世のため人のために無償で尽くせるような清貧の心を持っているわけではない。自分が母から譲り受けたらしい紅茶の力だって、有効に使いたいとは思うが悪目立ちしてこの前の三人組のような者たちの目に付くのは避けたいと思っている。
(でも、工夫すればレオナルドたちのためになる……?)
いくら仕事とはいえ、好きな人が傷つくのは嫌だ。アマリアの紅茶でレオナルドを守ることができるのなら、紅茶淹れの研究をする価値があるのではないだろうか。
アマリアが乗り気になったからか、ユーゴはにやっと笑ってアマリアの膝に擦り寄った。
「ママ、レオナルドのためだって分かったらその気になったね。そんなにレオナルドのことが好きなの?」
「えっ」
弾かれたように視線を落とすと、ユーゴは天使のような美しいかんばせをほんの少し寂しそうに歪め、うるうるの目でアマリアを見上げていた。
「ママはやっぱり、同じ人間の方がいいのかな? おれよりもレオナルドの方が、好き?」
「お、おい、ユーゴ! アマリアさんを困らせるんじゃない!」
すかさずレオナルドが立ち上がり、アマリアの膝にスリスリ頬ずりして甘えていたユーゴの腰を掴んでべりっと引きはがした。これまではアマリアとユーゴのやり取りを距離を置いて見守ることの多かったレオナルドだが、いやに積極的だ。
レオナルドに抱えられたユーゴは「なにするんだー!」とじたばた暴れていたが、竜の力でレオナルドを吹っ飛ばそうとはせず、あくまでも子どもらしく可愛らしい抵抗をするばかりだ。
(もしかして、仲間はずれにされた気分になっちゃったのかな……?)
はっとした。
ユーゴはアマリアのことを母と慕ってくれるが、レオナルドのこともかなり気に入っているようだ。となると、アマリアとレオナルドの距離が近くなれば自分の居場所がなくなってしまう、放っておかれてしまうと心配しているのかもしれない。
(……レオナルドのことは好きだけれど、だからといってユーゴを放置していいわけがない)
自分の感情ばかり優先させるなんて、母親失格だ。
己の甘さを悔やみつつ、アマリアはしゃがんでユーゴの頬にそっと触れた。
「ユーゴの言うとおり、私はレオナルドのことが大好きよ」
「えっ」
「えっ」
なぜ、レオナルドだけでなく、ユーゴも驚くのだろうか。
「でもね、ユーゴのこともとっても大切なの。だから、心配しなくても大丈夫。私はずっと、ユーゴのママだからね」
「ママ……」
ユーゴは惚けたようにアマリアを見ていたが、すぐにふにゃりと笑うと抱っこを求めて腕を伸ばした。レオナルドが解放してくれたので、ユーゴはアマリアに抱きつくと頬にキスをした。
「……うん! おれも、ずっとママのことが大好きだから!」
「ふふ、ありがとう」
機嫌が直ったようなのでほっとして、アマリアもユーゴの頬にキスを返してやった。
そんな親子を、レオナルドは苦笑しつつ暖かい眼差しで見守っていた。




