40 不思議な紅茶①
アマリアはしっかり体調を整えてから、皆に礼を言うために集落を回ることにした。
だがアマリアが礼を言う前に「大丈夫なの!?」「今度変な連中が来たら、俺たち総出で出迎えてやる!」と声を掛けられた。
思わず隣を見上げると、付き添ってくれていたレオナルドはアマリアを見下ろし、ふわりと微笑んだ。「だから言ったでしょう?」と柔らかに細められた灰色の目に諭されて、なんとなく面はゆい気持ちになってしまう。
一応アマリアはお礼を言いに回ったのだが、集落を一周して帰宅したときにはなぜか、レオナルドの腕一杯に贈り物が抱えられることになっていた。
「ごめん、レオナルド。こんなことになるとは思っていなかったわ……」
「かさばるわりに軽いから気にしないでください。なんといっても、あなたが皆に愛されている証ですからね」
「も、もう!」
レオナルドにからかわれたので、ごく弱い力でぱんっと背中を叩いた。
レオナルドは一瞬驚いたように動きを止めた後、なぜか赤い顔でそっぽを向いてしまった。背中を叩かれて顔を赤くするとは、これはいったいどういうことなのだろうか。
帰宅すると、ユーゴがお迎えしてくれた。ユーゴは留守番をしながら、先日あの三人組に汚されたおもちゃを丁寧に磨いていたのだ。「大切にしてくれるおもちゃを守れなくて、ごめん」と謝ったときには、「おもちゃは買い直せるけど、ママはそうもいかないもん。だから、謝らないで」と、幼児に慰められてしまったものだ。
リビングは、既にほぼ元通りになっていた。泥は掃き出してソファのカバーなども全部洗濯したし、壊れた家具も直してもらった。
エヴァが譲ってくれたクッションだけはどうしてもへこんだまま戻らなくて泣きたくなったが、「あの汚い連中の尻に潰されたのがアマリアじゃなくてあたしのクッションでよかった」とエヴァはからりと笑い、新しいものを作ってくれるとまで言ってくれた。
さて、ポルクの皆が譲ってくれたのはどれも野菜や果物などの食材で、そのうちの半分はアマリアの趣味である紅茶作りにも使えそうな素材だった。
ひとまず厨房のテーブルに広げ、一つ一つ確認していく。レオナルドは植物などにはあまり詳しくないようなので、アマリアの指示を受けて食料庫に運んだり、壺に入れたりしてくれた。
「……うそっ、これってまさか、ロア・プリネじゃない!?」
ころんと転がった丸い果実を見て、アマリアは思わずうわずった声を上げてしまった。
それを聞きつけたらしく、食料庫から戻ってきたレオナルドやおもちゃで遊んでいたユーゴもやってきて、どれどれとアマリアの持つ果実を見てくる。
「ロア……とは、レアンドラよりずっと南にある島国ですよね? 一年中温暖な気候で、海の幸が豊富だという」
「おれの知ってるプリネより濃い色をしてるね」
二人は見覚えがないようで、しげしげと橙色の球体を見ている。それもそうだ。
「これはレアンドラでも栽培されるプリネの一種で、その名前の通りロア王国が主な生産地なの。といっても植物学上プリネと形態が似ているだけで、味も見た目も全然違うんだけどね」
よくアマリアが雑貨屋で買うプリネは、片手の平に収まる大きさで皮は固く、中身はとろみがあって爽やかな甘みがある。だが南国であるロア特産のロア・プリネは表皮も中身もかなりきつい橙色で、プリネよりも大きくて楕円形をしている。
また果肉はさらにとろみがあり、ものによっては粘っこいとさえ感じられる。甘みにも独特の風味があり好みが分かれるというが、アマリアはこの希少な果実を辞典で見るだけだったので、いつか実際に食べてみたいと思っていたのだ。
誰にもらったのかは忘れてしまったが、大粒のロア・プリネは三個あった。まず一つを味見して、もしいけそうなら紅茶にしてみてはどうだろうか。
その他の食材もそれぞれの保管場所に置いたところで、早速アマリアはロア・プリネの試食をすることにした。
果実を洗い、包丁で皮を剥く。本家プリネよりは皮が柔らかめなので剥きやすいが、果実が少々ぬるぬるするため、包丁が滑りやすくなってしまうので注意が必要だ。
ひとまず、皮を剥いて大きな種を取ったロア・プリネをざくざくっと八等分し、ひとつ食べてみる。
(……んー……これは、予想以上に甘くて味がしつこくて、粘り気がある)
せっかくなのでリビングで待ってもらっていたレオナルドとユーゴにも試食を頼んだところ、「ちょっと僕には甘すぎるかも」「結構匂いがきついねー」といったコメントをもらった。
甘いものがそれほど好きではないレオナルドは一切れで十分だったようなので、残りをユーゴと一緒に食べながら、この果実の使い道を考えてみる。
(ケーキの生地に練り込んで焼くのが一番無難かもしれないな。もしこれを紅茶のアクセントにするとしたら、他のフルーツティーみたいに素材の味だけで抽出するんじゃなくて、茶葉メインにした方がいいかもしれない)
早速、二つ目のロア・プリネを剥いてユーゴに頼んで竈に火を付けてもらった。そして、最初にブルーノの店で買った三つの紅茶缶を並べてみる。
(ロア・プリネはとにかく味が濃くて甘いから、合わせる茶葉はあっさりめの方がいいかな)
そうして選んだのは、三種の中では一番あっさりしていてクセの少ない種類のもの。湯が沸くまでの間にロア・プリネを潰し、下ごしらえしておいた。
まず、一杯目は茶葉とロア・プリネを一緒にポットに入れ、蒸らしてみた。カップに注いだ茶はきれいな夕焼け雲の色だったが、飲んでみるとわりとあっさりしていて、蒸らしたおかげかほとんどとろみが消えていた。
二杯目は、一度普通に抽出した紅茶にロア・プリネの果実を入れてみた。果肉をそのまま入れることになるのでもろもろとした破片がそのまま浮くことになるが、一緒に蒸らすよりは味がしっかり感じられた。ただ、果実の繊維がそのまま残っているので、歯の隙間に挟まってしまいそうだ。
(レオナルドは一杯目の方で、ユーゴは二杯目の方がいいかな)
ユーゴの魔力で一杯目の方もほどよい温度に冷やしてもらっているので、両方とも冷ましてからリビングに持っていった。ちょうど午後のお茶の時間になっていたので、炙ったナッツもおつまみに添えておく。
アマリアの読み通り、甘いのが苦手なレオナルドは一杯目のあっさりめが、甘いのが大好きなユーゴは二杯目のこってりとろりとしたロア・プリネティーが気に入ったようで、どんどんお代わりした。
「……んー、やっぱり市販の茶葉を使ったものは、ママが一から作ったものよりもずっと効果が薄いなぁ」
二杯目を飲みつつ、ユーゴが呟いた。興味を惹かれ、アマリアは空いている椅子に座ってユーゴの手元を覗き込む。
「やっぱり違うの? ……その、私が淹れた紅茶で不思議な効果が現れるっていうけれど、まだ信じられなくて」
「あ、そういえばこの前アマリアさんが持たせてくれた紅茶、やっぱり効果がありました」
レオナルドも思い出したように言い、右手の指を折って日数を数え始める。
「水筒に入れていた紅茶はその日のうちに全部飲んだのですが、それから三日ほどは体の調子がかなりよかったですね。僕は他の傭兵と一緒に商人の警備をしていたのですが、一度、火を吐く小型の魔物の不意打ちを受けたのです」
「火……大丈夫だったの?」
にわかに不安になり、アマリアはささっとレオナルドの体に視線を走らせた。
人間も魔物も適性によって魔法を扱えるが、魔法に対する防御力というものも存在する。基本的に、黒魔法にしろ白魔法にしろ魔法の才能を持つ者は魔法の影響を受けにくく、逆に魔法の適性がない者はちょっとした魔法でも大怪我を負ったり動けなくなってしまったりする。
(レオナルドは確か、魔法の適性はなかった。私ならちょっと熱いで済む炎も、彼にとっては命の危険にすらなりうる――)
植物辞典⑧
ロア・プリネ……マンゴーのような果実。南国ロア発祥。とろみが強くて独特の匂いがある。




