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捨てられ白魔法使いの紅茶生活  作者: 瀬尾優梨
第1部 秋から冬
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39 男たちの会話

 アマリアは、ユーゴにも礼を言いたがっていた。だが今の間にユーゴはどこかに行ってしまったようなので見つからず、また戻ってきてから話をしようとレオナルドは言い聞かせた。


 アマリアは軽食を摂った後、もう少し上で休むことになった。レオナルドは紳士的に手を貸して彼女を寝室まで連れていき、大人しくベッドに横になったアマリアの額におやすみのキスをした後、リビングに戻った。


 そこで、金髪の少年がレオナルドを待ちかまえていた。


「あっ、ユーゴ。……すまないな、気を遣ってもらって」

「気にするでない。我とて、空気を読むことくらいできるわ」


 腕を組んでリビングの中央に立っていた少年は、いつも母親に対するときとは全く違う口調と声音で素っ気なく言い、ソファに座った。


 レオナルドは苦笑し、「紅茶のおかわり、いるかな?」と問うた。ユーゴが頷いたので冷めかけの茶を淹れてリビングに戻り、少年の正面に座る。

 一口飲んだが、やはり薄いわりに渋い。ユーゴは蜂蜜を入れて甘くしているが工夫しても苦いようで、絶対にアマリアの前では見せないような可愛らしくない顔で飲んでいた。


「……ギルドの方の処理はうまくいくのか?」


 ユーゴに問われ、責任を取って積極的にまずい茶を飲んでいたレオナルドは頷いた。


「あの三人は、『仕事の合間に向かった地方で、不慮の事故に逢った』ということになるはずだ。今すぐに登録解消ということにはならないだろうけれど、元々冒険者や傭兵はしょっちゅう命が消える仕事だ。誰も気にしないだろう」

「そうか、ならばよいのだ」


 ユーゴはにやりと邪悪に笑った後、「まずいなぁ」と言いつつ茶を飲んだ。


「して、レオナルドよ。そなたはこれからもギルドでの傭兵の仕事を続けるのであろう?」

「……本当は、仕事なんか行かずにずっとアマリアさんを守っていたい。でも、金がないといざというときにアマリアさんを困らせてしまう。ただでさえ僕はいきなり転がり込んだ居候だし、アマリアさんより食費なども掛かるからな。……ユーゴは僕の判断を、咎めるか?」

「別に、そなたとママが決めたことなら我が口を出すつもりはない。我こそ、ママに養われている身だからな。……だがなぁ」


 ユーゴは幼児らしくむちっとした脚を尊大に組み、おおよそ子どもらしくない湿気た三白眼でレオナルドを見つめた。


「そなた、ママの家の居候になっていることを気にしているのなら、いっそつがいになればよかろうに」

「つが――ちょっと待ってくれ、ユーゴ。おそらく君は、人間の結婚概念を勘違いしている」

「むっ、そなた、我を無知な童子扱いするつもりか。我とて人間の結婚や子作りのことくらい知っておるわ」


 明らかにご機嫌斜めになったらしいユーゴは赤い唇をツンと尖らせ、レオナルドの胸をびしっと指差した。


「人間も我らと同じように番って、子を為すのであろう? 人間は我らのように卵で生まれるわけではないようだが、男と女が番えば子が生まれる。そなたはややひょろいが男、ママはれっきとした女だ。そなたがママと番えば、そなたは世間体を気にすることなくこの家にいられる。子も生まれれば、よりいっそうママとの絆も深まるであろう」

「流れとしては間違っていないかもしれないけれど、色々突っ込みたい」


「なんだ、何か不都合でもあるのか? ……ううむ、確かにそなたがママに子を産ませれば、養子たる我の立場が危うくなるか……? いや、だがママはきっと我のことも変わらず愛してくれるだろうし、我はおにーちゃんというものになるのであろう? うむ、そうなったら我は兄として、弟妹の世話を焼いてやろうではないか」

「……色々自分で納得しているところ悪いけれど、まず大前提はどうなんだ?」


 未来予想図を頭の中に描いてまんざらでもない様子のユーゴだが、レオナルドは冷静に突っ込んだ――つもりだ。

 顔が熱いし耳も赤くなっていると思うが、声だけは極力震えないようにして、大人の男としての矜持を保つよう努力した。


「魔族や竜にどういう結婚観があるのかは分からないけれど、君が考えているような展開になるためには、まず男女が互いを想い合っているという前提があるべきだと、僕は思うんだ」

「それの何が問題なのだ? そなたとママは深く愛し合っているだろう?」

「えっ」


 見た目は五歳、中身は数百歳の竜を窘めてやろうと思ったのに、レオナルドは思ってもない一撃を返されて言葉に窮してしまった。


 ユーゴは脚を組み直し、人差し指の先で天井――アマリアのいる寝室を示した。


「少なくとも、そなたはママのことを愛しているはずだ。そうでなくただの昔なじみであれば、ここまで心を砕いたり気を遣ったりはせんだろう」

「……」

「それに、好いておらんと言うのなら先ほどの振る舞いは何だ? 我はママの背後でそなたの様子を見ていたのだが、ママを見るそなたの目は情けないくらいにとろけていたし、もう見ているだけでそなたが熱烈にママを思っていることが分かった。あまりの有様に背中が痒くなって退室したくらいだ」

「……」


 レオナルド、二十三歳。

 子どもの頃よりは多少弁舌が巧みになったと思っていたが、黄金の竜相手に完敗である。


 だがここでグダグダ言い訳するのは格好悪さに拍車を掛けるだけだ。

 レオナルドは溜息をつき、項垂れた。


「……どうして君は、僕にだけこんなに手厳しいのかな」

「何を言うか。我はママ以外の人間はわりとどうでもいいが、そなたやこのポルクの民はまだましな部類に入れている。それに、我はそなたと同じ性別だからか、同じ雄の感情は不思議とよく分かるのだ」

「……もしかして、これまでにアマリアさんに近づく若者たちを威嚇していたというのも、男同士で何かを感じていたからなのか?」


 もしかして、と思っていたことを問うと、ユーゴはにやりと笑った。


「うむ。中には下心満載でママに近づく者もおるからなぁ、蹴散らしておいた。そなたもそれなりの下心はあるようだが、他の連中よりはずっと清廉だし信頼に値する。そなたならママと番って我の養父になってもよいと思うくらいにはな」

「はは……認めてくれて、ありがとう」

「よいよい。……まあ、そなたが仕事に行っている間のことは、我に任せてくれ。今回は……その、我も不覚だったが」

「それならアマリアさんも気にしていないみたいだから、いいんじゃないかな。……僕のために獲物を狩りに行ってくれたんだろう?」


 昨日、ポルク付近の森でばったり出会ったユーゴは、見事な鳥を仕留めてずるずると引きずっているところだった。

 なにやらばつの悪そうな顔のユーゴと話をしながら戻っていたら、集落が騒がしいことに気づいた。ユーゴが鳥を隠している間にレオナルドは急ぎ駆け戻り、家から騒ぎ声が聞こえたことでリビングに飛び込んだのだ。


 ……大柄な男に乱暴に担がれ涙を流すアマリアを見たとき、目の前が真っ赤に染まった。

 大切な人を傷つけ、悲しませたこの男を、許さない。殺したくらいでは気が済まない。


 この集落に来たこと、アマリアを傷つけたことを、死んでも悔やませるくらいの報復をしてやりたい――これほどの激情に駆られたのは、生まれて初めてのことだった。


 かつて自分の頭を撫で、抱き上げてキスをしてくれたアマリア。

 悪いことをしたら叱られたけれど、その後には必ずぎゅっと抱きしめてくれた。


 彼女がアルフォンスに付いていくと決まってから、急いで押し花のお守りを作った。「再会」を約束してキスしたけれど、もし自分がもっと大人だったらこんな子どもっぽいキスではなく、物語に出てくる騎士が姫に誓うような神聖なキスができたはずなのに、と一向に伸びない自分の身長や薄っぺらい体に恨みを抱いたものだ。


 だが、今は守れる。アマリアより年上になり、身長も高くなり、強くなった。

 ときにはユーゴに頼らなければならないだろうが、この手の届く範囲にある限り、大切な人を守ってみせる。


 それは、子どもの頃から変わらない、レオナルドの一生の目標だった。

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