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捨てられ白魔法使いの紅茶生活  作者: 瀬尾優梨
第1部 秋から冬
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38 芽生え

 さっ、とリビングに冷たい空気が流れた。

 アマリアの膝の上に乗っていたユーゴの目が見開かれ、その瞳孔が細まった。一瞬だけは虫類の目のようにぎらりと双眸が輝いたが、彼はうるうると目を潤ませると、アマリアの首筋に抱きついてきた。


「そんなこと言わないで、ママ! 悪いのはママをいじめる奴らなのに、どうしてママが出ていかないといけないの!?」

「ユーゴの言うとおりです。……アマリアさん。あなたは、誰も傷つけず静かに過ごしたいと願っている。そんなあなたを害そうとする者こそ、滅ぶべき。あなたは胸を張り、あなたの特技を生かし、皆に頼りながら生きればいいのです」


 レオナルドも語気を強めて言うが、今のアマリアにはそんな二人の思いやりに満ちた言葉も胸に痛かった。


「……私がいるから、レオナルドがユーゴが傷つくかもしれないのに? ブルーノさんやエヴァたちにまで被害が及ぶかもしれないのに?」

「……アマリアさん。また体調が整ってから皆に挨拶をしていただければいいのですが……ブルーノさんたちは、ずっとあなたのことを心配していました。そして、あなたのためなら皆、剣を取ることも厭わないと言っていたのですよ」


 ユーゴの背中に回していた手の片方がそっと握られた。

 アマリアの手を目の高さまで持ち上げたレオナルドは、真摯な灰色の目でアマリアを射抜いてくる。


「誰にでも笑顔で接し、白魔法で皆を助け、得意の紅茶で皆の心を癒すあなたは、皆から必要とされているのです。……ブルーノさんも、あなたが願うならいつでもポルクの住人として正式に受け入れるし、警備を増やしたいのなら男衆にも依頼すると言っていました」

「……」

「皆、自分にできることなら喜んで手を貸すと申し出てくれました。エヴァさん――は、宿屋の娘ですよね。彼女は、もし困ったことがあるならいつでも宿屋に駆け込んでくれと言っていましたよ」

「……そう、なの?」

「アマリアさん、あなたはここにいていいんです。ここで生きて、幸福に暮らして、皆の手を借りてもいいんです」


 ここにいていい。

 生きてもいい。

 皆に頼ってもいい。


 レオナルドの言葉はすぐには飲み込めなかったが、時間を掛けてゆっくりゆっくりと、アマリアの荒んだ心に染みこみ、頑なになっていた心を解きほぐしてくれた。


 ――音を立てず、するりとユーゴが膝の上から降りて場所を空ける。その隙間に今度はレオナルドが滑り込み、彼はソファに座っているアマリアの前に跪くと、さっきから握っていた手をくるりとひっくり返して軽くキスを落とした。


 孤児院で女の子たちに読み聞かせていた、お姫様と騎士の物語。

 彼はまるでそれに出てきた騎士のように、恭しくアマリアの手の甲に敬愛のキスをした。


「……僕はずっとあなたを守れるわけじゃありませんし、最強の傭兵でもありません。今回だって、あなたに痛い思いをさせてしまった。……あなたを守るにはまだまだ頼りないとは自覚しています。でも、あなたが笑顔でいてくれるのなら、僕は労力を惜しみませんし、この身を尽くしてあなたを守ります」


 アマリアは何も言えなかった。

 こちらを見つめるレオナルドの瞳があまりにも真剣で、視線を逸らすこともできなくて、口を小さく震わせてレオナルドを見つめ返すばかりだ。


(……レオナルド。どうして、そんな目を――)


 だがすぐにレオナルドは目つきを和らげ、小さく笑うと先ほど自分がキスしたアマリアの手の甲をそっと撫でた。


「……ふふ、なーんて、気障な台詞は僕には似合いませんね。でも何にしても、僕やユーゴはもちろん、ポルクの皆も、あなたが好きだからあなたを守りたいと思っているんです。……だから、お願いです。ご自分のことを、ここにいるべきじゃない、なんて……言わないでください」


 懇願するように悲しそうに言われ、アマリアは言葉に詰まってしまった。


 自分なんていなくなればいい、自分なんて生きている価値がない。そうマイナスな方面に思い詰めることは、アマリアを大切にしてくれる人たちの思いをも裏切ることになるのだ。


(……だめだな、私)


「……そうね、レオナルドの言うとおりだわ。私こそしっかりして、生きたい、幸せになりたい、って思わないといけないのよね」

「……はい。少しは、気分も晴れましたか?」

「ええ、あなたのおかげよ。……昔は私があなたを叱ったり励ましたりしたのに、今では立場が逆になってしまったね」

「えっ!? あ、あの、お嫌でしたか? すみません!」

「そんなこと言ってないでしょ。……ありがとう、レオナルド」


 心を込めてお礼を言った後、少し迷ったけれど、勇気を出してアマリアはレオナルドの手を持ち上げ、そっと自分の頬にあてがった。


 一瞬だけ、ぴくりと彼の指が震える。だが目を閉じて手の平に頬ずりすると、やがて彼の方からも労るように頬を撫で、指先で髪を優しく払いのけてくれた。


(私は……)


 昔は、面倒を見てあげるべき存在だった。

 でも、今のレオナルドはこんなに大きくなり、アマリアを支えられるほど強くなり、素敵になった。


(私は、あなたのことが……)


 今、自分の胸に宿った小さな想いの蕾。

 それが表に出ることは、ないかもしれない。

 それでも一人の女として、レオナルドを慕いたかった。

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