36 招かざる客②
この三人は元々アルフォンスたちから好ましく思われていなかったが、おそらく、彼がエスメラルダと結婚するにあたり縁を切られたのだろう。
エスメラルダやキロス王の立場からすれば、王女の婿がこのような連中とつるんでいると知られたら外聞が悪くなる。
(使えるぎりぎりまでは使い、用が済んだら捨てる――ということね)
非道かもしれないが、そもそもアルフォンスやエスメラルダはアマリアを竜の山に置いていくことにさえ罪悪感を抱いていないどころか、悲劇の白魔法使いとして美談にしているくらいだ。それなら、この三人組を追い出すことなんて屁でもないと思っているだろう。
だが、三人組はきっと、なぜ自分たちは追い出されたのか分かっていないのだろう。だからアルフォンスのご機嫌を取り、王女やその婿に部下として登用してもらうため、アマリアという手土産を持っていこうということになったのだろう。
おそらくアルフォンスはアマリアのことなんてどうでもいいと考えているだろうが、もし目の前に引っ立てられたのなら、無視することはできないだろう。
なにせアマリアは悲劇の女。アルフォンスたちが英雄譚に出てくるような聖人でないことも、仲間を見捨てる残忍な人間であることも知っている。
(それに、私が生きているというのはアルフォンスにとっては都合が悪いかもしれない……)
となれば、一生幽閉か今度こそ確実に始末するかのどちらかだ。何にしろ、一度アマリアとは感動の再会シーンを演出した後、その後は二度とポルクに戻れないようにするはずだ。当然、面倒事を持ってきた三人組もただでは済まされないはず。
……こうなったら、この三人を味方に付けるしかないだろう。
「……悪いけれど、その計画には賛同できない。アルフォンスは私を死んだものとして扱っているはずだし、私が生きているのは彼にとって都合の悪いことのはずよ」
「は? だからおまえを連れていって、アルフォンスの目の前で確実に始末させるんだっての」
……どうやら、最低限のことは分かっていたようだ。
「そうしたとしても、あなたたちが報酬をもらえたり、その後彼に雇ってもらえたりするとは限らない。もしかすると、私もろともあなたたちも始末されるかもしれないでしょう?」
彼らにとってのアマリアの命なんて、紅茶の滓程度の存在なのだろう。ならば、他人の命ではなく自分たちの命をぶら下げて説得するしかない。
(これで分かってくれればいいんだけど――)
だがアマリアの祈り虚しく、三人は一瞬だけ顔を見合わせたが、やがてげらげらと笑いだした。
「なーに言ってんだ! アルフォンスは役に立つ人間を捨てたりはしない!」
「俺たちはおまえとは違うんだ! 働きを売り出せば、雇われるに決まっている!」
「おまえさえ大人しくしておけば、俺たちはキロス王国の援助を得られて、これからずっと楽に暮らせるんだよ!」
……その「役に立つ人間」だったら、最初から追い出されないはずなのだが、それを指摘すれば拳が飛んできそうなので、ぐっと堪えておいた。
(……これは手詰まりかも)
分かったのは、この三人は話が通じる相手ではないこと。十年前からあまり物事を深く考えない質だとは思っていたが、大人になってもさほど変わらなかったようだ。
――気を抜いた瞬間、目の前の世界がぐるっと回転し、アマリアはなすすべもなく床に抑えつけられた。弾みで足がサイドテーブルに当たり、派手な音を立てる。
アマリアは腕を掴まれて床に俯せに倒されており、無理矢理曲げられた腕の痛みに悲鳴を上げた。
「いっ……!? な、にするの!?」
「黙ってろ! 話しても無駄なら、無理矢理連れていくしかねぇだろ!」
「そ、それはこっちの台詞――」
思わず口答えした瞬間、額に鈍い衝撃が走り、気を失うかと思った。
目の前には泥まみれのブーツのつま先があり、涙が出そうなほど頭がじんじん痛む。そうしてやっと、生意気な口を利いたために蹴られたのだと気づいた。
「っくそ……若作りのババアのくせに偉そうな口を利くんじゃねぇ!」
「おい、その辺に袋か何かがないか? こいつが入るくらいの」
拘束された上に頭が痛くて動けないアマリアだが、粗暴な手がリビングの棚などを片っ端から開け、ソファを蹴倒し、せっかく廊下に置いていたユーゴのおもちゃ箱を蹴飛ばす音が聞こえ、耐えきれずにボロボロと涙をこぼしてしまう。
捕まったことや蹴られたことなんかよりもずっと、この家を守れなかったこと、ユーゴの大切なものを足蹴にされたことの方が辛い。
(ごめん、レオナルド、ユーゴ――)
ずるずると引っ張られ、外に干している毛布のように肩に担がれた。思わずゲホッと咳き込むと、「黙ってろ!」と頭を叩かれる。
――その、瞬間。
「……その手を離せ」
凛とした声。
優しい香り。
チャキ、キン、という軽やかな金属音と同時に、アマリアを抱えていた男が悲鳴を上げて倒れる。その拍子にアマリアの体が投げ出された――が、床に顔面衝突する直前で胸の下と腹に腕が回され、そっと抱き起こされた。
殴られたことでくらくらする視界の中、灰色の二つの星が瞬いている。
さらりと流れる金色はまるで光のカーテンのようで、それを見ているとほっと安心できた。
(ああ、帰ってきてくれたんだ)
「……レオ――」
「すみません、アマリアさん。……帰りが遅くなりました」
「ん、んん。いいの、大丈夫。あ、それより――」
「無理をしないでください」
レオナルドはアマリアの体をぎゅっと抱きしめると、自分が纏っていたマントを外してアマリアの体を包み込んだ。マントは少しだけ泥と埃の匂いがするが、それ以上にレオナルドの匂いが染みついていて、無性に泣きたくなった。
「……レオ、私、家を――あいつらが――」
「ええ、大丈夫です。僕とユーゴがなんとかしますから、アマリアさんは休んでいてください」
レオナルドは優しく言うと、マントでアマリアの視界もすっぽり覆ってしまった。
光が遮断されて暗くなると、急に体がどっと疲れ、指を動かすのも億劫になってしまう。
レオナルドが助けに来てくれて、嬉しい。
嬉しいけれど――
(……おかえり、って、言えなかった――)
そう思った直後、アマリアはすとんと気を失った。
その日、ポルクのはずれにある小さな一軒家の周辺で、ちょっとした騒ぎが起きた。
その家主の幼なじみであるレオナルドは帰宅すると間もなく、大柄な男性三人を引きずって出てきた。物音を聞きつけて駆けつけた皆が心配する中、彼は笑顔で「僕は大丈夫なので、すみませんがアマリアさんと室内を頼んでもいいでしょうか」といつものように丁寧に頼んできた。
三人の男たちのことは気になったが、皆はレオナルドの言うとおり、マントにくるまれて眠っているアマリアを介抱し、荒れまくった室内を掃除した。
その有様を見るだけで何が起きたのか容易に想像でき、皆はあの三人組に激しい怒りを抱き、同時にアマリアを助けられなかったことを悔やんだ。
だが、しばらくして戻ってきたレオナルドは皆の手伝いに感謝こそすれ、謝罪は一切受け入れなかった。そして、「アマリアさんのため、今日の出来事は内密にお願いします」と頼んだそうだ。
ちなみにその間、アマリアの愛息子であるユーゴは一切姿を見せなかった。
だが夕方頃、なぜか素っ裸のユーゴが川の近くで発見された。偶然そこを通りがかったブルーノが尋ねたところ、「ちょっと汚れちゃったから、水浴びしてた!」と答えたという。
それ以降、あの三人組の姿を見た者はいなかったし、わざわざ話題に挙げる者もいなかったという。
ユーゴ「えいっ!」




