34 来訪者は
よく晴れた、ある初冬の日。
アマリアは朝から気合いを入れて家の掃除をし、紅茶用のハーブや果実をたくさん準備し、レオナルド用の毛布も干しておいた。
「いつ戻るんだっけ?」
「早ければ昼過ぎ、遅くとも日が沈むまでには戻れるはずよ」
洗濯物干しのお手伝いをするユーゴに尋ねられたアマリアは、上機嫌で答えた。
今朝、ギルド支部のある中規模都市からレオナルドからの手紙が届いた。今回の仕事を無事に終えたので、もろもろの片づけをしてから戻ってくるそうだ。
彼が仕事を終えて町に戻ったのが、二日前。その町からポルクまで、馬で帰ってくるとなると三日ほど掛かるので、今日の午後のうちに戻るだろうと予想したのだ。
(レオナルドが留守にしていたのは、半月――短いようだけど、長く感じたな)
元々ユーゴとの二人暮らしだし、集落の皆は連日治療や紅茶を飲みに来てくれるので、寂しい思いをすることはない。
だが、リビングの隅に畳んで置いている毛布を見たときとか、食器棚にあるレオナルド用のティーカップとか、そういう彼の痕跡を見たときには、胸の奥がそわっとするような感覚を覚えていた。
一口に「寂しい」と表現するのは、なんだか少し違う気がする、二十一年生きてきて初めての感情なので、うまく表現することも名前を付けることもできなかった。
いつ彼が戻ってきてもいいように、午前中に家事を済ませることにしている。竈や風呂で使う薪もきちんとストックを確認したし、玄関前の落ち葉掃きもした。レオナルドは子どもの頃から甘辛い肉料理が好きだったので、辛いものが苦手なユーゴの許可を取った上で、昼前から鶏肉をタレに漬けていた。
そうしているとふと、アマリアはユーゴがなにやらコソコソと家を出ていこうとしていることに気づいた。おそらく狩りにでも行くのだろうが、普段なら必ず一声掛けていく彼にしては珍しい行動だ。
「どうしたの、ユーゴ」
「えっ!? ……あ、えっと、狩りに行こうと思って」
「そう? でもいつレオナルドが戻ってくるか分からないんだけど、お迎えはしないの?」
ユーゴはレオナルドのことを認めているようなので、アマリアに対するときのようにべったりではないにしろ、仕事から帰ってきた彼をお迎えするくらいはすると思ったのだが。
だがユーゴは珍しくばつが悪そうな顔になり、もじもじと靴の先で床を擦った。
「……その、レオナルドが帰ってくるから、行っておきたくて」
「…………ひょっとして、レオナルドに何かプレゼントするの?」
発言とその態度からピンと来たので問うと、ユーゴは色白の頬をさっと赤らめた。
どうやら図星のようで、思わずアマリアはにんまり笑ってしまう。
アマリアの微笑を見てますますばつが悪くなったのか、ユーゴは視線を逸らして早口に言う。
「……その、疲れたときには栄養のあるものを食べた方がいいって、ママが言ってるじゃん! だからおれも、おいしそうな肉を獲ってきてあげようかと思って……今日の晩ご飯はもう決まってるけど、明日の朝ご飯にでもできるし……」
「あらー」
「だ、だからちょっと行ってくるね! なるべく早く帰るから、もしおれより先にレオナルドが帰ってきても、おれのことは適当に流しておいて!」
「ええ、了解よ。気を付けて行ってきてね」
「……うん!」
最後にはやけくそのようになっていたユーゴだが、アマリアがすんなり送り出してくれたからか、照れ笑いを浮かべて元気よく出発していった。
(……思えば、ユーゴが自分用じゃなくて他人用の肉のために狩りをしてくるのは、これが初めてかも?)
ドアを閉めたとき、ふとアマリアは気づいた。
ユーゴは数日に一度くらいの頻度で狩りに行き、腹いっぱいになって帰ってくる。彼の狩りの様子は本人曰く「ちょっとママには見せられない」らしいので、おそらく骨も残さずバリバリと獲物を食べるのだろう。
それに、どうも彼が食べるのは鳥や牛などだけではないようなので、人間であるアマリアが食べればとんでもないことになるものも含まれていると思う。
そういうこともあり、彼が仕留めた獲物を食べずに持って帰るということはなかった。
だが今回、彼は初めて獲物を持って帰る。
それも、レオナルドのために。
(……なーによ。なんだかんだ言って、仲良しになってるじゃない)
信頼しているレオナルドと可愛いユーゴが仲良しになるのは、アマリアとしても嬉しいことだ。だが、同時になんだかレオナルドに負けてしまった気もする。
とはいえそんな変化もまた楽しく、アマリアはふうっと息をついて二階の寝室の掃除に取りかかった。
ユーゴが出発して、一時間ほど経った頃。
摘んだハーブを厨房で選り分ける作業をしていると、玄関の扉がノックされる音が聞こえてきた。
(……治療の方かな?)
お茶の場合はアマリアの都合があるため、なるべく先に連絡をするようにお願いしている。だが傷病の場合はそうもいかないので、予定もなしに訪れるのは怪我をした者の場合が多い。
雑紙の上に広げたハーブを一旦置いておき、色々な匂いのする手を洗う。そうして腰から提げたタオルで手を拭きながら玄関にアマリアは、ドアを開けた。
――開けた瞬間、「こんにちは」と言おうと吸った息は行き場を失い、アマリアはその場に硬直してしまった。
てっきり、ポルクの誰かがそこに立っていると思った。
だが目の前にいるのは、見覚えのある男が三人。どれも、集落の者ではない。
いや、集落の者どころか、彼らは――
三人の男のうち、ドアをノックしたらしい先頭の男はアマリアを見ると、怪訝そうな顔をした。そちらから訪ねておきながら、なんという顔をするのだろうか。
「……おまえ、アマリアだろ? 本当に生きてたんだな」
「おい、おまえ妙に若作りしてねぇか? もうちょい老けてるはずだろ」
「なあ、ひとまず入れてくれよ。仲間のよしみだろう?」
口々に言いたいことを言う男たち。
彼らはアマリアの記憶にあるものよりも少し年を取っていて声が低くなっているが、間違いない。
(どうして、こいつらが――!?)
この三人は、アルフォンスの仲間たち。
アマリアと共に旅をし――そしてアマリアを見捨てた、かつての仲間だった。




