33 乙女の話②
「レオナルドは、幼なじみ。ユーゴもレオナルドには懐いてくれたみたいだから、父親だと思われても仕方ないけれどね」
「そうね。でもさぁ……あたし、レオナルドさんを最初に見たとき、ビビッと来ちゃったのよ!」
「びびっと?」
「そう! ほら、ポルクにいる男って、いい筋肉はしているけどちょっとがさつだし、デリカシーがないじゃない? アマリアも呼び出されたことがあるでしょう?」
据わった目のエヴァに指摘され、そういえば、とアマリアは思い返した。
以前アマリアが捻挫の治療をした男性がいるのだが、先日彼に呼び出された。――厳密に言うと呼び出しは受けたのだが、その直後ユーゴが腹痛になってしまい、それどころではなくなってしまったのだ。
ユーゴはしょっちゅう単身で遊びに出かけ、獲物を食べて帰ってくる。だがどうやら先日、毒持ちの可能性のある蛇を食べたらしく、「お腹が痛い。ママ、ここにいて」と涙目で縋ってきたのだ。
そうなるととても呼び出しに応じることはできず付きっきりでユーゴの面倒を見て、翌日ユーゴと一緒に丁寧に謝りに行った。
(気にしないで、とは言われたけれど、ちょっと顔色がよくなかったっけ。今度治療に来ることがあれば、お茶でも勧めた方がいいかもしれないな)
……そう思いながらあらましを伝えたアマリアだが、なぜかエヴァは遠い眼差しになり、「……あ、そいつもう望みないわ」と呟いていた。
「……私のことはいいとして。エヴァは、レオナルドのような人が好みなの?」
これまでにも何度かエヴァとはお茶をしているが、そういうことを聞くのは初めてだった。
気になったので突っ込んでみると、エヴァは微笑んでフルーツティーを飲んだ。
「うん、だって集落の連中よりスマートだし、優しいし、格好いいじゃない? あたし、傭兵ってフロラを連れていった男みたいにゴリゴリマッチョなものなんだと思っていたけど、違うのね。王子様みたいじゃない」
フロラとは、例のエヴァの幼なじみだ。彼女と傭兵は恋愛結婚だったらしいが、それでもいきなり現れていきなり親友をかっさらっていかれたので、エヴァは「傭兵」というものをあまり好ましく思っていなかったそうだ。
確かにアマリアがギルドで見かけた傭兵のほとんどは、身長も体格もある大男が多かった。自由に依頼を受けたり旅をしたりできる冒険者と違い、実力一本の傭兵の中でレオナルドはむしろ希少な方に入るだろう。
「王子様……ねぇ」
「うんうん! ……それにアマリアはレオナルドさんのことを幼なじみって言っていたし、こりゃああたしにもチャンスがあると思ったのよ。思ったけれど!」
「けれど?」
「……なーにが幼なじみよ! あんたたちしょっちゅう二人でお出かけしていたし、すごく楽しそうに話をしているし、さりげなく手を握ったりしているし!」
びしっ! とエヴァに指を突きつけられ、アマリアはぎょっとしてカップを取り落としそうになった。
「そ、それは……買い物に付き合ってもらったり、昔話をしたり、足場の悪いところで手を借りたりするくらいで――」
「いやいやあのね、ただの幼なじみならあんなに甘~い空気は発さないから! あんたはそうでもないけど、レオナルドさんがあんたを見る目は……なんというか、こう、とろーっと甘いし、優しいし。いかにも、大好きな女の子を見てます! って感じの目をしていたの! 気づいていないの?」
「……」
正直に言うと、それとなく予感はしていた。
レオナルドが自分を見る目は、尊敬とか敬愛とか、そういう類のものなのだと思っていた。実際、子どもの頃の彼はアマリアを姉のように慕い、懐いてくれたものだ。
だが再会してからは、子どもの頃とは違う何かを感じるようになっていた。頬を赤くしてじっとこっちを見てきたり、かと思えば切なそうに目を細めてみたり、急にきりりと表情を引き締めて迫ってきたり。
(でも、勘違いだったら情けないし、下着を取り替えてあげたこともある子をそういう目で見る痴女だと思われたら困るから、気のせいだと思っていたのに――)
そっと胸に手を当てる。今はレオナルドからもらったお守りを寝室の小物入れに保管しているが、いつしかアマリアにとって、胸に手を当てるという行為は自分を落ち着けさせるおまじないのようになっていた。
「……全然気づかないわけじゃ、ないけれど」
「ほほーう?」
「その、自分がレオナルドに対して抱いている感情をどう分類していいのか、分からなくて。世間体とか、立場とか、色々あるし……それに、こういう気持ちになったのも初めてだから自信がなくて――」
「えっ、初めてなの?」
「うん。…………あっ」
しまった、と思ったときには手遅れ。
正面にいるエヴァの顔からは表情が抜け落ちていて、その手がわなわな震えているように思われる。
ただの二十歳そこそこの女性が「こういう気持ち」――つまり誰かのことを異性として意識しているというのが初めて、というのはそれほどおかしなことではない。
だがアマリアには、ユーゴという息子(仮)がいる。息子がいるということは、かつて関係を持った男性がいるということ。
それなのに異性を意識したことが初めて、というのは――
(ま、まずい)
冷や汗の伝う体をなんとかなだめようと、アマリアは温くなりかけた紅茶を一気に呷った。
くしくもその動作はエヴァと一致していて、彼女もまた残っていた紅茶を一気に飲んだ後、きりっと眉を上げた。
「……皆まで言わなくていいわ、アマリア」
「いえ、その――」
「あたしたちは、あんたが事情持ちって分かっていた。だから今聞いたことを皆に言いふらすつもりはない。もちろん、父さんやブルーノさんにもね」
「ありがとう、エヴァ――」
「……ああ、もう! 信じられない! アマリアみたいな素敵な人をぽいっと捨てた男なんて、絶対にろくでもない!」
むきーっ! とエヴァは吠え、きょとんとするアマリアに力説を始めた。
「アマリア、確かにユーゴ君はとってもいい子だけれど、だからって昔の男まで擁護しなくていいからね! ユーゴ君がお利口なのは、ママがきちんとしているから! アマリアは苦労してきたんだから、今度こそいい男を捕まえてしっかり養ってもらうべきなのよ!」
「う、うん……?」
「だから、レオナルドさんがぴったりだと思うの! 悔しいけど、あたしじゃアマリアには勝てるはずもない! アマリアの方がずっと可愛いし、料理もうまいし、胸もおっきいし!」
「……最後のはどうかと思うけれど」
……そういえば、亡き母は修道院のシスターという禁欲的な身分でありながらとても豊満な体をしていて、抱きしめられたらいつも顔が埋まっていた気がする。
「何言ってるの、それも魅力の一つじゃない! だからさー、早いところレオナルドさんを捕まえておきなさいよ? 他の男との間にできた子どもまで可愛がってくれるなんて、そりゃあかなりの優良物件よ。アマリアがもらわないならあたしがほしいくらい」
「えっ……それは――」
「それは?」
意地悪く聞いてくるエヴァ。
彼女の顔を見ていられなくて、アマリアは俯いた。
――一瞬、想像してしまった。
レオナルドが自分やユーゴのもとから離れ、エヴァと結婚する光景を。
(……胸が、痛い)
「……そ、その……かなり、もやっとする……かも」
「うん、そりゃそうでしょうね。あんたたち、どう見ても両片想いだし」
「りょうかたおもい?」
「あ、今のは気にしないで。……はぁーあ。あたしも早く結婚して、可愛い子どもをたくさん産みたいなぁ」
エヴァは間延びした声で言うと、テーブルに突っ伏して両手をバタバタ上下させた。
とりあえずそんな彼女の空になったカップに茶を注ぎつつ、アマリアはいまだに妙に早く鳴る心臓が気になって仕方なかった。




