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捨てられ白魔法使いの紅茶生活  作者: 瀬尾優梨
第1部 秋から冬
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32 乙女の話①

 ギザギザの形のパーツを手になにやら考え込んでいたユーゴが顔を上げ、大まじめに頷いた。


「うん。人間の娯楽なんてしょうもないだろう、と思っていたけれど、そんなことはなかったな。このパズルとやらは奥が深いし、くるくる回る置物や跨って揺れる乗り物も、結構楽しめる」

「さすがに魔界にはそういうのはないのね」


 ポットに刻んだ果物を入れて湯を注ぎ、砂時計をひっくり返した。

 この砂時計も報酬が入った日に買ったものなのだが、ユーゴは上から下へ砂が落ちていくのを見るのが楽しいようで、今もパズル遊びを中断してこちらにやってきて、さらさらとこぼれ落ちる緑色の砂を目を皿のようにして見つめ始めた。


「……おれたち魔族には、人間みたいに『遊ぶ』っていう概念がないんだ。しいて言うなら、強くなるために取っ組み合いをするとか、そういうものしかない。……この砂時計みたいなものも存在しなかったし、人間界はおもしろいね。来てよかったよ」

「そうね。たくさんのおもしろいものに出会えたものね」

「うん! ……あ、でもおれにとって一番よかったのは、ママと一緒に暮らせるようになったことだからね!」


 さっと振り返ったユーゴは声高に言った後、アマリアに抱きついて頬にキスをしてくれた。最初の頃はキスというものにもきょとんとしていたユーゴだが、最近は嬉しいときなどに積極的にキスしてくれるようになった。


 これで将来キス魔になったら大変だが、どうやら彼がキスをするのはアマリア限定らしく、「そこまで節操なしじゃない」と嫌そうな顔で言っていた。


「……あー、でもママだけじゃなくて、人間のガキにしてはレオナルドもいい奴だから、あいつに会えたこともまあよかったかも」

「あはは……まあ、アルフォンスたちに比べればずっと素敵よね」

「レオナルドが『いい奴』なら、あのガキ連中はゴミ虫以下だ。……ちえっ。ママが許可をくれたら、あの雑魚どもを探し当てて一瞬で血祭りに上げてやるのに」

「はい、今はお客様もいるし、物騒な発言はダメだからね」


 およそ五歳児らしくない発言をしたユーゴを、めっ、と叱っておく。

 というのも、今廊下を挟んだ向こう側のリビングにはポルクの住民がいて、そのためにアマリアはフルーツティーを淹れているのだ。


 砂時計の砂が全て落ちたところで、アマリアは紅茶をカップに注いだ。先ほどからほんのり甘い香りが漂っていたが、いざ鮮やかな赤の液体を注ぐと芳醇な香りが部屋一杯に広がる。


 今日の紅茶は、湿気のある野原で採れるグワムという赤い実をベースに、プリネとモレで味を調えたフルーツティーだ。

 グワムは親指の先ほどの大きさのぶつぶつとした木の実で、中にびっしり含まれた種は食べる際に少々邪魔になる。そこでグワムはしっかり潰してから絞り、紅茶として飲みやすいように工夫した。


 ユーゴは戸棚からカップやトレイを出すなどのお手伝いをした後は、パズル遊びに戻ってしまった。客が来ていてアマリアがもてなすとき、ユーゴも同席することがあるのだが、それは相手が若い男性であるときに限っていた。理由を聞いたのだが、「男の約束」というよく分からない返答しかもらえなかった。


「お待たせ。今日はグワムの実のフルーツティーよ」

「ありがとう! わあ、いい匂いだしすごくきれい!」


 向かったリビングでアマリアを待っていたのは、お下げ髪の娘だった。

 着ているのは生成のエプロンドレスで、このポルクにおける女性の標準服と言ってもいい。ぱっちりとした大きな目は緑色で、肌は健康的に焼けている。


 彼女はエヴァといい、ポルクで唯一の宿屋の娘である。実はアマリアがユーゴと一緒に宿に滞在していた頃にも世話になっていて、ユーゴのことも可愛がってくれていた。

 ユーゴも、「将来はイケメンになりそうね!」「すごく可愛い!」とちやほやされるのはまんざらでもないらしいし、エヴァがアマリアに対して好意的なこともあり、彼女にはそこそこ懐いていた。


 エヴァは、何か白魔法の効果が必要だから訪れたわけではない。

 彼女の目的はアマリアの紅茶と、お喋りだ。


 アマリアの紅茶の噂は知らないうちに広まっていたようで、「アマリアの淹れた茶を飲むと健康になれる」ということで評判になっていた。


 どうやら皆はアマリアの紅茶の効果は白魔法に起因すると考えているようなので、母譲りの不思議な力についてばれることはなさそうだ。ユーゴも「白魔法が隠れ蓑になってよかったね」と言うので、今ではお茶を飲みに来た人は快く家に招き、雑談をしつつ茶を飲むようにしていた。


「あ、今日はこれを持ってきたの。ユーゴ君は育ち盛りじゃない? 父さんが昨日作った鶏肉のホロホロ煮なんだけど、よかったら今晩のおかずにでもしてね」

「いつもありがとう! きっとユーゴも喜ぶよ」


 そう言ってエヴァは鞄から小さめの壺を出し、渡してくれた。蓋を開くと、甘く味付けられた鶏肉が姿を現す。今この部屋にユーゴはいないが彼は非常に鼻が利くし耳もいいので、おそらく今頃厨房の壁に貼り付いてこちらの様子を窺っていることだろう。


 アマリア自家製の紅茶とはいえ、原材料が完全タダというわけではない。おまけにこれを飲むと不思議と元気になれるということで、ポルクの皆はただ茶を飲みに来るだけでも、必ず手土産を持ってきてくれていた。

 今回のエヴァのように料理だったり果物だったりお菓子だったりするので、アマリアとしてもありがたい。この集落は、人と人との助け合いで成り立っているのだ。


 エヴァは今年で十九歳になったようだが、ポルクには二十歳前後の女性はほとんどいない。かつてはエヴァとほぼ同時期にここに移り住んだ幼なじみもいたそうだが、彼女は二年ほど前に異国出身の傭兵に見初められて嫁いでしまったようで、それ以降エヴァも寂しい思いをしていたようだ。


 アマリアとしても、同じ年頃の女性というのはありがたい存在だ。話も合うし、女同士でしかできない相談や打ち明け話もできる。


「……それにしても、あたし、すっかり勘違いしていたわ」

「何を?」


 問うと、エヴァはちらっと厨房の方を見た後、なにやら意味深な笑みを浮かべた。


「……レオナルドさんのことよ。私絶対、彼がユーゴ君のお父さんだと思ったのに」

「……あ、ああー……まあ、髪の色は似ているけれどね」


 ユーゴの父親については集落の皆も気にしているだろうが、それを口にする者はほとんどいない。エヴァだけはお互い色々と相談に乗ったりしているので、彼女も気楽に問うてきたり突っ込んできたりする。

 だが彼女がアマリアを苦しめようとか、困らせようとかと思って質問してくるわけではないと分かっているので、突っ込まれたら困ることを聞かれてもそれほど嫌だとは思わなかった。

植物辞典⑦

グワム……ヘビイチゴのような木の実。小さな種が多い。

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