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捨てられ白魔法使いの紅茶生活  作者: 瀬尾優梨
第1部 秋から冬
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31 戸惑い

 翌朝、まだ日が昇りきっていなくて肌寒い時刻に、レオナルドはポルクを発った。


 今朝、アマリアは約束通り、彼のために手の込んだ朝食と昼の分の弁当を作った。そうして戸口で、「いってきます」「いってらっしゃい」の言葉を交わした後、小さくなっていくレオナルドの背中を見送る。


 昨夜話をしたとおり、レオナルドは傭兵の仕事に戻ることになった。実力と信頼、両方を必要とされる仕事なので、あまりに長い間休むことはできないのだ。


 彼の水筒には、朝一番に淹れて冷ましておいた紅茶を入れている。体力回復効果のあるラヴィというハーブと、塩分や糖分をほどよく含んだマグラムという木の実を蒸らし、仕上げに少量の蜂蜜を入れた茶は、旅のお供に最適だろう。


 昨日、アマリアの入れる紅茶には不思議な力が込められるということが判明したのだが、おそらくその効果は紅茶を飲んでから時間が経てば消えていく。だからアマリアの紅茶でレオナルドを守ることができても、それはほんの一時のことになるだろう。


 それでも、水筒の中身がアマリアお手製の紅茶だと分かったレオナルドは嬉しそうに破顔し、「僕も無事に帰ってきますから、あなたも無茶だけはしないでくださいね」と優しく髪を撫でてくれたのだった。


 レオナルドに髪や肌を撫でられるのが結構好きだと気づいたのは、そのときだった。

 昨夜、彼におやすみのキスをされたとき、とてもどきどきした。だがそれは決して不快な感情ではなくて、彼に触れてもらえることに喜びを感じているのだと気づいた。


「……顔が緩んでいるよ、ママ」

「う、えっ!?」


 ちょっとだけ不機嫌そうな声がしたので慌てて足元を見ると、いつの間にかそこには寝間着姿のユーゴがいた。


 彼は昨夜、レオナルドと一緒に寝たのだが、寝る前にレオナルドの仕事についての話をしたようなので見送りはしないと言っていたそうだ。だから朝はゆっくり寝かせ、朝日が昇ってから起こしに行こうと思っていたのだが。


 ユーゴは寝起きだからか、金色の髪を数ヶ所みょんっとはねさせており、腕を組んでアマリアを見つめていた。


「そんなにあいつのこと、大好きなの?」

「…………それはまあ、子どもの頃から面倒を見てきた子なんだし、好きよ、もちろん」

「ふーん?」


 しどろもどろにならないよう努めて冷静に言ったのだが、拍子抜けるほどユーゴはあっさり相槌を打つとくるりと背を向け、「おなかすいたー」と言いながら厨房に向かってしまった。


 アマリアは開けたままだった玄関のドアを閉め、それに寄り掛かる。


(……今、すごく焦った)


 直球ストレートに「レオナルドのことが大好きなのか」と問われ、必要以上に焦る自分がいた。

 からっと笑って「もちろん、大好きよ」と言えばいいのに、変に戸惑って、すぐには答えが出なくなってしまった。


 好き、にも色々ある。アマリアはユーゴのことも大好きだし、複雑な事情を抱える自分たちに必要以上追及せずに見守ってくれるポルクの皆のことも好きだ。

 そして、幼い頃から弟のように可愛がってきたレオナルドのことも同じように好ましく思っている。そのはずなのに――


(……私がちゃんと年を取っていれば、こんなことにはならなかったのかな?)


 本当なら、レオナルドが二十三歳になっているのなら八つ年上のアマリアは三十一歳になっていた。

 だが、現実は違う。アマリアは十年という歳月を一気に飛び越えてしまった。身だけでなく心も二十一歳のままで、そんな自分の目の前に年上になったレオナルドが現れた。


(触れてもらって嬉しい、と乙女じみたことを思うのは、さすがに元保護者としてまずいよね……)


 いくら八歳年下が二歳年上になったとはいえ、一緒に風呂に入ったりおねしょをしたときに下着を替えてあげたりしたこともある男性に対してこんな感情を抱くのは、道徳に反してしまうのではないか。過去の事例がないので、どうとも判断できない。


 深い溜息を吐き出し、アマリアはのろのろと厨房に向かった。

 とりあえず、レオナルドが不在の間もアマリアは自分がしたいこと、するべきことをしなければ。








 アマリアの特技は、白魔法。

 怪我をした者や体調の優れない者を診察し、白魔法で適切な処置を施す。


 先日、一ヶ月分の活動をまとめたものをブルーノに提出し、報酬をもらった。内訳は半分ほどが野菜や肉、衣類や石けんなどの日用雑貨だった。

 アマリアは料理は得意な方だが、実は裁縫はあまり好まない。できなくはないのだが、穴の空いた靴下やテーブルクロスを繕うくらいが精一杯で、服は既製品を買ったり、裁縫の得意な女性に作ってもらったりしている。そのため、布系の報酬は非常にありがたかった。


 金は雑貨屋や行商人での買い物で使うので、まずユーゴと一緒に必要なものを買った後、残りは厨房に置いている壺の奥にきちんと貯めておいた。


「ユーゴって案外、おもちゃが好きなのね」


 アマリアは紅茶用の果物を刻みつつ、厨房の隅に座って木のパズルで遊んでいるユーゴに声を掛けた。


 ユーゴは実年齢で言うとおそらく何百歳というレベルになるし、有している魔力も人間とは比べものにならないくらいだ。そして人間界の知識には少々疎いとはいえ、魔物や魔界については非常に詳しいし、案外難しい言葉も知っていたりする。


 だが、そんな彼は今、様々な形のパズルを手に真剣な顔をしていた。先日行商人がやって来た際、珍しくユーゴが「これがほしい」とおねだりをしてきた品である。

 基本的に物欲がないし、食べ物になる肉は自分で獲ってくることさえあるユーゴなので、育てていても金が掛からない。そんな彼が初めて「ほしい」と申し出た品をアマリアが買ってやらないわけがない。


 この木のパズルは、三角形や四角形などのパーツを組み合わせて様々な形を作る知育道具だ。子どもが触れても怪我をしないように丁寧に木を削って作られていることもあり、そこそこ値は張った。

 だがユーゴはパズルを買い与えると笑顔で「ありがとう、ママ! 大事にするね!」とアマリアにキスをして、以降せっせと遊んでいるのだ。

植物辞典⑤

ラヴィ……体力回復効果のあるハーブ。


植物辞典⑥

マグラム……塩分と糖分を含んだ木の実。

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