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捨てられ白魔法使いの紅茶生活  作者: 瀬尾優梨
第1部 秋から冬
30/137

30 決意の夜②

 きっと母は分かっていたのだ。

 アマリアは白魔法の才能だけでなく、自分のもう一つの力も受け継いでいると。

 自らの手で何かを作り出すことでその力を発揮し――香水なら嗅いだ者、紅茶なら飲んだ者に一時的に力を与えると。


(もしかしたら、お母さんも苦労してきたのかもしれない。でも、香水作りをすることや誰かを助けることに誇りを持っていたし、私にも何度も教え聞かせてくれた)


 どんな能力であろうと、それを使うものによって毒にも薬にもなる。

 それならアマリアは、母から受け継いだと思われるこの力を存分に発揮したい。


 かといって、紅茶で大儲けしたいとか、王侯貴族に仕える紅茶専門の女性使用人――ティーメイドと呼ばれている――として採用されたいとか、そんな大逸れたことは願っていない。


(私を守ってくれる人、受け入れてくれる人に、恩返しをしたい。そしてその結果――私がここにいる意味を見出せるなら、それだけで十分)


「私の紅茶で皆が元気になれるのなら、たくさん淹れてあげたい。もちろん、レオナルドが心配する気持ちも分かるわ。でも……人を幸せにできる力があるなら、それを使いたいの」

「……他人のために、ですか」

「それもあるけれどそれ以上に、自分のために、よ」


 はっきりと言うと、レオナルドの瞳に宿っていた鋭い光がすっと消えた。

 彼は眦を緩めるとふっと肩を落とし、前髪をガシガシと掻き始めた。


「……はぁ。世のため人のため、ということなら止めたんですが、自分のためと言われたら何も言えなくなるじゃないですか」

「あら、それを見越しての発言だって分かっているんじゃないの?」

「……本当に、あなたは弁が立ちますね。分かりました。アマリアさんがそうおっしゃるなら、僕は僕がするべき仕事をしなければなりませんね」


 レオナルドは寄り掛かっていた壁から身を起こすと、アマリアの前にしゃがんだ。

 テーブルの上でゆらゆら揺れる小さな明かりが、レオナルドの清楚で端整な顔をどこか妖艶に照らしている。


「僕は、あなたが心地よく暮らせるように尽力します。普段はギルドで仕事をするので、しばらく帰ってこない日があるかもしれませんが、この家が僕の帰る場所です。あなたを残して仕事に行くのは心苦しいですが……まあ、僕よりずっと強いナイトが側にいるみたいですし、平気ですよね」

「そんなことないわよ。……私、あなたが帰ってきたときに、おかえり、って言ってあげられるように、自分でも気を付けるわ」

「はい、そうしてください」


 レオナルドは微笑んだ後、立ち上がった。

 今晩のところは、話はここまでだ。


「片づけは僕がしますので、アマリアさんはくつろいでいてください。まだ寝足りないんじゃないですか?」

「……お願いしてもいいの?」

「もちろんです。……その、やっぱり僕は料理の才能がないみたいなので、明日の朝はあなたが作った朝食を食べたいです。あと、明日からギルドに復帰するのでできたら弁当も作っていただけたら」

「もちろんよ! それじゃあ今晩はゆっくり寝かせてもらう分、明日の朝ご飯はいつも以上に気合いを入れるからね!」


 むん! と二の腕に力こぶを作るフリをして告げると、レオナルドはおかしそうに噴き出した。だがすぐにすっと真面目な顔になると持っていた皿をシンクに置き、アマリアの頬と肩に手を載せてくる。


 灰色の目に、ランプの光が踊っている。

 前髪によって影ができ、彼の顔立ちをくっきりと浮かび上がらせていた。


「……おやすみなさい、アマリアさん。よい夢を」


 甘く、囁くような挨拶に続き、レオナルドは身を屈めた。

 アマリアがきょとんとしている間に、レオナルドは親指でアマリアの頬に掛かっていた髪を押しのけると、音を立てずに唇を押し当ててきた。


 ふに、とした柔らかい感触。

 髪の毛越しでもフリでもない、自分以外の人間の温もりが触れ、すぐに離れていった。


 ――その後のことは、必死すぎてあまり覚えていない。


 気が付くとアマリアは厨房から二階の寝室に瞬間移動していて、毛布の中にすっこんで丸くなっていた。


(い、今、今さっき、レオナルドが、唇を――)


 わなわな震えつつ、そっと頬に手をあてが――おうとして、寸前で止めた。

 今触れれば、さっき彼がおやすみのキスをしてくれた感触が上書きされてしまう気がしたから――


「……かぁーっ!」


(何を考えているんだ、私っ!?)


 毛布の中で叫んだ後、スパンッ、と勢いよく自分の頬を叩いた。

 おかげで誰かさんの唇の感触はぶっ飛び、頬はひりひりと痛くなってしまうが、それで正解だった。


(……馬鹿馬鹿馬鹿! なんで、昔育てた子にキスされてどきどきしてるの!?)


 レオナルドにとってはなんの変哲もない、おやすみのキスだったはずだ。

 それなのにこんなに意識しまくり、緊張して、あの感触を忘れたくないと乙女じみたことを考えて――


(……もう寝よう!)


 毛布の中で体を回転させ、頭から枕に突っ込む。


 人間、どんなに辛いことがあっても食欲と睡眠欲を満たせば、たいていのことは乗り切られる。そう教えてくれたのは、院長先生だった。


 だが今のアマリアはなかなか寝付けず、悶々としながら夜を明かすことになったのだった。

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