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捨てられ白魔法使いの紅茶生活  作者: 瀬尾優梨
第1部 秋から冬
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3  魔界と黄金の竜

 ――アマリアは目を開けた。


 視界は真っ白で、足元の感覚がない。

 右を見ても左を見ても白い世界に、アマリアは一人佇んでいた。


(ここは……神々の住まうという天界かな?)


 ぼんやりとした頭で考える。

 なぜなら、竜の山で置き去りにされた自分は黄金の竜に襲われて死んだはずで、そうなったのなら魂は天界に向かうはずなのだ。修道院育ちのわりにあまり信心深くはないが、信じていようといまいと、死後の世界なんてこんなものだろう。


「……ここに、神様がいらっしゃるのかな」

『何を言っているのだ。そなたはまだ死んではおらん』


 そうかそうか、死んでしまったのか、と思っていたら、どこからともなく声が聞こえてきた。それも、近くで呼びかけられたというより、頭の中に直接響いてきたかのような。


「……誰?」


 あたりを見回す。周囲は相変わらず、白く柔らかい光で溢れている。

 前世にとんでもない罪を犯した者は死後に漆黒の闇に堕ちると言われているのだが、この世界は白い。だから、自分は善行を認められたのでかろうじて天界に行くことができたのだと思っていたのだが。


「……もしかして、あなたが神様ですか?」

『むう、我をそんな空想上の存在と同列に扱うでない』


 拗ねたような声。そして、ふわっと目の前に金色の光が溢れ――


 いきなり現れた黄金の竜に、アマリアは悲鳴を上げてしまった。


「ひっ……!? わ、私はまだ死にたくありません――!」

『分かっている。落ち着け――と言っても、この姿では難しかろうな』


 先ほど頭の中に響いていた声は、今は竜の口から聞こえる。どうやら、この竜は普通に喋れるようだ。


 竜は見上げるほどの巨躯にもかかわらず、可愛らしく首を傾げた。そして次の瞬間には、竜は金色の髪と目を持つ五歳くらいの少年の姿になっていた。


 人間離れした美貌を持つ少年だが、腕を組んで立つ姿は普通に可愛らしい。全裸だが、幼児の裸なんて孤児院で見慣れたものなので、尻餅をついていたアマリアは数度呼吸をした後、少しずつ落ち着きを取り戻すことができた。


「……あ、あなたは、さっきの竜……?」

『そうだ。我は竜族の中では若い方なのでな、これくらいの姿を取らせてもらおう』


 金髪の少年は見た目に不釣り合いな尊大な口調で言うが、その声はさっきよりずっと高くて、可愛らしい感じになっている。

 小さい子や年少者の世話を焼くのが大好きなアマリアはごくっと唾を呑み込み、じりじりと彼に近づいた。


「あ、あの。これはいったいどういうことですか? 私は、あの山で死んだのではないのですか」

『死んでない。というか、我はそなたを殺してはいない。殺す義理もないのでな』


 少年はそう言って、少し悲しそうな顔になった。


『……そなたには悪いことをした。そなたはあのクソガキどもに連れられて山に登ったようだが……我が寝返りを打ったために勘違いして、我を討伐するよう言われたのではないか』

「……寝返り?」

『うむ。しばしあの山に潜って寝ていたので、目覚めが悪くてな。少々暴れてしまった記憶はあるから、それで人間どもは我が暴走していると勘違いしたのだろう』


 少年の言葉に、アマリアはまばたきする。

 つまり……あの「黄金の竜が暴れているので、討伐するように」という依頼はギルドの思いこみであったのだ。竜本人は寝起きでぼうっとしていただけで、人間を襲うつもりも山を破壊するつもりもなかったということか。


『本当はそなたらも穏便にお引き取り願う予定だったのだが、あのガキどもは二度寝に洒落込もうとする我に急襲を仕掛けるではないか。だから、少々痛い思いをして帰ってもらうことにしたのだ』

「……少々痛い思い」


 アルフォンスたちは黄金の竜に対して、全く歯が立たなかった。その戦いを、竜本人は「お帰りいただきたかったから、ちょっと脅した」程度にしか捉えていないだと。


 頭を抱えるアマリアを見、少年は「……あのな」と申し訳なそうに言う。


『そなたはおそらく、あのガキどもに捨て駒にされたのであろう? そなたがあそこで行き倒れてしまえばそれはつまり、我がそなたを殺したも同然。それはあまりにも哀れだ。同胞の中には人間を憎み積極的に攻撃する者もいるが、我は人間界に興味こそあれ、わざわざ殺そうとは思わん。かといってあの山に置き去りにすれば放っておいてもそなたは死ぬだろうと思い、魔界に連れてきたのだ』

「まかい?」

『うむ。我々が生まれいずる場所で、普通の人間ならば決して入っては来られない』


 そう言って少年は、あたりの白い世界を見回した。

 魔物や竜が魔界で生まれるというのは聞いたことがあるが、こんなに白くてふわふわした場所だとは思わなかった。魔界というからにはもっとおどろおどろしい場所で、人間が立ち入れば一瞬で死んでしまうような邪気に満ちているのだと思っていた。


「……わ、私、ここにいても大丈夫なんですか!?」

『我がそなたを連れ込んだのだから、大丈夫だ。それどころかそなた、体の傷が癒えているであろう?』

「あ……」


 言われてみれば確かに、山で倒れていたときは声すら上げられなかったというのに、今は普通に喋れるし、体も動く。さすがに服の破れや靴の破損はそのままだが、体には傷の痕すら残っていない。


 どうやらこの竜はとても律儀な性格のようだから、魔界に連れてこられたとはいえ、アマリアが死なずに済んだのは彼のおかげだ。


「ありがとうございます。おかげで生き延びられました」

『我に礼を言うとは、そなたは矮小な人間にしてはよい心を持っているようだ――よし、決めた!』

「何をですか」

『そなた、これからずっとここで暮らせ』

「えっ、困ります」

『即答か!?』


 少年はものすごくショックを受けた顔をしている。だが、アマリアは当然の反応をしたまでだ。


『ここにいればそなた、あのクソガキどものような人間にたぶらかされることなく過ごせるぞ! 我は甲斐性があるからな、気に入ったそなたのためなら、なんでもしてやろう!』


 竜というとんでもない種族のわりに、「甲斐性がある」と、人間の男のようなことを言うものである。

 だがアマリアは首を横に振った。


「お気持ちはとてもありがたいです。でも、私はやっぱり元の世界に戻りたいです」

『なぜだ。惚れた男でもいるのか』

「……そういうわけじゃないけれど、約束しているので」


 胸にそっと手をあてがう。シャツの胸ポケットだけは布地を厚めに補強しているので、幸運にも中に入れたお守りは破損することがなく、アマリアの胸を温めてくれていた。


 このお守りをくれたレオナルドは、アマリアがおばちゃんになっても守ってくれると言っていた。ならば、おばちゃんになろうとおばあちゃんになろうと、元の世界に戻らなければならない。


 それに、孤児院や修道院のことも心配だ。もしギルドでアマリアが「戦死」処分をされてしまったら、皆を悲しませてしまう。仲間からは見捨てられたけれどなんとか生きているということを伝えなければならない。


 少年はしばし不服そうに唇を歪めていたが、やがて渋々頷いた。


『……あいわかった。他ならぬそなたの願いだ。傷も癒えたことだし、元の世界に戻してやろう』

「あ、ありがとうございます! あの、本当に色々、私の我が儘を叶えてもらってばかりで――」

『そう頭を下げるでない。だが……そうだな。もしそなたが我に恩義を感じているのなら、頼みたいことがある』

「えっ……監禁とかは嫌です」

『分かっておる。……だがまずは、元の世界に戻らねばならんな。手を出せ』


 少年に言われ、アマリアは差し出された小さな手に自分の手を載せた。


 竜というから人間の姿になっても触れたら冷たいかと思ったのに、重ねた手はふわふわと柔らかく、温かい。

 だが手を握られるとだんだん意識が遠のき、やがてぷつん、と糸が切れるように世界が閉ざされていった。

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