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捨てられ白魔法使いの紅茶生活  作者: 瀬尾優梨
第1部 秋から冬
29/137

29 決意の夜①

(おかあさんはいっつも、いいにおいがするね)


 ――そう?


(うん、それだけじゃなくて、おかあさんのこうすいをにおっていたら、なんだかすっごくげんきになれるの)


 ――それは嬉しいわね。……ねえ、アマリア。


(うん?)


 ――アマリアは将来、白魔法を使ってたくさんの人を助けたいのよね?


(うん! おかあさんがおしえてくれたしろまほうで、みんなをしあわせにするの!)


 ――そう、それならきっと大丈夫ね。


(……どうしたの、おかあさん?)


 ――アマリア。自分が持っている力を、正しく使うのよ。どんな力でも、うまく使えば人を救い、悪用すれば人を傷つけるの。


(うん、わかってるけど……それって、しろまほうのことだよね? しろまほうでだれかをきずつけることがあるの?)


 ――……。


(おかあさん?)


 ――いつかきっと、あなたも目覚めるときが来るわ。どうか、その力を恨まないで。あなたは賢くて優しい子だから、きっと正しく使いこなせるわ――








 人間、どんなに辛いことがあっても食欲と睡眠欲を満たせば、たいていのことは乗り切られる。そう教えてくれたのは、院長先生だった。


 アマリアが目を覚ましたとき、部屋の中はすっかり夜の色に染まっていた。もぞもぞと起きあがってカーテンを開けると、いくつもの星が瞬く夜空を見上げることができる。


(……結構寝ちゃったな)


 あふ、とあくびをし、伸びもする。

 レオナルドとユーゴの気遣いのおかげで、しっかり休眠を取った体からはだるさが抜けている。あのとき駄々をこねたりせずに大人しく寝てよかったと思う。


 寝室を出て、階下に向かう。だがどこも明かりが落ちており、アマリアは足元に気を付けつつそっと、リビングのドアを開けた。

 リビングには、テーブルランプだけが灯っていた。ゆらゆらと揺れる頼りない明かりの下、広げた毛布の上に腰を下ろす男性と、その足元で丸くなる小さな背中が。


 アマリアがぱかっと口を開くと同時に、振り返ったレオナルドが唇に人差し指をかざす。そしてゆっくり立ち上がると毛布をユーゴに掛けてやり、足音を立てずに廊下に出て、アマリアを厨房に呼んだ。


 レオナルドが明かりを灯した厨房をよく見ると、テーブルに伏せたボウルが置かれていた。いい匂いがするので、ここに夕食の残りが置かれているのだろうと予想できる。


「……ユーゴはもう寝ちゃったの?」

「はい。今日はアマリアさんにゆったりベッドを使ってほしいから一緒に寝かせろ、と迫ってきたもので」


 そう答えつつも、レオナルドは楽しそうだ。

 彼に「座ってください」と言われたので椅子を引っ張ってきて座ると、レオナルドはボウルを持ち上げた。


 予想通り、そこにはワイルドに手で千切ったことが分かるサラダと、肉を炙っただけのものと、少し焦げたパンがあった。

 ちらっとレオナルドを見ると、彼は申し訳なさそうに眉を垂らして水をコップに注ぎ、アマリアの前に置いた。


「……ユーゴと協力して夕食らしきものを作ろうとしたのですが、こんなものしかできなかったです。すみません、たぶんおいしくはないと思います」

「そんなことないわ。ありがとう、レオナルド。朝になったらユーゴにもお礼を言っておかないとね」


 背の高いレオナルドと小さなユーゴが並んで厨房に立ち、悪戦苦闘しながら夕食を作る姿を想像すると、思わず頬が緩んでしまった。


 サラダはやけにひとかけらが大きいし、肉は表面こそカリカリに焼けているが内側は若干火の通りが悪い。パンも強火で焼きすぎたのが丸わかりだが、二人がアマリアのために慣れない料理をしてくれたのだと思うと、どんな料理にも勝るご馳走だと思えた。


 レオナルドはアマリアが遅めの夕食を食べる間、黙って壁際に立っていた。そしてアマリアが食べ終わった頃合いをはかり、そっと声を掛けてくる。


「……アマリアさん、明日以降のことですが、いいですか」

「ええ。……そろそろギルドのお仕事に戻らないといけないのでしょう?」


 レオナルドは毎年この時期になると仕事を受けないようにしていたようだが、あまりにも長時間仕事を受けなかったら評判が下がり、ギルドも彼に依頼を回してくれなくなるのだ。

 レオナルドがアマリアの家を活動の拠点にすることや、彼がアマリアの「幼なじみ」であるということは皆に認知されているので、そろそろ本業に戻るべき頃合いなのだ。


 そのことも十分予想していたアマリアは納得するが、レオナルドの方は冴えない表情をしている。


「……はい。ですが、あなたに常人離れした力があると聞いて、迷ってしまいました。あなたが持つ力は、ともすれば争いの種になるでしょう」

「……争い」

「僕もそうでしたが、おそらくアルフォンスたちもあなたの秘められた才能に気づかないままです。気づかないからこそあなたは置いていかれたのでしょうが……もし、あなたが生きていて、しかも希有な能力を持っていると知られたら――」

「……そうね。アルフォンスのことだから、手の平をくるっと返して私に擦り寄ってくるかもね」

「でしたら――」

「レオナルド。私は、この力を自分のために使ってみたいの」


 アマリアが強い口調で告げると、興奮気味に詰め寄ってきたレオナルドははっと息を呑んだ。


 先ほど、懐かしい夢を見た。

 アマリアが八歳くらいの頃、花を原料とした香水作りが得意だった母と交わした言葉。

 母譲りの白魔法のことを言っているにしては何かおかしいと思っていた。


(あの頃は、何のことを言っているのか分からなかったけれど、やっと分かった)


 おそらくアマリアの母も、ユーゴの言う特殊な力を持っていたのだろう。母の場合は香水作りが得意で、その香りを嗅いでいると不思議と体が元気になったり、頭が冴えたりしたものだ。母の作る香水は修道院の外でも人気で、よく行商人に売っていたと思う。

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