28 アマリアの秘密③
思い出すのは、アルフォンスたちと過ごした一年間のこと。
最初の半年は比較的穏やかで、アマリアはしょっちゅう趣味の紅茶を仲間に振る舞っていた。道ばたで摘んだハーブや薬草を主として作った紅茶は仲間にも大人気で、「これを飲めば魔物を素手で倒せそうだ」なんて言われたこともある。
(それに、紅茶を淹れるゆとりがあった頃は、アルフォンスたちが大怪我を負うことはなかった――)
ときには魔物の吐き出す業火に包まれることも、足を踏み外して崖から落ちることもあった。だがどの場合も比較的軽傷で済み、「運がよかった」「打ちどころがよかった」と言っていたものだ。
だが、アルフォンスが高難易度の依頼ばかり受けるようになり、アマリアにも余裕ができなくなってから、仲間の負傷率がぐっと高くなった。
以前なら軽い火傷で済んだ炎魔法を浴びると体中が焼けただれ、かつては軽い打撲で済んだ攻撃によって肋骨が何本も折れた。また、以前ならアルフォンスの剣の一撃で屠れた魔物相手に全員で挑んだというのに苦戦し、結局敗走することもあった。
それらのことを、仲間たちは「白魔法使いであるアマリアの努力不足」と結論づけた。
そしてエスメラルダが迎えられてからはますますアマリアの立ち位置は怪しくなり、竜の山で捨て置かれるに至ったのだ。
(でも……そうじゃなかった?)
討伐がうまくいかなくなったのは、アマリアの実力不足ではない。そもそも最初の半年が順風満帆だったのは、アルフォンスたちの実力あってのことではなかったのではないか。
(アルフォンスたちの旅がうまくいっていたのは、私がいたから――私が紅茶を作り、それを皆に飲ませていたから……?)
――どくん、と胸が不安な音を立てる。
ユーゴの言う「不思議な力」はアマリアが紅茶を作ることによって発揮され、それを飲んだものに力を与える。本来ならば死に至るような怪我も軽傷で済み、本来なら全員で束になって挑んでも勝てないような強敵を、たった一人の一撃で倒せる。
アマリアが紅茶を作らなくなったから、依頼が達成できなくなった。ますます余裕がなくなるからアマリアは紅茶を作れずじまいで、黄金の竜討伐も敗走する結果になった。
(そんな力が……)
つと、自分の両手を見つめる。
成人女性としては平均的な大きさで、作業をするため爪は短く切っており、ほどよく日に焼けている自分の手。
この手で作られた紅茶は、人間の可能性を大きく変えてしまうほどの力を有する。そんなおそろしいものを、今の今までアマリアはあらゆる人々に振る舞っていた。
(……怖い)
ひくひくと両手の指先が震え、力が入らなくなってくる。
この手に、そんな力があるなんて。
この手で作った紅茶によって、人の生死が分かたれることがあったなんて。
アマリアの変化にいち早く気づいたのは、レオナルドだった。
彼は椅子代わりの木箱を蹴倒す勢いで立ち上がると、テーブルを回ってアマリアの前に跪き、両手をぎゅっと包み込むように握った。
「アマリアさん……! どうか、そのようなお顔をなさらないでください!」
「か、かお……?」
「とても悲しそうで、お辛そうで……体もこんなに震えてます」
「えっ……」
レオナルドに指摘されて初めて、アマリアは両手だけでなく体全体ががくがく震えていることに気づいた。
ユーゴもまたアマリアの腕の隙間から膝によじ登り、正面からぎゅっと抱きついてきた。
「……ママ、ごめん。おれ、ママを心配させないために力のことを教えたのに、逆にママを悲しませてしまったんだね……」
「う……ううん、違う、違うの、ユーゴ。あなたのせいじゃない」
ふるふると首を横に振り、アマリアは言う。
ユーゴが、アマリアを気遣うがゆえの完全な善意で力の秘密を教えてくれたということは分かっている。だから彼を責めるつもりはない。むしろ、アマリアの力について教えてくれた彼に感謝するべきだろう。
「教えてくれてありがとう、ユーゴ。でも……ごめん、ちょっと、頭の中がごちゃごちゃしてて」
「ママ……」
「一度に多くの情報が舞い込んできたために、心身がお疲れになったのでしょう。……まだ日は高いですが、今日はゆっくり休むべきです」
「えっ、だめよ。この後、腰痛のおばあさんが治療に来る予定なのだから」
レオナルドの提案に、アマリアは急ぎ言い返した。
だがレオナルドは珍しく怒ったように眉を吊り上げ、「だめです」とぴしっと叱るように言う。
「腰痛の治療なら、一刻を争うわけではありません。……アマリアさんがおっしゃっていたでしょう? 白魔法には体力も精神力も使う上、ご自分は中級白魔法使いなのだからそれほど魔力がないので、自分の体調が優れないときに白魔法を使ったら昏倒することさえあると」
「レオナルドの言うとおりだよ。おばあちゃんにはおれが説明しておくから、ママは上で休んで」
ユーゴも大きな目をうるうるさせながら訴えてきた。アマリアは窘めたものの、やはりユーゴは自分の発言がきっかけでアマリアを困らせてしまったと思っているようだ。
(……申し訳ないけれど、きっと二人とも引いてくれないよね)
渋々アマリアが承諾すると、二人ともほっとした顔になった。そしてレオナルドは「失礼します」と一言断った後――ひょいっとアマリアの体を抱き上げてしまった。
「……え? わ、うわっ!?」
「できたら僕の首に腕を回してもらえますか」
「は、はい。こう……?」
「ええ、そうです。上まで運びますね」
言われるままにおずおずとレオナルドの首に腕を回して抱きつくと、柔らかく微笑まれた。
彼に笑顔を向けられると、それまで鬱々としていたというのに妙に胸がざわついてしまう。
(……わっ。レオナルド、こんなに体がしっかりしていたんだ。それに、結構目線も高い――)
昔はアマリアがレオナルドを抱っこして部屋まで送ってあげたりしたものだが、片方は十年の歳月を経て立派な青年になり、片方は当時と変わらず。
そのため圧倒的な力の差が生まれていて、アマリアはあっけにとられるばかりだ。
空気を読んだらしいユーゴが先回りし、リビングのドアを開けたり階段に置いていた籠を脇に退けたり寝室のドアを開けたりして、レオナルドのための道を作る。
そうしてレオナルドはアマリアをベッドに横たえると丁寧に靴も脱がし、上掛けも掛けてくれた。
「さ、後のことは僕とユーゴに任せて、アマリアさんは寝ていてください」
「まだ、眠くは――」
彼がカーテンを閉めながら言ったため、部屋の中はほどよく日光が遮られる。そうすると不思議と、体がずんっと重くなって眠気が押し寄せてきた。
レオナルドはアマリアを見下ろすと、額に掛かる前髪をそっと掻きやってくれた。その手先はどこまでも優しく、愛情に満ちていて、なぜだか胸が苦しくなってくる。
「おやすみなさい、アマリアさん。目が覚めてすっきりしてから、話をしましょうね……」
いつもより低くゆっくりとレオナルドの声が紡がれているからか、彼が部屋を出るか出ないかというときには既に、アマリアは静かな寝息を立てていた。




