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捨てられ白魔法使いの紅茶生活  作者: 瀬尾優梨
第1部 秋から冬
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26 アマリアの秘密①

 竜の山に登った翌日。


「ほら、こんなんでどうだ?」

「……」


 アマリアは何も言えず、目を皿のようにして目の前の物体を凝視していた。


 ころんとした丸いボディに、おしゃれな帽子のような小さな蓋。持ち手は大きめなので、大人の男の指も余裕で入るだろう。

 白い磁器製だが、よく見ると表面に微かな凹凸がある。少し距離を取って眺めると、凹凸によって表面に小さな薔薇が描かれていることが分かった。


 今朝、ブルーノが懇意にしていた行商人がやってきたということで、アマリアはわくわくしながら雑貨屋を訪れた。ブルーノはアマリアが来るのを心待ちにしていたようで、アマリアが挨拶するなりニッと満面の笑みを浮かべ、木箱に入れられていたこのポットを見せてくれたのだ。


(とってもきれいな白磁のポット……)


 旅に出ている間もティーポットは持ち歩いていたが、あれは長旅でも保つように軽くて割れにくい素材で作られていた。

 だから、レアンドラでは滅多に見られない美しい白磁のポットは貴重だし、うっとりしてしまうほど美しかった。先ほど蓋を開けて内部も確認したが、しっかりした作りだし注ぎ口の部分も精巧に作られている。


(これでお茶を淹れられたら……ああ! 早く淹れたい!)


 ブルーノは言葉を失っているアマリアを見て苦笑し、代わりにレオナルドに声を掛けた。


「なかなかきれいな品だろう? 白磁はこのあたりではちょっと珍しいんだが、どうやら型落ちらしくてな。思ったよりも安く買えるってことだから、アマリアのためにと思って譲り受けたんだ」

「きれいなポットですね。……アマリアさん、どうですか?」

「わっ」


 ひょっこりと顔を覗き込んできたレオナルドに尋ねられ、完全に不意打ちを受けたアマリアは驚き声を上げてしまった。目の前のティーポットに集中するあまり、レオナルドが近づいていることにも気づけなかった。


「こ、これはとても素敵なポットね! 是非買いたいわ!」

「もちろんだとも。行商から買ったときの値段にちょっと色を付けるから、これくらいになるが――」


 そう言ってブルーノが提示した値段はアマリアが想定していたよりも若干高めだったが、もっと安っぽい茶器になると思っていたので、これほどの品なら言い値で買っても全く文句はない。


(ポットを買うことについてはレオナルドもユーゴも理解してくれているし、ここ最近私の食費はちょっと抑えて節約していたから……いいよね?)


 そうして思いきってポットを購入したアマリアは、浮き足立つ気持ちで帰宅した。「うっかり壊してはいけませんからね」とレオナルドが言うので彼に品物は持ってもらい、家に帰るなり厨房に直行する。


「よし、早速おいしい一杯を淹れるわよ!」

「ママ、いつもみたいに火を熾せばいい?」

「うん、よろしく。それと――ごめんなさい、レオナルド。ちょっと手を借りてもいい?」

「もちろんです」


 男二人が快く協力してくれるというので、アマリアは意気揚々と腕まくりをして材料を探しに食料庫へ向かった。


 ポットが手に入ったらまず、淹れたいと思っていた茶がある。


(ハーブと、蜂蜜。それから、昨日買った果物)


 必要なものをひょいひょいと選んで籠に入れ、厨房に戻る。ちょうど火を熾したらしいユーゴにはいつも通りポットで湯を沸かすよう指示を出し、アマリアはレオナルドと一緒に果実の皮剥きを始めた。


 今回選んだのは、皮の表面が少しぶつぶつしているフィフィという果実と、薄緑色の握り拳大のモレという果実。フィフィはともかく、酸味のあるモレは一般家庭でもよく使われるメジャーな果実だ。


 モレは二等分し、スプーンで果実をほじくり出して布で包む。それを絞る作業はアマリアより手が大きくて握力があるレオナルドに頼み、アマリアはフィフィの処理を始めた。


 フィフィはゴツゴツした皮を剥いた中身は水分たっぷりで、地域によっては夏場の水分補給も兼ねて食べられることもあるという。

 種を取り、実はぶつ切りにしてポットに入れる。ちょうどレオナルドがモレを絞り終えてユーゴの方も湯が沸いたようなので、ポットにモレの汁と刻んだハーブを入れ、一気に湯を注いだ。


 これまでは市販の茶葉を使っていたので、ハーブや果実を使った自家製の茶を作るのは今回が初めてだ。新しいもの好きのユーゴはもちろん目を輝かせているし、レオナルドも興味があるようで手を拭きながらじっとポットを見ていた。


「……よく考えると、アマリアさん自家製のお茶を飲むのは久しぶりですし、作る姿を見たり手伝ったりするのは初めてですね」

「そういえば、孤児院ではいつも完成したものを出すだけだったわね」


 ポットに蓋をし、指でテーブルを叩いて時間を数えながらアマリアは答えた。

 孤児院では基本的に子どもの厨房への立ち入り禁止だったので、レオナルドたちにお手製の茶を振る舞ったことはあっても、作る姿を見せたり手伝ってもらったりということはなかった。


(こういうのも、大人になったことによる変化なのかもしれないな)


 先ほどモレの汁を搾っていたレオナルドの手つきは慣れていない感じがしたが、彼ももうアマリアより年長になったくらいなので、子どもの頃のような危なっかしさはない。一抹の寂しさもあるが、それも十年という歳月がもたらした変化なのだと実感させられた。


 普段よりも若干長めに蒸らし、蓋を開けて中の様子を見る。ブルーノはこのポットについて型落ちだから安く手に入ったと言っていたが、性能は申し分ない。

 ふわっと甘い香りが漂い、ユーゴがスンスンと鼻を鳴らした。


 今日は秋にしては少々温かいので、せっかくだから冷茶にすることにした。普通なら時間を掛けて冷ますしかないのだが、我が家には万能魔法使いがいる。


 ポットから大きめのグラスへと紅茶を注ぐ。三種類の素材はどれも色素が薄めなので、本日の茶は薄い黄色で、いつもよりも透明感がある。

 それをユーゴが両手で包み込んで「むーん!」と唸ると、あら不思議。厨房内の気温がひゅっと下がり、湯気を上げていた紅茶はあっという間にほどよい温度に冷めた。


 まだモレの実が残っていたので輪切りにしたものをさらに半月型に切り、グラスに投入する。仕上げに蜂蜜をひと掬い入れたら、フィフィとモレを使ったハーブティーの完成だ。


「おいしそう!」

「ええ、とてもいい匂いですね」

「多めに淹れたから、どんどんどうぞ」


 ポットの中身をそれぞれのグラスに注ぐと、レオナルドとユーゴが早速口に運んだ。

 今回のハーブティーは冷製だからか、いつもは少しずつのレオナルドも今日はユーゴと同じようにぐいっと一気に飲んでいた。


「……どうかな?」

「すごくおいしいです! 清涼感のある香りで、フィフィの甘さとモレの酸っぱさがいい感じですね。ありがとうございます」


 そう言ってレオナルドはぽわっと笑った。心底幸せそうなその顔を見ていると、まだ紅茶を飲んでいないというのにアマリアも幸せで胸がいっぱいになる。


(ああ、やっぱり誰かの喜ぶ顔を見られるのって、いいなぁ)


 白魔法で治療をするときも、紅茶を淹れたときも、誰かの笑顔や「おいしい」の言葉、そして「ありがとう」の言葉がもらえたら、アマリアも嬉しくなる。やってよかった、と心から思えるのだ。

植物辞典③

フィフィ……梨のような果実。皮の表面がぶつぶつしていて、果肉は水気が多い。


植物辞典④

モレ……熟す前のレモンのような果実。酸っぱい。

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