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捨てられ白魔法使いの紅茶生活  作者: 瀬尾優梨
第1部 秋から冬
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25 竜の山のピクニック②

 しばらくすると、ユーゴが戻ってきた。砂遊びをしたからか、その両手は真っ黒だ。


「ママ、話は済んだ?」

「ええ。……はい、そこで止まって」


 ぴっと片手を挙げて言うと、ユーゴはその場で急停止した。

 そして、アマリアが自分の両手を気にしているらしいと知ると、「ああ、洗わないとね」と呟き、自ら両手から溢れさせた水で手の泥を洗い流した。本当に、あらゆる属性の魔法を使えるというのは便利だ。


 三人は一旦斜面を下り、草地のところまで戻ってから休憩することにした。

 レオナルドが持ってくれたリュックから布製のシートを出し、そこに腰を下ろす。


「ユーゴはこれね。お肉の挟まったパン。好きでしょう?」

「うん! ありがとう、ママ!」

「ここまで持ってきてくれたのはレオナルドよ」

「……うん。レオナルドも、ありがとう」

「どういたしまして」


 レオナルドが微笑んでユーゴの髪をくしゃっと撫でると、「ぐしゃぐしゃにしないでよ!」と頬を膨らませてはいるが、大人しく身を任せていた。やはりレオナルドはそれなりに子どもの扱いに慣れているし、ユーゴもレオナルドに面倒を見られるのはまんざらでもないようで安心した。


 アマリアとレオナルドでユーゴを挟むように座り、持ってきた紅茶を飲みつつ軽食も食べる。かつては魔物が溢れていた山も今は穏やかそのものなので、今日のようにピクニック気分で歩くのに最適だ。


「……そういえば、アマリアさん。修道院や孤児院には本当に連絡をしないのですか」


 ユーゴの口元に付いた食べかすをハンカチで拭ってやっていると、レオナルドに尋ねられた。彼はユーゴのそれよりも一回り大きいパンを手に、アマリアを見つめている。


「……僕はしばしば孤児院と連絡を取り合っているのですが、皆アマリアさんのことを気にしていました。去年訪ねた際、院長先生もあなたのことを話していました」

「院長先生が……」

「はい。でもまだお元気そうなので、手紙だけでも送れたらきっと喜ばれますよ」


 アマリアは視線を落とした。

 院長先生は、アマリアが赤ん坊だった頃から面倒を見てくれた恩人だ。十歳のときに母を亡くしてからは、母親代わりとなってアマリアを育ててくれた。


「……どうにかして、私が生きているということだけでも伝えられたら、と思うわ」

「そうですね。よかったら、今度孤児院に手紙を書く際にアマリアさんのことをそれとなく伝えますよ。諸事情があって修道院には戻れないけれど、僕はアマリアさんと再会できました。元気で幸せに暮らしています、って」

「……そうね。院長先生ならきっと分かってくださるわ。ありがとう」


 ギルド関係者やアルフォンスは、アマリアが修道院出身で孤児院の院長先生とも懇意であることを知っている。今でも覚えているかどうかは怪しいが、なんらかの理由でアマリアの生存がアルフォンスに伝わってしまうと面倒なことになるだろう。


 自ら進んで復讐はしない、関わらない、と宣言したのだから、自分が生きているということを知らせるのはほんの一握りの人に留めたい。


(元々院長先生やシスターたちは、アルフォンスのことをそれほどよく思っていなかったみたいだし……大丈夫よね)


 ……そんな、「よく思われていない」アルフォンスに付いていった自分も自分だが、終わった話をほじくり返しても仕方ない。


 大人しくパンを食べながら話を聞いていたユーゴが、顔を上げた。


「ねえ、ママが時々言っている『いんちょうせんせい』って、誰のこと?」

「ユーゴにはまだ言っていなかったね。私は子どもの頃に母親を亡くして、孤児院――えーっと、親のいない子どもたちが一緒に暮らす施設で育ったの。院長先生はそこの責任者で、私の母親代わりみたいな人よ」


 人間界の単語に疎いユーゴのために噛み砕いて説明すると、彼はふんふんと頷いてパンを飲み込んだ。


「そっか。それじゃあママにとっての院長先生は、おれにとってのママみたいなものなんだね?」

「んー、そうね。血のつながりはないけれど面倒を見ている、っていう点では同じね」

「それじゃ、院長先生はおれの……おばーちゃんってこと?」


 ユーゴの言葉にアマリアとレオナルドは顔を見合わせた後、くすっと笑った。

 なるほど確かに、ユーゴにとっての院長先生は「ママのママ」にあたる。となれば、彼の知識では院長先生は自分にとっての祖母ということになるだろう。


「ふふ、そうかもね」

「そっか。ママがこんなにきれいで優しいのは、院長先生のおかげなんだね」

「あ、ありがとう。優しいのはまあいいとして、見た目はどうなのかしらね……」

「えっ、でもおれが今まで見たことのある人間の中では、ママが一番きれいだよ。レオナルドもそう思うよね?」

「えっ、僕?」


 急に話題を振られたからか、アマリアとユーゴが話している間に静かに紅茶を飲んでいたレオナルドはびっくりして、水筒を取り落としそうになっていた。

 慌てて水筒を掴み直し、レオナルドは困ったように視線を左右に泳がせる。


「それは……確かに、アマリアさんはとてもきれいです……はい」

「ごめん、レオナルド。無理矢理言わせているわよね」

「そんなことありません! 僕だって、これまで出会ってきた女性の誰よりもアマリアさんが美しいと思っています!」

「えっ」

「えっ」


 思わず顔を見合わせる、アマリアとレオナルド。

 話題を振った張本人であるユーゴは、「これ甘ーい!」と今の会話には既に興味を失ったようで、紅茶に夢中である。


(えっと……これはかなり、照れるかも……)


 母譲りの栗色の髪に、藍色の目。

 若い頃は「お母様とよく似て美人」と褒められていたが、いざ外の世界に出ると自分の容姿なんて十人並みであることを思い知らされた。


 町で見かける少女たちはきれいに着飾っていて華やかだし、宝玉のように美しいエスメラルダが加わってからはもはや、アマリアなんて修道院で拾った石のような扱いだった。


 レオナルドだって当然、美しい女性たちを何人も見てきただろう。それどころか彼は数年前キロスに渡って、エスメラルダにも会っている。おそらく当時のエスメラルダは二十代前半だっただろうが地の顔面レベルがアマリアとは大違いなので、少々年を取ろうと絶世の美女であることには変わりなかっただろう。


「……そう言ってくれるのは嬉しいけれど、エスメラルダ様とかの方がもっときれいじゃない?」

「エスメラルダ様? 確かにおきれいな方でしたが――」


 ――つきん、と胸に小さな針が刺さった。


「――ちょっと感情的すぎましたし、身なりが派手で僕の好みじゃないというか……なにかほの暗いものを感じるというか……とにかく、僕はアマリアさんの方が素敵だと思います」

「う、うん。あり、がとう」


 思わず片言になりつつ、アマリアはぎくしゃくと礼を言った。


 世界中の人に投票を頼めば、アマリアよりもエスメラルダの方が圧倒的に多くの票を得るだろう。それは当然のことだし、逆に自分の方の票が多ければ、世の人の美的感覚が狂ったのか、裏で怪しい票操作が行われたのかと勘ぐってしまうだろう。


 だが、レオナルドはアマリアの方に票を入れてくれた。彼のことだから、お世辞とか哀れみとかで票を入れるとは思えない。


 百人の知らない人に褒められるより、一人の心許せる人に褒めてもらえる方が嬉しい。

 そのことを知ったアマリアは、照れ隠しもあって思いっきりパンにかぶりついたために噎せてしまい、レオナルドとユーゴを慌てさせてしまうのだった。

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