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捨てられ白魔法使いの紅茶生活  作者: 瀬尾優梨
第1部 秋から冬
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24 竜の山のピクニック①

 レオナルドは毎年この時期になると、竜の山に登るためにギルドの仕事をしばらく休むことにしているそうだ。今年はアマリアとの再会を果たしたこともあり、休日申請期間が終わるまではこのポルクで過ごしつつ、皆との親交を深めることにしたという。


 本日、アマリアたちは件の竜の山に登ることにした。冷ましておいた紅茶を水筒に入れ、腹が減ったとき用の軽食も包んでリュックに入れる。それらはレオナルドが進んで持ってくれたので、アマリアとユーゴは身軽な格好で登山に挑むことができた。


 アマリアにとっては約二ヶ月ぶりに登る山だが、レオナルドにとっては一年ぶりの光景になる。

 ぽつぽつと草木の生えている山肌を見、レオナルドはふーん、と小さく唸った。


「昨年来たときよりも、緑が増えていますね」

「……そういえば十年前は、ユーゴが昼寝をしていたからかこのへんはうだるように熱くて、草木なんて一本も生えていなかったのよね」


 アマリアも足を止め、山の中腹から麓を見下ろした。


 黄金の竜の討伐依頼を受けたアルフォンスたちに付いていったときは、山を登るのも一苦労だった。アマリアもそれほど体力がある方ではないが、一行にはエスメラルダがいた。

 風魔法と氷魔法が得意な者はせっせとエスメラルダに冷風を送り、彼女の玉の肌が傷つかないようにしていた。当然、アマリアは放置で、フラフラしながら仲間たちの後を追っていたものである。


 黄金の竜であるユーゴが目を覚ましてアマリアもろとも魔界に去ってから、この地帯はあの熱気も収まり、草木が生えるようになった。レオナルド曰く、彼が最初にここを訪れるようになった四年前より、もっと気温が下がって植物の数も増えているそうだ。


 レオナルドはアマリアの歩く速度に合わせてゆっくり歩いてくれるが、元気いっぱいなユーゴはアマリアの許可を得た上でさっさと一人で上がり、楽しそうに走り回っているのが見えた。

 三人の他に人影はないし、もし魔物が現れてもユーゴの「えいっ!」で灰燼に帰すだろうから、全く心配していない。


 一抱えほどある大きな石を抱えてなにやら遊んでいるらしいユーゴを遠目に見つつ、アマリアは振り返る。


「……レオナルドは、毎年ここに登っていたのね」

「はい。四年前は、あなたに繋がるのならどんな些細なことでもいいからきっかけがほしくて。……あなたが生きていることを信じてはいましたが、もしかしたら、と思って地面を掘り返して遺品がないかも探しました」


 レオナルドは言いにくそうだが、彼の心情はよく分かる。

 アマリアの生を信じていても、その生存は絶望的だった。もし死んでいたなら遺品でもいいから探したい――そう思うのは決して愚かなことではないだろうし、彼のそういった行いをアマリアはありがたいと思った。


「それ以降も、秋が近づくとそれまで受けていた仕事に一区切りを付け、毎年この地方に来ました。当然、時間が経てば経つほどあなたの縁は薄くなっていく。……こんなことを続けて本当に意味があるのだろうか、と思ってもいました」

「……でも、会えたね」

「はい」


 二人の視線がぶつかる。

 灰色の目を見ていると、なぜかとても安心することができた。


 二人は再び歩きだした。草木が生えているあたりはまだ歩きやすかったが、黄金の竜と出会った場所――山の山頂付近になると、足元はぱさぱさした黒い砂地になり、えも言えない物寂しさが漂う荒涼土地に変わった。


「……私、ここでアルフォンスたちに置いていかれたのよね」


 ユーゴが手を真っ黒にさせて砂で遊んでいるのを見つめつつ、アマリアは呟いた。


 ――レオナルドたちにとっては十年前のことでも、アマリアにとっては先日の出来事。だから、そのときの光景も感情も、はっきりと思い出せる。


 レオナルドは横目でアマリアを見、悲しそうに眉を垂らした。


「……お辛かったでしょう」

「…………そうね。捨てられた、囮にされた、と気づいたときは辛かったし、黄金の竜――ユーゴの姿を見たときには、さすがに死を覚悟したわ」

「それはそうでしょう。……あなたを見捨てた連中が今ものうのうと裕福な暮らしをしているのだと思うと、腹が立ちます」


 基本温厚なレオナルドにしては珍しく、彼は小さく舌打ちをしてアルフォンスたちを呪っている。

 アマリアは苦笑し、レオナルドの肩をそっと叩いた。


「そういう風に言ってくれる人がいるだけで、私は十分よ。……それに、ね。実は一番辛かったのは、レオナルドとの約束を守れないことだったの」

「……僕の、ですか?」


 問われたアマリアは頷き、胸ポケットから白い花のお守りを引っ張り出した。

 再会のときにも丘で見せたのだが、レオナルドはお守りを見るとかあっと赤面し、両手で顔を覆ってしまった。


「え、えっと、それを持っていてもらえたのはとても嬉しいんですが……すみません、子どもの頃のませた自分が恥ずかしいです」

「そう? 私はこのお守りがあったから、辛い旅路でも頑張れたのよ」

「……」

「それに、こうしてちゃんと約束を果たすことができた。……アルフォンスたちのことは、やっぱり許せない。でも、ギルドでの報酬金が目的とはいえ、レオナルドたちを残してホイホイついて行った私も浅はかだったわ」

「……連中に復讐をしようとは思わないのですか」


 静かな声で問われ、その声の低さに一瞬だけびくっとしてしまう。

 レオナルドの眼差しは冷たく、睨むように空の彼方――キロス王国のある方を見据えていた。


(……復讐、ね)


 レオナルドに言われて初めて、そういう手法を取ることもできるのだと知った。アルフォンスたちは黄金の竜を倒したと偽り、アマリアが行方不明になったことも美談のように語っているという。


(そんな彼らのところに私が現れたら、どうなるかな?)


 今は竜退治の英雄であり王女の婿として悠々自適に暮らしているようだが、竜を倒したことなんて大嘘だし、おまえたちがアマリアを見捨てたのだろうと暴露すれば、その場はさぞ愉快なことになるだろう。もし信じられなくても、その場の空気をかき乱すことはできるはずだ。


(……でも)


「……私の方から積極的に復讐しようとは思わないわ」

「それでいいのですか?」

「そりゃあ、痛い目に遭わされた分はきっちりお返ししたいとは思う。大嘘の上に作り上げた幸福なんて、崩れてしまえばいい。私を馬鹿にして、足蹴にして、見捨てた人なんて、不幸になればいい。……そう思うけれど、そう思ってしまった時点で私は、アルフォンスたちと同類になってしまっているのよ」


 修道院で慎ましく暮らしてきたアマリアだが、特別信心深いわけでも心が清らかなわけでもない。

 嫌いな人は嫌いだし、「こいつ消えればいいのに」と思ったことだって何度もある。嫉妬も逆恨みもするし、院長先生に叱られるようなこともしてきた。


「だから……今の私をそっとしておいてくれるなら、もういいの。なんというか、これ以上関わりたくない。幸いこの集落は都会からもキロスからも離れているから、そうそう情報は入ってこない。それならそれでいいかも、って思うの」

「……分かりました。アマリアさんがそのように思っているのに、僕の方が無粋なことを聞きましたね」

「復讐したくないのか、ってこと? 気にしないでいいわよ。そういう提案をしてくれる分には全然構わないし、私も過去を顧みるきっかけになったからね」


 ひゅう、と肌寒い風が頬を撫でていったので、アマリアは目を細めて空を見上げた。

 かつては竜や魔物が住んでいた曰く付きの山だからか、この山頂付近だけ空が曇って見える。麓の方ではちらほらと鳥の姿も見えたが、このあたりは動物の気配さえ感じられない。

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