23 三人の朝食
基本肉食のユーゴと違い、人間であるアマリアとレオナルドは栄養バランスのいい食事をしなければならない。
(レオナルドは確か、少しは苦いものも好きだったね。それなら、ドレッシングをいつもよりもちょっと苦めにしようか)
アマリアはあまり食事へのこだわりがないので、レオナルドの味覚に合わせればいいだろう。
作り置きのドレッシングの蓋を開け、中身を少量コップに移す。そして、籠一杯に盛ったハーブの中から、必要なものを選び出した。
この集落は基本的に農業でもっているが、少し足を運んだ野原にはハーブや食用の花が生えているし、果実なども収穫できる。ポルクには食用の植物に詳しい者がいないらしくかなりもっさりと生えていたので、アマリアは一応ブルーノに許可を取った上でそれらを採取した。
ハーブや花は、いずれ紅茶用ポットが入手できた際には自家製紅茶を作る材料になるし、果実や木の実は紅茶の風味を引き立てるアクセントにもなる。花の中にはとても甘い蜜を蓄えているものもあり、貴重な蜂蜜や砂糖に代わる甘味料にすることもできるのだ。
ハーブの中から、すっとした香りと少しの苦みのあるものを取り出し、水でさらしてから細かく刻んだ。
このハーブは生えているときにはそれほどの匂いはないが、刻むことで内側の汁がにじみ出て、香りが強くなるという特徴がある。すり潰してもほぼ同じ効果が得られるが汁で手や器がベタベタになりやすいので、刻む方が使いやすいとされている。
刻んだハーブを先ほどのドレッシングに入れ、混ぜる。味が染みこむまでもう少し時間が掛かるので、その間に野菜を洗ってサラダにし、あらかじめユーゴが竈に火を付けてくれていたのでスープも作る。
作り置きのパンも温め、スープがコトコトと煮え始めた頃、廊下の方がにぎやかになった。
「ママ! お風呂入ってきたよ!」
「レオナルドに迷惑は掛けなかった?」
「掛けないよ!」
ぴょんっと飛び跳ねる勢いでユーゴが厨房に入ってきて、数秒遅れてレオナルドもやって来た。二人とも髪を洗ったからか髪がしっとりしているし、偶然両者とも金色なので、一瞬親子のように見えた。
レオナルドとユーゴは色合いが似ていて、ユーゴとアマリアは母子ということになっている。
つまり――
(……いやいや、似ているのは髪の色だけで、親子じゃないって!)
自分で勝手に考えておきながら気恥ずかしくなり、アマリアはさっと視線を逸らしてお玉で鍋の中をかき混ぜた。こんなことを考えているとレオナルドにばれたら、変な顔をされてしまうだろう。
間もなく朝食の準備ができたので、リビングに運ぶ。大皿はレオナルドに頼み、「おれも持つ!」とお手伝いをしたがるユーゴにはドレッシングの入ったコップだけを持たせておいた。
今日のメニューは、温めたパンとスープ、特製ドレッシングの掛かったサラダと、昨日の夕食で作った紅茶の残りだ。この紅茶は一晩置いておくと色が少しだけ濃くなり、香りが増すという特徴があった。
「ユーゴをお風呂に入れるとき、問題はなかった?」
朝食を食べつつ尋ねると、パンを千切っていたレオナルドは笑顔で頷いた。
「はい、孤児院の子に比べるとずっと手が掛からなかったです。……でも僕、ユーゴの正体が竜と聞いたから、体中に鱗が生えているかと思ったのですが、そういうわけではないのですね」
「ん? ……ああ、確かにね」
一瞬レオナルドの言葉の意味を取りかねたが、すぐに分かった。
アマリアはレオナルドと違い、最初に見たユーゴの人間の姿が全裸だった。だから彼の体が人間の子どもと何ら違いがないことも、体に鱗や尻尾の痕もないことも分かっていた。だがレオナルドからすれば、服の下には鱗があると思ってもおかしくはないだろう。
ユーゴはアマリアの隣で肉のかけらの入ったスープを飲んでいたが、話を聞いたらしくスプーン片手に顔を上げた。
「おれ、人間としてこの世界を研究できるように、ちゃんと工夫してるんだ。本当は、この姿でも爪や牙を残した方がやりやすいんだけど、それじゃあダメだと思ってママが知っている子どもの姿を使うことにしたんだ」
「……私の?」
初耳の情報に、レオナルドだけでなくアマリアも反応した。
ユーゴは頷き、スプーンをくわえながら言う。
「魔界にいる間は、ママの頭の中のこともちょっと見えたんだよ。そうしたら、たくさんの人間の子どもの姿が見えてきて。だから、その辺の情報をつぎはぎして今のおれの姿を作ったんだ」
「そ、そんなことをしていたの?」
「うん。……勝手に頭の中を見てごめんね、ママ。でも、おれが見えたのはほんの一部分だし、あくまでもママが見た経験のある光景だけだから」
(……そういうことか。だから、人間の暮らしには疎いわりに見た目は普通の子どもと大差ないし、言葉も通じるのかな)
アマリアがかつて孤児院で面倒を見ていた子どもたちの情報をもとにしたのなら、髪や目の色、並はずれて美しい顔立ちなどを除いた体のつくりが人間の幼児と同じだというのも理解できる。そもそも竜族とか魔界とかというのはアマリアの想像を超えているようだから、突っ込むのも野暮なのかもしれない。
その後も、三人でたわいもない話をしながら食事を進める。ユーゴは自分も積極的に話をしたがったが、アマリアとレオナルドが昔話などをしている間は大人しく座っていた。彼なりにアマリアたちのことを気遣い、邪魔をしないようにしてくれているのだろう。
食後、最初に頼んだように食器の片づけをレオナルドに任せ、アマリアは風呂場に向かった。先ほどユーゴが温め直してくれていたので、二番風呂ではあるが十分温かい湯に浸かることができた。
(……思ったよりもユーゴとレオナルドはうまくいっているみたいだな)
髪を洗ってタオルでまとめ、湯船に浸かりながらアマリアは考えていた。一人静かに湯に浸かっていると、壁を挟んで向こう側の厨房でレオナルドとユーゴがなにやら話をしている声が微かに聞こえる。
レオナルドはあくまでもアマリアの家を拠点にしているだけで本業は傭兵だが、正体が竜とはいえ男の子を育てている身としては、彼の存在はとてもありがたい。別に五歳程度の男の子の体を洗ってやったり体の仕組みを教えてあげたりすることに抵抗はないが、やはり同性の大人の方が何かとスムーズに接してあげられるだろう。
「……レオナルドが来てくれて、よかった」
呟いた声は狭い浴室内で思ったよりも大きく響き、なんとなく恥ずかしくなって鼻の下まで湯に沈み込んだ。




