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捨てられ白魔法使いの紅茶生活  作者: 瀬尾優梨
第1部 秋から冬
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21 夜の一騒動①

 夕食の後に相談した結果、レオナルドはギルドに籍を置きながら、アマリアの家を拠点として生活することになった。


「これまでは、拠点にする場所がなかったの? それって、困ったんじゃない?」


 五年間の傭兵生活についての話を聞いたアマリアは、難しい顔になってしまった。


 アマリアの場合は修道院という帰る場所があったし、一種の出稼ぎのつもりだったのでたくさんの荷物を持って歩く必要はなかった。

 だがレオナルドの場合、一応連絡先として孤児院を登録しているが、成人してからは部屋も引き払っているので、「帰る場所」とは少し違う。そのため町から町へ、戦場から戦場へ渡り歩く日々を送ってきたので、「帰宅して一休みする」という場所がなかったのだという。


 同じようにギルドに登録した身ではあるが、アマリアは冒険者で、しかもパーティーに加わる白魔法使いだった。レオナルドは身一つ剣一本で生計を立てる傭兵なので、冒険者のように魔物退治をするだけでなく、貴人の護衛になって狼藉者と戦うこともある。


(私が一年間で戦ったことがあるのは、魔物ばかりだった。でも、レオナルドが戦ってきたのは魔物だけじゃない。傭兵なのだから、人を斬ることもあった――)


 そうしないと強くなれないし、生きていけるだけの金を得ることができなかった、という彼の背景が分かると、胸が痛くなる。

 レオナルド自身が選んだ道とはいえ、それに至った経緯にはアマリアの存在も一枚噛んでいるのがまた心苦しい。


「そうですね……どうしても一年のうちのほとんどを旅先で過ごすことになるので、大きなものを持てないというのは不便でしたね。だから正直、アマリアさんの家を拠点にできてとても助かるのです」


 レオナルドは穏やかな表情で言う。

 この集落から馬で半日ほどの距離のところに、小規模の町がある。これから近場の仕事ならその町のギルドで受けられるし、都会に行けばもっと稼げる仕事が見つかる。これからはアマリアやユーゴの様子に応じて、受ける仕事を変えるつもりだという。


「あ、そうそう。僕、あまりものを買わないたちなので、結構貯金はあるんです。今はギルドに預けているので、今度持ってきますから自由に使ってください」


 あまりにさらっと言われるものだからついつい「ええ、ありがとう」と言いそうになり、アマリアははたと口をつぐんだ。


(お金を……自由に使えって?)


「それはだめでしょ」

「え、なんでですか?」

「だって、レオナルドが五年間で貯めたお金ならあなたが使うべきじゃない。私がそれをもらういわれはないと思うわ」


 確かに金があれば生活は楽になるが、自分で稼いだわけでもない金をもらって遊んで暮らすつもりはさらさらない。


 だがレオナルドは首を傾げ、「そうですか?」と不思議そうに目を瞬かせた。


「僕が稼いだ金なのだから、僕が自由に使えばいいでしょう? だから僕は、貯金をアマリアさんに渡したいんです」

「だからそれがおかしいの!」

「おかしくないですよ? そもそも僕ってあまり金のやりくりもうまくないんで、持っていても溜まるばかりか変に浪費してしまうかだと思うんです。それにギルドの預かり所だって絶対に安全とは言えませんし、それくらいならアマリアさんに持ってもらった方がいいんです」

「そんなこと言われても、私だってうまく使えないかもしれないし……」

「うーん……あ、そうだ。それじゃあ、僕がここに居候する居住費や食費だと思って受け取ってください」


 ひらめいた、とばかりにぽんと手を打ち、レオナルドは晴れやかな表情で言う。


「僕はあまり料理が得意じゃないんで、ここに戻ってきたときには今日みたいにアマリアさんの手料理が食べられたらなぁ、って思うんです。それに僕は男だからアマリアさんより食べるし、食費もかかります。そういったこと全般の経費だと思って受け取ってくれませんか?」

「う……」


 きらきら目を輝かせて迫ってくるレオナルドに気圧され、アマリアは言葉に詰まってしまった。

 レオナルドは子どもの頃からそれほど弁が立つ方ではなかったが、何かにひらめいたときは今のように目を輝かせ、迫ってきていたものだ。

 こうなったときの彼はてこでも動かないし、いつもの遠慮がちな態度が嘘のように強引で強気になる。


(……まあ、それも彼のいいところでもあるんだよね)


 それに、こういうときのレオナルドの主張は、たいてい至極まっとうだ。本人にはその気はないのかもしれないが、相手が言い返せないと分かっているときにはかなり押せ押せになり、アマリアも何度か論破された経験がある。


「……分かった。でも、貯金の額によるからね!」

「はい。ああ、せっかくだから僕の貯金で僕の私物も買いますね。それくらいならいいでしょう?」

「……はぁ」

「えっ、すみません、迷惑でした?」


 思わず溜息をついたら、ものすごく慌てられた。

 ついさっき強気で主張を通したときとは大違いの様子に、アマリアはくすっと笑ってしまう。


「ううん、迷惑なんかじゃないわ。……ユーゴと二人で暮らすのも楽しいけれど、やっぱり気の置けない間柄の人がいてくれるとまた違うのね」

「……そうですか?」

「そうよ。……あっ、ユーゴ」


 ぱたぱたという足音に振り返ると、廊下からユーゴがこちらをじっと見つめていた。リビングでアマリアとレオナルドが話をしている間に、寝間着に着替えていたようだ。


「ママ、話は終わった? 寝よう」

「そうね。……それじゃあレオナルド、今日は色々あったし、ゆっくり休んで」

「はい。何から何までありがとうございます、アマリアさん」

「どういたしまして」


 席を立ち、アマリアはユーゴの待っている廊下に向かった。

 アマリアとユーゴは二階で寝るが、夜になるとこのリビングがレオナルドの寝室代わりになる。この後でレオナルドは毛布を敷いたりするのだろうから、邪魔にならないようにアマリアはさっさと上がるべきだ。


 だが、アマリアが話を切り上げてやって来たというのに、ユーゴはなぜかその場から動こうとしなかった。いつもなら抱っこをせがみ、早く寝ようと催促するのに。


「ユーゴ?」

「ママ、レオナルドにはおやすみのキスをしないの?」


 ――突然の、爆弾投下である。


 アマリアは思わず柱に頭をぶつけそうになったし、アマリアに背を向けて毛布を抱えていたレオナルドは、どさっと音を立てて毛布を取り落としている。


 そんな中で一人状況を把握できていないらしいユーゴはアマリアの部屋着の裾を引っ張り、至極真面目な顔で見上げてきた。


「いつもママは、おやすみのキスとおはようのキスをするでしょ」

「す、するわね! でも、それをレオナルドにする必要は――」

「なんで? ママは、いい夢が見られるようにっていうおまじないなんだって言っていたじゃん? ママがキスしたらレオナルドもいい夢が見られるんじゃないの?」


 ……そういえば、そんなことを教えた気もする。


 レアンドラでは夫婦や恋人同士だけでなく、親子やきょうだい、仲のいい友人同士でも頬や額へのキスをすることがある。アマリアだって、十一年前にはレオナルドと「約束」のキスをしたし、孤児院の子どもたちが寝るときにも、「悪い人にさらわれないように」と言ってキスをして寝かしていた。


 竜族であるユーゴにはキスという概念がなかったようで、最初の夜に頬にキスしたときはきょとんとされた。「今のは何?」と言われたので、親子や親しい者同士だとキスをするものだと教えたのである。


(確かにそうだけど、だからってレオナルドにキスをするのは――!)


 ちらっと脇を見ると、灰色の目とばっちり視線がぶつかった。毛布を取り落としたままこちらを凝視していたレオナルドはアマリアと目線が絡み合うとはっと目を丸くし、顔をさっと背けた。髪の隙間から見える耳は、既に真っ赤に染まっている。


(こ、ここはユーゴの親代わりとして、私がきちんと言い訳しないと!)


「えっとね、ユーゴ。確かに私は毎晩ユーゴにキスするけど、レオナルドは大人だから、キスしなくてもいい夢が見られるのよ」

「えっ? でも、おれがキスしたらママも次の日の朝、いい夢が見られたって言ってたじゃない? だったら大人でもキスした方がいいんじゃないかな?」


(確かにそうだけど……言ったけど……!)


 いずれこんな状況に陥るとは思っておらず、ユーゴを喜ばせるために適当なことを言っていたのが仇になった。


「えーっと……それなら、ユーゴがレオナルドにキスしてあげたら?」

「えっ、おれ、別にレオナルドと仲よくないんだけど? 仲がいいのはママでしょ?」


(……ああ、もうダメだ)


 人間界の知識には疎いわりに弁が立つユーゴに、この話題に関しては勝てそうにない。こうなったら腹を括り、レオナルドにキスをするしか――


「……というかさ、なんでママはそんなにキスをするのが嫌なの? 実はレオナルドのことが、吐き気がするほど大っ嫌いだとか?」

「そ、そうなんですか!?」

「そんなわけないでしょ!?」


 それまで黙っていたレオナルドにまで絶望的な声を上げられ、アマリアは急ぎユーゴの言葉を否定する。

 否定するが――


(……あれ? どうして私、こんなにムキになっているの?)


 ユーゴにも孤児院の子にも、キスをすることに躊躇った覚えはない。それは幼い頃のレオナルドも同じで、寝るときには他の子と同様に「おやすみなさい」とキスをしていたではないか。


 今のレオナルドは確かに昔よりもずっとたくましくなっているが、中身が激変したわけではない。相変わらず彼は優しいし、努力家だ。年齢は逆転してしまったが、昔の調子でさっとキスをしてさっと寝室に上がってしまえばいいだけのこと。


 それでもアマリアが黙っていると、ついにレオナルドの方が動いた。

 彼は一旦しゃがんで足元に転がる毛布を椅子に乗せた後、アマリアに歩み寄ってくる。

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