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捨てられ白魔法使いの紅茶生活  作者: 瀬尾優梨
第1部 秋から冬
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19 レオナルドの決意

 その後、アマリアは時間を掛けてレオナルドにこれまでのことを説明した。


 十年前、仲間に見捨てられて死を覚悟したアマリアは黄金の竜によって魔界で保護された。

 アマリアは竜に気に入られたようで魔界に留まるように言われたが、断った。そして人間界に興味のある竜は人間の子どもの姿になり、アマリアと一緒にこちらの世界に戻ることになった。


 竜――ユーゴ本人も気づいていなかったが、魔界にいる間にこちらの世界では十年の年月が流れていた。このままではギルドに再登録することも修道院に戻ることも難しいだろうと判断したアマリアは、知り合いがいないこの集落でユーゴと親子になり、一緒に静かに暮らしてみようと思った。


 レオナルドは情報を整理するのにかなり難儀していたようだが、アマリアとユーゴがそれぞれ事情を説明すると、やがて難しい顔で頷いてくれた。


「……にわかには信じがたいことばかりですが、現にアマリア様は僕が子どもの頃と全く変わっていません。その、僕は女性の見た目年齢とかに疎いので正直よく分からないのですが、もしかするとあなたを昔から知っている大人なら違和感を抱くかもしれませんね」

「ええ。ギルドに再登録するのも難しいだろうし――何より、昔の顔なじみといつ会うか分からない場所で暮らすのは不安だった。幸い私には白魔法の力があるから、これで最低限食べてはいける。ユーゴには命を助けてもらった恩があるし、この子と一緒に静かに暮らすのも悪くないかな、って思ったの。……その、あなたとの約束は破ることになるけれど」

「いえ、あなたの身の回りに起きたことを鑑みれば、その判断も致し方ないでしょう。……あなたはここまで苦労されてきたのですから、静かに暮らしたいと願うことは罪ではありませんよ」


 優しく言った後、ふとレオナルドはユーゴに視線を向けた。

 五歳程度の人間の子どもではなく正体は黄金の竜であると明かしたからか、ユーゴは子どもらしさを演出することなく、まるでアマリアの膝が玉座であるかのようにふんぞり返って座っている。


「なんだ、レオナルドとやら」

「ユーゴ君――いえ、ユーゴさんと呼ぶべきでしょうか。こんなことを僕が言うのはおかしいかもしれませんが――アマリア様を守ってくださり、本当にありがとうございます」


 そう言ってレオナルドが頭を垂れたので、ユーゴがぎょっとしたのが分かった。基本的に堂々としている彼がこれほどまではっきり動揺するのは、初めて見たかもしれない。


「あなたがアマリア様を魔界に連れていかなければ、アマリア様はきっと竜の山で亡くなっていた。僕は一生アマリア様と再会することができず、絶対に叶わない再会の想いを虚しく抱いて生きるしかなかったでしょう。だから、あなたの判断に感謝しています」

「……。……なんだ、傭兵の男とやらはどいつもこいつもあのガキどものようなろくでなしだと思っていたが、そうでもないのだな」


 ユーゴは調子を取り戻したのか仰々しく言うが、その声はちょっとだけ裏返っていた。「ろくでもないガキ」の一員だと思っていたレオナルドが、まさか自分に対してこれほどまで丁寧に礼を述べるとは思っていなかったのだろう。


 少々動揺しつつもまんざらでもなさそうなユーゴは振り返り、アマリアを見上げた。


「それで、ママはどうする? この男はママとの再会だけを胸に今日まで生きてきたようだけれど……」


 向かいの席で「ちょっと恥ずかしいんですけど……」とユーゴの言葉に赤面するレオナルドを、アマリアはじっと見た。


 もとより、ユーゴはレオナルドを味方に引き入れるつもりだったのだろう。彼のカンとやらをどこまで信じていいのかは分からないが、もし色々なことにレオナルドが協力してくれるのならとてもありがたい。


(でも……)


「……私は、レオナルドには自分が願うように生きてほしいと思っている」


 ユーゴの柔らかい金髪を撫でながら、アマリアは静かに言った。

 ユーゴの金色の目とレオナルドの灰色の目が自分に向けられているのを感じ、少し視線を逸らす。


「……私だって、十一年前の約束を叶えられたのはとても嬉しい。でも――私やユーゴの事情を打ち明けておいてこんなことを言うのも愚かしいと思うけれど、レオナルドが傭兵として活躍したいのなら、そうするのが一番いいと思う。私は堂々と外に出られない身だから――たまに遊びに来てくれたら、それだけで嬉しいわ」

「……え? ちょっと待ってください」


 自分としてはしっかり考えを伝えたはずなのだが、レオナルドの方が裏返った声を上げて突っ込んできた。


「僕、別に傭兵として魔物討伐をするのが大好きとかいうわけじゃありませんよ? 確かに活躍したいとは思いますけれど、立身出世したり大金を稼いだりするのが目的じゃないのです」

「……あら?」

「……アマリア様、僕は十一年前に約束したでしょう? 僕は将来傭兵になって、あなたの旅に付いていく、って」


 レオナルドが少し身を乗り出し、手を伸ばしてきた。


 手持ちぶさたにテーブルの上に投げ出していたアマリアの右手に、ちょんっと遠慮がちに彼の左手が触れてくる。「触れてもいいですか?」と言葉にならない問いかけをされて、アマリアはすっと右手を前に押し出すことで彼の質問に応えた。


 アマリアのいらえを受け、レオナルドの左手がアマリアの右手の上に重ねられた。丘の上で抱きしめられたときはグローブを着けていたのだが、今は外している。そのため、彼の手の大きさや指の太さ、皮膚の硬さなどがはっきりと伝わり、妙に胸が騒がしくなってしまった。


「僕が傭兵になったのは、あなたを守れるくらい強い男になりたかったから。……当時の僕はたった十二歳でした。あなたを連れていったアルフォンスよりもずっと幼くて、背も低くて、非力だった。……もっと強かったら、あなたを連れていかせたりしなかったのに。力があったら、付いていくことができたのに。その思いが、僕に剣を握らせたのです」

「……それじゃあ」

「ええ、あなたのいる場所が僕のいたい場所です。……いや、すみません。これこそ僕の願望なので、アマリア様が迷惑だと思われるのなら、たまにここに寄るくらいにしますが――」

「迷惑なんて……そんなことないわ!」


 もし迷惑だと思っていたのなら、彼からもらったお守りを肌身離さず持ち歩くわけない。

 いくらユーゴに先手を打たれたにしろ、こうして自分の事情を明かすわけない。


 もう片方の手を出し、右手を包むレオナルドの手に左手を重ねた。ぎゅっと力を入れて挟むと、レオナルドの手がぴくっと震え、彼の顔がじわじわと赤くなった。


「私も本当は、レオナルドや修道院の皆に会いたかった! でも、十年前からちっとも姿の変わらない私を見たら、みんな私のことを気味悪がるだろうと思って――あ、ごめん、ユーゴ。悪い意味じゃないからね」

「分かっているよ。ママがこうなったのは、魔界とこの世界の時間差を理解していなくて、人間にとっての十年の重みが分かっていなかったおれのせいだから」


 ユーゴは膝の上でくるりと体の向きを変え、アマリアの胸に顔を埋めて抱きついてきた。獲物を狩ってきたばかりだからほんのりと血や泥の匂いがするが、不快だとは思わない。


「ねえ、ママ。この男はママの側にいたいみたいだし、一緒に暮らさない?」

「えっ……でも、ユーゴは」

「おれは全然構わないよ。この男はそのへんのガキよりずっといい奴だと思うし、ママのことが大好きなら悪いことはしないだろうから。……そうだよな?」


 くるっと振り返ったユーゴが低い声で問うと、レオナルドはきりっと表情を引き締めて頷いた。


「もちろんです。……どのような経緯があったにしろ、僕にとってアマリア様は尊敬する、お守りするべき人です。あなたがこの集落で心穏やかに暮らされたいのなら――僕はあなたの平和を守りたい。この十年で、それだけの力は身につけたと思っています」

「……」

「どうか、僕を側に置いてください。ギルドで仕事をするので金は稼ぎますし、力仕事だってします。……頭を使うこととか細かい作業とかは苦手ですけど、できることならなんでもします!」

「……ありがとう。そう言ってくれるなら、とても嬉しいわ」


 ほっと頬を緩め、アマリアは微笑んだ。


 もろもろの事情を聞いてもなおアマリアを慕ってくれるレオナルドの存在は、とても貴重だしありがたい。

 ユーゴと二人きりだと困ることもあるだろうが、若い男であるレオナルドがいてくれれば力を借りられるし、相談にも乗ってくれるだろう。

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