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捨てられ白魔法使いの紅茶生活  作者: 瀬尾優梨
第1部 秋から冬
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14 予感

「ママ、お疲れ様。うまくいった?」


 椅子に座って黄昏れていると、リビングのドアが開いてユーゴがひょっこり顔を覗かせた。ユーゴには椅子を持ってきてもらった後、リビングで待つように言っていたのだ。

 ユーゴが言うに、「もし変な患者が来たら、おれがぶっ潰してあげるから!」ということで、別室待機しているようだ。そういうことが起きないことを祈るのみである。


 少々意識を飛ばしていたアマリアは、はっとして立ち上がった。


「ええ、うまくいったわ。支払ってもらうのはまた今度になるけれど、お金がもらえたらユーゴのほしいものも買ってあげるからね」

「おれ、特にほしいものはないよ。……あ、でもママが淹れたお茶が飲みたいから、それ用の道具を買ってほしいな」

「あら、それでいいの?」

「うん! ……ママ、おれ喉が渇いた。お茶飲みたいな」

「そうね。お茶にしましょうか」


 椅子の片づけをユーゴに頼み、アマリアは厨房に向かった。


(昨日はちょっと苦めのストレートティーだったけれど、今日はブレンドしてみようかな)


 三つの缶を並べ、じっと見つめる。

 昨日試しに淹れた茶はユーゴにとっては少々苦かったようだ。ならば今日は三つの中では一番甘くて花の香りがする茶葉を多めに使い、アクセントに酸味のある茶葉を混ぜてみよう。


(あっ、そういえば昨日のご飯に使ったハーブが残っているんだっけ)


 昨夜は初めてアマリアが手料理を振る舞った。肉食のユーゴでも食べられるよう、骨付きの鶏肉を芋とハーブで焼いたものと食料店で買ったパンだったが、彼は「これ、おいしい!」と肉をぱくぱく食べていた。


 ユーゴが両手をベタベタにしながら肉を食べる姿がなんとも可愛らしかったので、ほとんどの肉は彼にあげて、アマリアは芋ばかり食べることになった。ただし、アマリアが食べた後の骨付き肉は骨が残るのに、ユーゴの皿には何も残っていなかった。

 そのときに使ったハーブが、少し残っていたはずだ。


「あっ、昨日のご飯の匂い」

「そう、正確にはハーブの匂いね」


 厨房に入ってきたユーゴは、特徴のあるハーブの匂いに気づいたようだ。


「これは、昨日も鶏肉や芋と一緒に焼いたムルムっていうハーブなの。これだけでお茶を作るとちょっときつすぎるから、今日は香り付けに少しだけ入れてみようね」


 昨日と同じようにユーゴが薪に火を付け、「おれがやる!」ということなのでポットに水を入れて竈に置いてくれた。その間にアマリアは二種類の茶葉を混ぜ、ムルムの葉も数枚だけ千切って水に浸し、すり潰した。


 ムルムは見た目が地味で、日陰にこっそりと生えていることが多い。そのため、近くを通ったときに匂いがして初めてムルムの存在に気づくのだ。生えているだけでもなかなかきつい匂いをするので、すり潰すことでいっそう香りが増す。


 沸騰した湯を茶葉入りのポットに注ぎ、ユーゴと一緒に時間を数える。茶葉の性質上、昨日より少し長めに蒸らしてから、ムルムの汁をほんの少し垂らす。ムルムの葉は濃い緑色だが汁は黄色いので、ポット内の茶にもほんのり明るい色が混じったようだ。


「お待たせ。昨日のよりは甘めだと思うけれど、どうかな?」

「匂いはいい感じだね」


 カップを渡すと、ユーゴはふんふんと匂いを嗅いでから一気に飲んだ。昨日も思ったが、竜は鱗だけでなく口内も頑丈なのだろうか。


 アマリアもムルムの汁入りの茶でほっと息をついたが、ふと、膝の上のユーゴが動きを止めていることに気づいた。空になったカップを両手で持ったまま、びくとも動かない。


「どうしたの? もしかして、おいしくなかった?」

「……。……あ、ううん、昨日のより甘いしムルムの匂いが頭をすっとしてくれるみたいでおいしいよ。ただ――」


 ユーゴはカップの底に僅かに残っている水滴に視線を落とすと、「まさか……いや、でも気のせいかな……?」といつもより低い声でぶつぶつ呟いた。


(……何だろう? まあ、まずいわけじゃないならいいのかな?)










 アマリアが白魔法による治療を始めて数日ほどは、ポルクの者たちもまばらに来る程度だった。だが少しずつ噂が広がったようで、半月ほど経つ頃には明らかな負傷者だけでなく、「なんとなく体調が優れない」「最近寝付きが悪い」といった生活相談に来る者も増えてきた。


 アマリアは白魔法使いであり、医師ではない。だから白魔法で治せるもの以外は正直畑違いだ。

 皆にはそれをちゃんと伝えた上で、茶を飲みながらひとまず相談だけ乗るようにしていた。皆もアマリアは医師ではないと分かっているが、少しでも医学に通じた者に話を聞いてもらえるだけでも安心できるようで、たいていの者は茶を飲んだ後、「気分がよくなった」と言って帰っていった。


(……でも、相手のことを考えてお茶を淹れるのも結構楽しいんだよね)


 白魔法の出番がないときは、得意のお茶で来客をもてなす。先日ブルーノが乾燥したハーブ一式を取り寄せてくれたので、茶のブレンドの幅が広がったのが嬉しい。


「ああ、そうそう。明後日くらいには行商が来るはずだから、茶器の相談もしようと思っているんだ」


 ユーゴと一緒に雑貨屋で買い物をしていたアマリアはブルーノの言葉を聞き、思わず目を見開いた。


「えっ……! 本当ですか!?」

「まあ、今すぐに持ってこさせるのは難しいだろうが、注文すれば取り寄せてくれるはずだ。自分で淹れるよりアマリアが淹れた茶の方が何倍もうまいって、皆も言っているんだ」

「それは嬉しいことです。よろしくお願いしますね」








 アマリアとユーゴが去っていった後、ブルーノはふとカウンターの手製カレンダーを見て、目を細めた。


「……ああ、もうこんな時期か。あの兄ちゃん、今年も来るんかな」


 ぼやいた独り言は、誰の耳にも届くことはなかった。

植物辞典①

ムルム……ローズマリーのようなハーブ。肉料理にぴったりで、防虫効果もある。

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