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捨てられ白魔法使いの紅茶生活  作者: 瀬尾優梨
第1部 秋から冬
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13 白魔法使いのお仕事

 翌日、アマリアの家を早速、大柄な男性が数名訪れた。


「悪い、あんたが噂の白魔法使いだろう?」

「はい、よろしくお願いします。どうかなさいましたか?」


 丁寧に応対しつつ、アマリアは目の前の男性たちをさっと観察した。


 玄関に立つ男は、三人。おそらく三十歳前後で、アマリアが見上げなければならないほど身長が高い。既に秋になりつつある時季だが、たくましい二の腕が露わになるシャツとだぼだぼのズボンという出で立ちなので、おそらく大工作業などをしていて負傷したのだろう。


「穴の空いた天井の修理をしてたんだけどよ、こいつが足を踏み外して捻っちまったみたいなんだ」

「白魔法ってのは捻挫も治せるのか?」


 そう言う仲間たちに挟まれて立つ真ん中の男は、確かに右側の男の肩を借りているし、痛みを堪えているのか表情が険しい。


(捻挫くらいなら、それほど時間を掛けずに治せるはず)


 お手伝いをしたがるユーゴに椅子を持ってこさせながら、アマリアはこれまで行った治療を思い出していた。


 孤児院の子どもたちも、よく怪我をしていた。特にやんちゃな男の子は擦り傷や切り傷を作るのはしょっちゅうで、どこから飛び降りたのか足を捻って担がれて戻ってくることもあった。


 アルフォンスに同行して旅をしている頃は、もっとひどい出血のある怪我の治療をしたこともある。生死の境を彷徨っているようなレベルのものになるとアマリアでは手に負えなくなるが、軽微な怪我やちょっとした体調不良程度なら対応できる。


 男性を椅子に座らせ、他の男性の手を借りてブーツを脱がせ、ズボンの裾をまくり上げる。普段から大工仕事などをしているからかしっかりと筋肉の付いた脹ら脛が見え、青紫色に腫れた足首も露わになった。


 よくある捻挫だ。許可を得てからそっと患部に触れ、意識を集中させる。

 白魔法は術者の魔力を患者に注ぎ込み、治癒を促すことで怪我や病気を治す。男性の足に魔力を広げてみたところ、骨などには異常がないことが分かった。靱帯は一部損傷しているようなので、そこを治す必要がある。


 怪我の状況が把握できたら、治療開始だ。

 患部に手をかざし、魔力を放出する。アマリアが白魔法を使っている証である白色の光が手の内に溢れ、男性たちの驚いたような声が聞こえた。


 星くずをまぶしているかのような白い光が足首にまとわりつき、吸い込まれていく。「おっ?」と男性の声がしたので、アマリアも手応えを感じた。


(……よし、これくらいでいいかな)


 切れていた靱帯が回復し、血管も元通りになる。まだ紫色の斑点は残っているが、それもいずれ自然消滅するだろう。


「いかがですか? 切れていた靱帯と血管の修復は完了しましたが」

「お、すげぇな! もう全然痛くねぇ!」

「それはよかったです。ただ、白魔法で治療はしましたがまだ体は弱っているので、今日のところは活動を控えて体力の回復に努めてください」


 そう注意しないと今すぐ仕事に戻りそうなので、釘を刺しておく。男性はやはりすぐに復帰しようとしていたようで言葉に詰まり、両側の仲間たちに背中を叩かれていた。


「助かったよ、アマリアさん。謝礼なんだが……どういう風にすればいいんだ?」

「あ、それならこちらで取りまとめてブルーノさんに報告することになっています」


 ウエストポーチをごそごそと漁りながら言われたので、アマリアは言った。


 アマリアは白魔法使いとして、ポルクの人々の治療活動を行う。慈善事業ではないので、当然対価はもらうことになる。

 だがその都度金をもらったりするのは場合によっては難しくなるし、相場を考えるのも大変だ。そのためブルーノの提案で、治療をした内容は一旦書き留めてまとめておき、一定期間で溜まったものをブルーノに提出して対価をもらうことにしたのだ。


 幸い、この集落の者たちは自分の名前を書くことはできる。そのためアマリアが用意したカルテにイラストで治療内容を書き、サインをしてもらうことにしていた。もちろん文字が書ける者ならば細かに記すが、そうでない場合の対応も必要である。


 ブルーノに報告したら、アマリアがそれぞれの患者に対して要求したいものをリストアップする。たいていの場合は金になるが、畑を持っている者なら野菜を、狩猟が得意な者なら肉類を、というふうに対価を現物で支払ってもらうこともできる。そのあたりもブルーノがうまく手配してくれるはずだ。


 説明を受けた男はなるほどと頷き、アマリアが差し出した安い紙のカルテに捻挫の症状などを書いた。彼は読み書きの能力が高いようだ。


「それじゃ、支払いのときにはよろしく頼むぜ。金でもいいし、力仕事が必要ならそっちで対応することもできるんだろう?」

「ええ。見てのとおり息子との二人暮らしなので、何かお願いすることがあるかもしれません。どうぞよろしくお願いします」

「ああ、分かった! それじゃ、ありがとうな!」


 仲間と一緒に笑顔で去っていった男性を見送り、アマリアはふーっと息をついた。


(うまくいって、よかった――)


 先ほど男性が座っていた椅子に座り、玄関の天井をぼんやりと見上げる。


 治療をして、ありがとう、と言われたのも久しぶりだ。

 修道院や孤児院では感謝の心を徹底的に叩き込まれるので、何かをしてもらったときにありがとうと言うのは当たり前のことだった。アルフォンスたちも、最初の半年くらいはアマリアの白魔法や紅茶に感謝の言葉をくれたと思う。


 だが、アマリアの実力不足が響いてきたりアマリアの小言が疎ましくなったりすると、彼らはアマリアが白魔法を使うのを当たり前だと思うようになってきた。傷を完璧にふさげるのが当たり前。手間取ったりアマリアの体力が尽きて倒れてしまったりすれば、「根性なし」「役立たず」と罵られた。


(エスメラルダ様が来てからは、もっとひどくなったなぁ……)


 銀髪の姫君はかなりの世間知らずだったが上級の白魔法使いで、その身に蓄える魔力の量はアマリアとは比べものにならなかった。当然皆はエスメラルダの魔力を頼りにするものの、あまりにも傷口がひどくてエスメラルダに見せられないというときにはアマリアに治療を命じた。


 使い捨ての傷薬のような扱いを受けていたあの頃に比べると、捻挫を治しただけで「ありがとう」と言ってもらえるこの集落は天国のようだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 貨幣経済のあまり発達していない小さな集落での謝礼の支払い方がうまく考えられていると思いました。
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